第23話。魔法の言葉








「はぁーー、くらいなさい! …………きゃ、変な汁かかった! 最悪」


 氣を纏ったルーシィが、ゾンビ達をまとめて蹴り飛ばしたのだが、ゾンビの汁というか、腐汁がかかる。


「ルーシィ!? っ、炎刃えんじん飛斬ひざん―!」


「ア、アァァ、ア゛ア゛ァ゛ァ゛」


 炎飛斬を食らわせるも、体に火がついたまま向かってくるゾンビソルジャー共。やはり、火力不足だ。


「くっ……こうなったら、数で勝負だ! 炎刃、飛斬! 飛斬! 飛斬!」


「うっ、肉が焼ける臭い……ちょっとエミル、なんか別の魔法ないの!?」


たしかに強烈な臭いが、更に強烈さを増した。階段を降りてくる前に、燃やせるから楽だ。とか言っていた自分を本気で殴りたくなってしまう。


「そうだ、水属性なら……」


 水属性の魔力を剣に纏わせ、足元を狙って飛ばす。すると、高い切断性を持つ水属性の飛斬は、ゾンビソルジャーの足首を切り落とした。転んで背中を晒した奴らを、風×水で切り刻む。

 水×風だと雷になるけど、加える順番が違うだけで、別の魔法になるのだから不思議だ。

 そして、水がゾンビの臭いを弱め。風が、弱くなった臭いを流して霧散させる。


「あれ? ゾンビ系って、てっきり燃やすものだと思ってたけど。案外、風と水で切り刻むものなのか。次からこれで行こう!」


「そうしましょ……」


 自分から腐臭がしていて余程嫌なのか、しかめっ面で、元気がないルーシィ。


「ルーシィ、動かないでね。……ウォッシャー!」


「え? 凄い、なにこれ! こんなのあるならなんでもっと早く言わないのよ!」


 物凄い形相で近づいてきた彼女に両肩を掴まれて、ガクガクと揺さぶられる。


「い、痛い。痛いってば。これ一応、3属性複合で魔力消費が多いから、そんな頻繁に使いたくなかったんだよ。常に気配察知で魔力消費してるし、今は50%しか魔力が使えないから」


「複合魔法が魔力消費凄いのは、討伐作戦の話を聞いた時に一緒に聞いたけど。魔力が50%しか使えないってなに? 初耳よ、説明しなさい!」


 そう言うと、取り敢えずルーシィは俺の肩を揺さぶるのをやめ、離れてくれた。


「今俺の中に、光の大精霊ルミナスがいるんだよ」


「は? よく聞こえなかったわ、もう一度言ってもらえる?」


 普通の声量で言ったので、聞こえなかったはずがないのだが、あまりの事実に理解できなかったのだろう。俺だっていきなりそんなこと言われたら、理解不能だ。


「だから、俺の中にルミナスが……」


「え、はっ? それ、どこよ! どこにいるのよ! 出てきなさい! はぁ……せっかく2人だと……」


「2人? たしかに2人だけど、どうかした?」


「あ、ううん。なんでもないわ! それより、どこにいるのよ!」


 俺から目を逸らしたルーシィを見ながら、俺は話し出す。


「今は力を失ってるみたいで、出てこれないんだ。ルーシィ達を助けた日に、カインの裏路地で会って俺の中に受け入れてから、話していない。だから、なんであんな所に居たのかもわからない」


「つまり、何もわからず受け入れて、魔力の50%が使えなくなった、と……」


「全くもってその通りでございます……」


 あれから、あまり気にしないようにしてきたけど、やはり軽卒だっただろうか? だが、あそこで見捨てるという選択も取れなかった。


「まぁ、いいんじゃない? エミルだもの。どうせ放っておけなかったんでしょ。もしそこで見捨ててるような人だったら、あたしだって今ここに居ないわ。きっと、問答無用で獣人国の養護施設に送られてたわよ」


