第25話。深まる謎

 十一層〜二十層と同じく、広い部屋が短い通路で繋がった階層。

 その部屋の中に、30体くらいひしめいている、ミノタウロスソルジャー達。

 さて、一体どうするのが一番綺麗に狩れるか。取り敢えず、今自分が持っている剣より性能が良いであろう、ミノタウロスの剣を奪うとする。


 身体強化をフルブーストして、部屋の中に突っ込む。当然、ミノタウロス達が振り返るのだが、もう遅い。一番手前に居た1体に近づき、切断力の高い水刃で右手首を切り落として、剣を確保した。

 あとはもう、簡単だ。


雷刃らいじん、飛斬! 飛斬! 飛斬! 飛斬! 飛斬!」


 身長3mの大柄なミノタウロス共に、風×水の雷刃を5連発。電気ショックで殺し、血抜きなどの解体作業は、ギルド横の解体倉庫でやればいい。

 ちなみに、肉が切れないよう魔力を操り、電撃を与えるだけに留めた。斬撃自体は、ミノタウロスの皮膚に触れた時点で霧散している。

 二十層ボス部屋で、普通の人間サイズを5、6体凍りつかせるのが精一杯だったゾンビソルジャーの剣。対して、3mの巨躯を一撃で5体も沈黙せしめたミノタウロスの剣。

 実に素晴らしい。食料確保が捗る。もう俺は、ミノタウロスを食料としか捉えていなかった。


「エミルーーーー!!! なんで置いてくのよ!」


「 ミノタウロスかと思ってつい、全力疾走してきちゃった……」


「全くもう。で? ミノタウロスがどうしたのよ」


「そっか。ルーシィは知らないんだっけ。このミノタウロスの肉はね、星の海亭で使ってる食材なんだ」


「星の海亭の料理食材!? なんでそれをもっと早く言わないの! あのレベルの美味しさを損ねないうちに、さっさと回収するわよ!」


 ルーシィは星の海亭の料理を、いつの間に食べていたのか。少なくとも、俺と一緒に食べたことは無い。

 無限収納イベントリにミノタウロスを凍らせてから入れつつ、気になったので聞いてみる。


「ルーシィ、いつ星の海亭の料理食べたの?」


「エミルが討伐作戦の日に、あたしを置いていってくれたお陰でありつけたのよ。置き手紙を見た時は本当に怒ったけど、あの料理でそんなの吹き飛んだわ」


「あの時は本当にごめん。ルーシィが戦えるって知らなくて」


「別にもう怒ってないわ。それより、回収終わったんでしょ? この調子でどんどん食料確保よ!」


「それじゃ、行こうか!」









「――――っ!」


「いやぁぁぁぁぁああ!」


 広いダンジョンに響く、俺の声にならない叫びと、ルーシィの悲鳴。

 なぜこんな悲鳴が轟いているのかと言うと、単純明快に、ルーシィが罠を作動させてしまったのだ。ちょっとした好奇心で、いかにも怪しい赤いボタンを押してしまって。


 現在、俺たちの後ろには、直径2m程のトゲ付き鉄球が迫って来ている。

 今ひょっとして、鉄球小さいじゃん。って思った?

 そりゃあ、大人から見れば大して大きくはないだろう。ところがどっこい、俺の身長は120cm前後。ルーシィはそれより数cm高い程度。ルーシィは何歳か不明だが、恐らく俺の1つ上とかだろう。

 つまり、年相応の身長しかないのだ。ボタン押していきなり身長の1.7倍近い物体が迫ってきたら恐怖しかないだろう。例えそれが、切ろうと思えば切れるものであっても、だ。


 覚悟を決めて鉄球に向き直り、鞘は無いが居合の構えを取る。


「ルーシィ! アレを切るから、俺の後ろにいて! 水刃―刹渦せっか―!」


 鉄球が射程圏内に入った瞬間、飛斬系より威力の出る、纏刃状態の水刃で縦に割った。俺達に当たることなく、割れた鉄球は転がっていき、光の粒子になって消えた。


「っはぁ〜〜。びっくりした。助かったわ、エミル」


「次はあんな怪しいボタン押さないでね」


「言われなくても、もうあんなのこりごりよ」


「ならいいけど。それじゃ、進もうか……って、ルーシィ! その床は!」


「え? っきゃ!」


 不自然に出っ張っている床に気づかず、ルーシィがそれを踏んでしまった。突然床が抜け、彼女が視界から消える。


「っ!! ルーシィ!!!」


 慌てて駆け寄って床を確認すると、中でルーシィが手と足を壁にくっつけ、下に落ちないよう、踏ん張っていた。よく見ると、穴の底には剥き出しの刃が、所狭しとぎっしり詰まっている。

