第24話。膝枕とお姫様抱っこ

 





300体ものゾンビソルジャー。完全に囲まれたこの状態は、少々面倒だ。

 ルーシィと背中を合わせ、互いに死角を守り合いながら、敵を倒していく。俺は水×水で、氷属性となった纏刃。ルーシィは、当然のように拳と足で。


 離れているなら風×水の飛斬でもいいのだが、至近距離で使うと、腐汁の混ざった水飛沫が大量に飛んでくるのだ。2人でちまちまと倒しているのだが、一向に数が減らない。作戦変更するか。


「ルーシィ! 一気にやるから俺の後ろにいて! 絶対に前に出てこないでね!」


「わかったわ!」


氷結刃ひょうけつじん飛斬ひざん―!」


 水×水×水で、氷属性の威力が更に上がった刃から放たれた冷気が、5、6体程のゾンビソルジャーをまとめて氷像にし、きっかり一秒後に砕けた。

 俺の魔力100%と、魔剣クラスの剣なら一撃でこの部屋全部凍りつかせられそうだが、ないものねだりをしても仕方がない。


「よし! このまま氷結刃を連発する! 俺の背中を任せてもいい!?」


「言われずとも守ってあげるわ!」


 力強い返事を聞き、前方のみに集中して切りまくる。

 一体何度剣を振るったのかわからなくなってきた頃、漸く最後の数体を凍りつかせることができた。


「やっと終わった……」


「さすがに疲れたわね」


 今すぐにでも座り込みたい程に、2人とも疲労していた。俺は魔力枯渇気味だし、ルーシィも俺の背中を完全に任せた分、疲労が濃いように思える。

 ゾンビが埋まっていた土に座るなんて物凄く嫌だが、我慢して座ろうとした時、軽く床が揺れる。


「なんだ? 地震?」


 すると、周囲に驚くべき変化が訪れる。地面の土が光の粒子となって虚空へ消え、凍りついて砕けたゾンビソルジャー達が部屋の中央に集まっていく。


「まさか……復活しないよね、これ」


「ちょ、ちょっと不吉なこと言わないでよ!」


 突然の変化に身構えたのだが、それは杞憂だった。土に隠れていた剣の形の溝に、ゾンビ粒子が集まって、剣を形作っていく。

 多分これも、十層の時と同じく次層への扉だろう。剣が完成したとき、部屋の中央の床が円形に消滅した。


「良かった……これで第2ラウンドとかだったら、相当キツかったよ!」


「ホントよね。少し休みましょ」


 そうして、やっと座ることができた俺達なのだが、自分達の体から腐臭がしており、それに耐えられなくなってきた。一人だったら我慢できたのだろうが、お互いに子供とはいえ男女。さすがに羞恥心がある。


「臭いわね」


「臭いね。はぁ、仕方ない……ウォッシャー」


「ありがとう、エミル。……エミル? 大丈夫?」


 身綺麗になり、臭いが消えたのはいいのだが……。魔力枯渇気味の状態で3属性魔法のウォッシャーを使ったことにより、完全に魔力枯渇状態になってしまった。

 眩暈と虚脱感が襲ってきて、顔を顰めてしまう。それを見たルーシィに心配をかけてしまったようだ。


「ん、だい、じょぶ……」


「そんな青い顔して何言ってるの! 魔力枯渇のくせになんで魔法なんて使うのよ! エミルが辛くなるなら、あたしは臭いくらい我慢するわ!」


「ごめ――――」


「許さない! 特別に膝を貸してあげるわ! さっさと寝て回復しなさい!」


「……え? っえぇ!?」


 ひざまくら? 膝枕!? それってあの、あのアレ??? ぇえええ!?

 あまりの衝撃に、目の前で手が振られるまで、たっぷり10秒程固まってしまう。


「エミル? そこで固まられると、流石のあたしも恥ずかしいんだけど?」


 その言葉通り、ルーシィの顔はリンゴより赤くなっている。それを見た俺も、自分で分かるくらい真っ赤になってしまう。恥ずかしい。


「はっ! ごめん、一瞬トリップしてた。じゃあお言葉に甘えようかな〜〜なんて」


「遠慮なんてしなくていいのよ?」


「しつれいします……」


 差し出されたルーシィの太腿に、そっと頭を乗せる。ルーシィの太腿は、子供らしく筋肉と脂肪が適度に付いていて、非常に寝心地がいい。

 だが、その寝心地の良さが、更に俺の羞恥心を掻き立てる。きっと俺の顔はもう、茹でダコ状態だろう。

 俺が一人身もだえていると、頭に手が。その手が、ゆっくりと俺の頭を撫で、眠気を誘う。


「おやすみ、エミル」


 その呟きを微かに残った意識で聞きながら、俺は気持ちの良い微睡みに落ちていった。










「ん……」


「あ、起きた?」


「っ!?」


 目が覚めてすぐ視界に飛び込んできた、ドアップのルーシィ。びっくりして、転がって逃げてしまった。


「そこまで逃げなくてもいいじゃない!」


「反省してます……」


「まぁいいわ。魔力はどう?」


 自分の内側を探り、魔力の回復具合を調べる。すると、ルミナスを受け入れた翌日に確認した時は、感じることができなかった、ルミナスの魔力を僅かに感じた。彼女も順調に回復しているようだ。