「そうかな……。そう考えると、たしかにそうな気もするけど」


「でしょ? だから、エミルはそれでいいのよ!」


 ルーシィの言葉は、魔法みたいだ。落ち込んで宿屋の前でいじいじしていた時に前に進む勇気をくれた。そして今も、俺に自信をくれる。

 俺もルーシィに、何かあげたい。それが叶う日はくるだろうか。いや、きっと叶えてみせる。このダンジョンをクリアしたら、何故宿屋で泣きながら寝ていたのか聞こう。


「ありがとう、ルーシィ」


「これくらいどうってことないわ!」









 十五層まで降りてきた俺達。あれから200体を軽く超えた数のゾンビソルジャー共を倒した。砕けてしまったオーダーメイドの剣に、少し劣る程度の性能の剣も入手し、スイスイ進んでいるのだが……。


「ねぇ、ルーシィ」


「なによ?」


「ちょっとおかしくない?」


「だから、なにが?」


 俺に怪訝な顔を向けるルーシィに、立ち止まって向き直り、辺りを見渡してから、答える。


「ダンジョンに入ってから、誰とも会ってない」


「え?……あっ!」


「ダンジョンの外には、疎らだけど人が居た。彼らは間違いなく冒険者だったし、だとしたら、ダンジョンの中に誰も居ない筈がないんだ」


「たしかにそうね。でも、どうしてかしら?」


「わからない。一回地上に戻る?」


 少し悩んだ風だったが、ほぼ即決に近い速度で、ルーシィが答えた。


「いいえ、進みましょ! このまま上に戻っても、何もわからないと思うわ」


「そうだけど……危険かもしれない」


 そう呟いた俺の肩を、ルーシィが軽く叩いてふわりと笑う。


「そうしたら、エミルが守ってくれるでしょ? エミルがあたしを守ってくれれば、あたしがあなたを守るわ!」


 初めて会った時は、ツンツンした印象を受けた、その顔。にっこりすれば可愛いんだろうなぁ。とは思っていたけど、これは想像以上だ。その笑顔はとても自然で、普段の彼女とはかけ離れている。

 もしかしたら、本来のルーシィはツンデレではなく、こっちなのかもしれない。


 思えば、ここ数日。ずっとルーシィと一緒にいた。一日半乗っていた魔導汽車で、それなりに沢山話したし、敵は弱かったけど一緒に戦った。

 俺が彼女への印象を改めたように、ルーシィの方も、何か心境に変化があったのかもしれない。


「うん。俺がルーシィを守る。だから、ルーシィ。俺が危なくなった時は、手を貸して。それで最強だ」


「もちろんよ!」


 俺が右拳を突き出し、それを見たルーシィは一瞬キョトンとしていたが、すぐに意図を理解し、ルーシィも右拳を出して、拳同士をコツンと当てた。










 所変わって、二十層ボス部屋前。やはり、冒険者と遭遇することはなかった。ダンジョンにありそうな罠とかもなく、普通に進んできた。

 一度に出てきた最大ゾンビソルジャー数は15体で、こちらもまた、順調に増えている。

 オーダーメイドの剣と同程度の性能の剣も入手し、ボス部屋に挑む準備は万端だ。


「まさか、ゾンビソルジャーまで巨大化するとかないよね? 大きくなったゾンビを刻むなんて、気持ち悪すぎて、想像すらしたくないんだけど」


「物凄く同意するわ」


「今回は予め強化かけてから行こうか。十層ボスみたいに、そんなことしてる時間くれるかわからないし。もしかしたら、いきなり戦闘開始かもしれない」


「そうね。はぁ〜〜……準備おーけーよ!」


「ふっ……よし、俺もOKだ。開けるよ!」


「えぇ!」


広い広い、その部屋。十層のように明かりはなく、地面はふかふかの土だ。

少し待っていても変化がなく、部屋の真ん中辺りまで進んでみた。勿論、いつでも戦闘に移れるよう、全力で警戒しながらだが。

そして、ど真ん中に移動した時。周囲の土から、大量のゾンビソルジャーが現れた。

……その数、およそ300体。


これは、少し時間がかかりそうだ。





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