 急いでルーシィに手を貸し、引っ張り上げた。


「ありがとう……」


「どういたしまして。無事で良かった。今まで罠なんて一切なかったからあまり気にしてなかったけど、ここに来ていきなり致死レベルの罠、か。慎重に進もう」


「えぇ。ゆっくり進みましょう」









 鉄球の罠に引っかかったのが、二十二層。

 そして現在、三十層のボス部屋内。あれから幾つもの罠にかかって、なんとか無傷の俺たちの前には、牛頭ごず馬頭めずが居る。

 牛頭は見た目ほぼミノタウロスなので同じだと思っていたら、後ろから馬の頭を持った人型の魔物が出てきたのだ。確証は無いが、恐らく牛頭馬頭だろう。との判断をした。

 奴らの身長は280cmほどで、普通のミノタウロスより少し小さく、最初は少し舐めてかかっていた。

 ここまで戦闘において、ほぼ無傷だったのも悪かったのだろう。


 考え無しに一撃入れようと突っ込んだら、モロ腹に一撃貰い、俺は壁まで吹っ飛んだ。

 それを見たルーシィは、警戒しながら慎重に近づき、牛頭へ軽く蹴りを放ったのだが……。

 牛頭は見た目によらず俊敏で、サッと躱されてしまう。そして、すぐ横に居た馬頭が、凄まじいパワーが窺える斬撃を放ってきて、ルーシィが飛び退く。


 牛頭はスピードタイプ。馬頭はパワータイプか。

 俺がバランス型。ルーシィは恐らく、今までの彼女の動きを客観的に判断すると、スピードタイプだろう。

 ならば、二手に分かれるのが一番だ。


「ルーシィ、馬頭めずを頼む! 俺が牛頭ごずを倒して加勢に行くまで、なんとか攻撃を躱して凌いで!」


「え、なに? めず?」


 その反応を見て、はっとする。この世界に、牛頭と馬頭なんて

 俺が牛頭と馬頭だと判断したのは、前世の記憶で知っていたからだ。存在しないはずのものが、なぜ居るのか。ゆっくり考えたいが、今はそんな暇はない。

 ルーシィにはどう伝えれば良いか。


「ルーシィは馬頭うまあたまを!俺は牛頭うしあたまだ!」


「わかったわ!」


 どうやら伝わったようなので、俺は壁から牛頭目掛けて駆ける。今度は一撃貰わないよう、目と足に身体強化を集中して。

 何度か剣を振るって躱されたが、6度目くらいの攻撃で脛に傷を付けた。傷の痛みで牛頭が膝をついてしゃがんだので、背後に回り込み、雷刃で首を狩る。


「雷刃―霹靂へきれき―!」


「ブ、ブモォォォ……、……、と……」


「え? 今……」


 何か、話した? 魔物が言葉を話すなんて、ありえない。言葉を話すのは、意思ある種族だけだ。動物しかり、ダンジョンに出てくるような生粋の魔物が言葉を解すなぞ、聞いたことがない。