 自分の魔力もしっかりと50%まで回復しており、体調も万全である。


「大丈夫みたいだ。膝、ありがとうルーシィ。助かったよ。ルーシィも寝る?」


「あたしもさっき寝てたから、別に平気よ!」


「そっか、良かった。それじゃ、行こう」


 2人共立ち上がり、部屋中央に空いた下層へ続く穴に近寄る。


「ね、ねぇ。エミル」


「ん? どうかした?」


「て、手を繋がないかしら!? あなた、この穴飛び降りるの怖いでしょ!?」


 そう言われて覗き見た穴は、相当深いのか先が見えない。たしかに怖いが、そこは半分魔族の俺。多少崖から飛び降りたところで、足が痺れる程度だろう。

 だが、獣人の……しかも、子供で女の子のルーシィはどうだろうか? 氣で強化しても、骨折くらいはしてしまうかもしれない。

 少し考えた俺は、ある行動に出る。


「エミル!? 下ろして!」


「こっちの方が安全だよ。獣人の君じゃ、骨折くらいしてしまうかもしれない」


「それを言うなら、ハーフエルフのエミルの方がよっぽど怪我しそうだわ! そ、それより、これ……おひめさまだっこ、は……」


 そうだった。

 俺の容姿は金に黒メッシュが入った髪。緑に青銀が混ざった瞳。人間とエルフのハーフにしか見えない。実際は魔族であるヴァンパイアと、エルフのハーフなのだが、ヴァンパイアとしては未覚醒状態であり、気づかないだろう。

 普通のハーフエルフは体がもろい。いくら身体強化をかけても、その身体強化倍率は元々の基礎能力に依存する。この高さから落ちたらルーシィより大ダメージを受けるだろう。それを心配されているのだ。


 平然を装っているけど、内心俺はドキドキである。

 あれ、王子だからお姫様抱っこくらいしたことあるだろ、って? ないんだなぁ……それが。

 誕生式のパーティには出席したけど、社交界デビューは大人になってからなので、あれ以降パーティに出たことは無い。つまり、令嬢や他国の姫君と顔を合わせるのなんて、城の廊下ですれ違うときくらいなのである。

 そういえば、誕生式で会ったサラシャ嬢は元気かなぁ。今頃は、神魔国の学校に居るんだろうか?


 それより、なんとかしてルーシィを誤魔化さないと。今はまだ、普通の友達でいたい。ここでヴァンパイアとエルフのハーフだとか、王子だとかバレたくない。


「身体強化フルブーストするから大丈夫だよ。それに俺、ほら、魔力すごく沢山あるから」


「でも――――」


「しっかりつかまって! 行くよ!」


「ま、まっ、心のじゅん……きゃぁぁぁあああ!」










 ――――スタッ――


 2、30m程落下して地面が見えてきたので、膝を曲げて衝撃をやわらげ、着地する。直ぐにルーシィを離して、隣に立たせた。

 二人分の体重の負荷がかかったせいか、予想していたより足がビリビリしているが、時期に治まるだろう。


「ちょっとエミル! 心の準備くらいさせてよ!」


「ごめんごめん。でも、こっちの方がちょっと楽しかったでしょ? 命綱なしのバンジージャンプみたいで」


「バンジー? なによ、それ」


 しまった。こっちにはバンジージャンプ無いのか。そういえば、聞いたことがなかった気がする。


「あー、やっぱりなんでもないや」


「もう!」


「それより、この階層の魔物はなんだろうね!」


「ねぇ、エミル。話逸らそうとしてない?」


「そんなことないよ!」


 じー、と疑わしげな目をルーシィが向けてくるので、同じくこちらも、じー、と見つめ返す。

 すると、なんだか面白くなってきて仕舞いには、にらめっこが始まった。


「ふん! これ、で、どうだ!」


「く、んむむ!……ぷっ」


「俺の勝ちだ!」


「くぅ、悔しい! もう一回よ!」


 合計3回戦程行った結果、勝者は俺だった。


「エミル! なにか不正してるんじゃないの!? 強すぎるわよ!」


「してないしてない!」


 ポーカーフェイスは王子の十八番である。というか、表情くらい自由に操れないと、王族なんてやってられない。つまり、にらめっこに負けるはずがない。俺が強くて当然なのだ。けど、恥ずかしくなった時に顔が赤くなるのは許して欲しい。……だって、女の子の免疫ないんだもん。

 ルーシィがすごく悔しそうな顔をしてるから、ちょっと可哀想に思えてきた。もし次やることがあったら、負けてあげよう。


 そういえば、何故にらめっこに、少しとはいえ夢中になっていたんだろう。体は子供でも、中身は合計22歳。いい大人である。もしかしたら、精神が肉体年齢に引き摺られているのかもしれない。


 そんなことを考えていると、ルーシィがなにか聞き取ったのか、視線を通路の先に送る。

 俺も気配察知範囲を広げ、その正体を捉えた。


「牛、かな? あ! もしかして!」


「エミル!? 待ちなさいよ!」


 その正体が、もし、俺の想像通りなら……!

 心が逸り、思わず駆け出してしまった。数十m進んだ先に、奴らは居た。


「ブモォォォ、モォォォーー」


 やはり、想像通り。そこに居たのは、ミノタウロス。ミノタウロスと言えば、斧とか装備していそうだが、ここはヒシュリムのダンジョン。装備しているのは、剣である。

 実は、ダンジョンに行くことが決まってから、コイツを密かに求めていた俺。星の海亭のビーフシチューの食材となる魔物。


 なるべく傷を付けないように肉を確保する方法を、俺の頭が高速回転をしながら探し始めた。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る