 一瞬考え込みそうになったが、ルーシィ達の戦闘は続いており、取り敢えずそちらの救援に向かう。


「遅れてごめん! 加勢するよ!」


「早かったじゃない! 一気に仕掛けるわよ!」


 避けに徹していたルーシィが、攻めに転じる。軽く飛んで馬頭の腹に拳を叩きつけたが、吹き飛ばすには至らない。しかし、馬頭の動きが止まった。俺にはそれで十分だ。

 今度は俺が飛び上がり、馬頭の胸に深々と剣を突き刺したのだが……。


「ヒヒイィィィン……み、ごと……なり…………」


「やっぱり、喋ってる!?」


 あまりの驚愕に、声を上げてしまった。ルーシィが俺の方を見て、問いかけてくる。


「喋った? まさか、ソレが? 嘘でしょ?」


「牛頭の時はちゃんと聞こえなかったけど、今回は俺の耳が馬頭の口に近かったからかな? ちゃんと聞こえた。間違いなく、喋ってたよ」


 牛頭と馬頭が確実に死んでいるのを確認してから、俺は考えだす。


「やっぱり、このダンジョンおかしいよ。冒険者が居ないし、出てくる魔物の数は異常だし。最後は喋る魔物……。本当になんなんだろう、ここは」


 この三十層まで、ついぞ誰とも会わなかった。そして、今から考えると魔物の数も相当異常だった。普通のダンジョンに、あれ程の数が固まって出てくるだろうか? そして、極めつきは、この世界に存在しないはずの牛頭馬頭が話した。

 どう考えてもおかしい。


「下層に行けば何かわかるかも、ってここまで来たけど、何もわからなかったわね。むしろ、謎が増えちゃったみたい」


 その通りである。今までの傾向でいくと、そろそろ次の階層への道が開くのだが……。何も起こらない。


「このボスで、このダンジョンは終わりなのかな? 次の階層の階段が出てこないし」


「たしかにそうね」


 と、話していたら、変化は突然訪れた。

 俺達2人の体が光りだしたのである。そう、俺達。今まではボスの剣だったり、ボスの体だったりしたのだが。

 ルーシィが震える手で俺の腕を掴んできたので、そっとその手を上から押さえる。そしてそのまま俺達は、光の粒子になった。










「……ル……エミ……エミル!」


「……ルーシィ?」


 どうやら気を失っていたらしく、ルーシィに起こされて目を覚ました俺は、身を起こして周囲を確認した。

 石で造られた、教室程度の広さをもつ部屋。その床ギリギリまで広がった、複雑な魔法陣。軽く線を擦ってみたが、不思議なことに全く掠れなかった。完全に閉じられた空間で、出入口は見当たらない。そして、その魔法陣の中心にある、刀掛けに置かれた刀。


「なんでここまで剣、剣、剣って来ておいて、刀が来るんだ……」


「かたな? なにそれ?」


「あ……」


 しまった。刀もこの世界には存在しない。


「エミル、ちょっと変よ。めず……なんとかもそうだし、かたなってなに?」


「えっと……ごめん、話せない」


 適当に誤魔化すのが、この場を乗り切る正解なのだろう。けど、俺はルーシィに嘘をついたり、それに近いことを言いたくなかった。だから、謝った。


「………………そう」


「………………ごめん」


「いいわよ、べつに。あたしだってエミルに隠していることがあるわ。それと同じよ」


「それって……」


 真剣な目をして、俺の目を覗き込むルーシィ。俺もそれを見つめ返す。二十一層ではにらめっこの展開になったが、今回はならない。お互いに目をそらす。


 それから暫く沈黙が続いたのに耐えられず、立ち上がって刀に近寄る。


「エミル、それ……かたな、だっけ? 触って大丈夫なのかしら?」


「わからない。けど、何もしなければここから出られないと思う」


 出口は無く、俺たちの他にあるのは、刀と魔法陣だけ。このまま出られなかったら飢え死にしかないだろう。一か八か、刀に触れてみた。


 ――――バチッ――


 指先が触れた瞬間、静電気を受けたような痛みを感じ、手を引く。同時に、床の複雑な魔法陣に罅が入り、砕け散った。

 何か不味いことをしてしまったかもしれない。不安になって固まっていると、頭に若い男性の声が響いた。


(ふぁ〜ぁ、よく寝たぁ。あれ、君もしかして……ふぅ〜ん。やっと来たね。いや、もう……か)


「だ、誰だ!」


「エミル!? どうしたのっ?」


 ルーシィには、この声が聞こえていないようだ。状況がイマイチ飲み込めていないであろうルーシィを置き去りにして、若い男性の声は言葉を続けた。


(俺? 俺はアドル。勇者って言えばわかるよね?)


 勇者。800年前に、2000年間続いていたとされる種族間戦争を終わらせたと語り継がれる、英雄。

 それが、何故こんなダンジョンに?




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