第26話。勇者アドル
「勇者アドル? 勇者はそんな名前だったんだ」
「エミル? 勇者がどうしたのよ」
「今、自称勇者が俺に話しかけてきてるんだよ」
(あはは、自称は酷いなぁ〜〜)
「はぁ? そんなのどこにいるのよ」
アドルが軽い口調で話したが、やはりルーシィには聞こえないようだ。どこにいるのかなんて、俺が聞きたいくらいである。
「勇者アドル? どこにいるんですか?」
(アドルでいいよ。刀に宿ってる。刀に一番最初に触れたのが君だから、君にだけ俺の声が聞こえる)
なるほど。刀に触れたのが俺で本当に良かった。こんな得体の知れないものを、ルーシィに持たせるわけにはいかない。
「じゃあアドルさんと呼ばせて貰います。何故ここにいるんですか?」
(ここで、あるものを封印していたんだよ)
「あるもの? あるものってなんですか?」
(邪神の一部さ)
邪神? この世界に邪神なんて居ない。いるとされているのは、この世界シュメフィールの唯一神と言われている、女神シューメクリアだけだ。神魔国城の中庭にあった教会の神像は、その女神を模している。
「どういうことですか?」
(今ここにいる俺は、魂の欠片。本体の勇者アドルは別にいる。欠片だし、持っている記憶もそう多くはない。だから、邪神を封印していたのは知っているけど、なぜかはわからない)
勇者が生きていたのは、800年前の種族間戦争末期。その頃には女神の他にも神が居たのだろうか? 色々聞きたいことはあるが、ちゃんとした答えが返ってくるのは少ないだろう。
「ちょっと、何一人で考え込んでるのよ。あたしにもちゃんと説明しなさいよ!」
少しだけ黙っていた様子のルーシィに限界が訪れた様なので、今わかっていることを説明した。
「意味がわからないわ! 魂の欠片? 邪神!?」
物凄く混乱しているルーシィだが、俺も似たようなものだ。わからないことが多すぎる。
と、そこに、ふと真剣な声音になったアドルが静かに問いかけてきた。
(今は、俺が居た時代の何年後?)
「800年後ですけど」
(そう、か……。ならば問う。なぜ君たちは邪神の存在を知らない? 800年
質問の意味がわからない。800年。生物が歴史を語り継ぐのに、どこかで伝承が途絶えるには十分だ。俺達が知らないのは、当然である。
(やはり、神の呪縛か。いい? よく考えて。エルフの寿命は、何年?)
「エルフが1000年。ハイエルフが2000年ですよね?」
(そうだね。おかしいと思わない? 当時の戦争で生きていた筈の種族が居るのに、何故誰も邪神を知らない。何故それを疑問に思わないのか)
おかしい。たしかに、おかしい。そう考えれば明らかに不自然なのに、何故それを今まで全く考えなかったのか。
(理解したようだね)
一度気づいてしまえば、この世界に来てから形作られた俺の常識が、一気に穴だらけになっていく。
種族同士で争い、殺しあっていて、当時家族や友人を失った者もいるだろう。短命で、その痛みを長く覚えておけない種族ならまだわかるが、エルフや魔族などの長命種が何故現在仲良くやっているのか。
突如歴史から姿を消した時空魔法の使い手、クロノシスの正体が、何故今になってもほぼ分からないままなのか。
この世界は、歪だ。
(丁度いいから、そこのお嬢さんにも話してみなよ)
そう言われ、俺は事細かにルーシィに説明したのだが、反応はあまり良くなかった。
「うーん、そう言われるとなんか変な気もするけど、どこが変なのかはわからないわ」
(やっぱりね)
「やっぱりって、どういうことですか?」
(君、この世界の人間じゃないでしょ)
「――っ!?」
どうしてそれを。俺はそうとわかるような素振りをした覚えはない。一瞬狼狽えたが、なんとか平静を保つ。
(神の呪縛は、そう簡単に解けるものじゃない。この世界で、この世界の神に創られて、この世界で生きている生物には絶対に解けないんだよ、普通は。それを君は簡単に解いてみせた。そして、俺が刀に宿っている。と言った時に、すんなりと受け入れた。つまり、刀を知っていたわけだよね)
「アドルさん、もしかして……」
(そのまさかだよ。俺は元日本人。この刀は俺が作ったんだ)
「でも、名前が――――」
(それは、この世界に召喚されたときに自分でつけたんだよ。元の名前は……あー、わからないみたい)
日本人であったことは覚えているのに、その時の名前は覚えていないのか。戦争時のことについて聞きたいが、どうすればいいのだろう。
(今の俺は、勇者アドルの魂の欠片。他にも欠片は存在しているから、それを集めてほしい。そうすれば少しずつ記憶が追加されて、君達の助けになれる)
「それ、何処にあるんですか?」
(世界各地のダンジョン。その別次元に存在するダンジョンの最下層。俺が昔作った武器に宿っている)
つまり、俺達が攻略してきたダンジョンは、この世界であってこの世界ではない場所。異空間に存在するダンジョンだったわけか。でも、どうやって俺達はその異空間に来たんだろうか?
「でも、俺達は特別なことは何もしてないです。他の冒険者達と同じように、普通のダンジョンの入口から入ってきましたよ。どこに異空間に来れる要素があるんですか?」
(それは血筋だよ)
「血筋? どういうことですか?」
そう聞いてみると、アドルはどこか楽しそうな声音になって、コロコロ笑いながら答えた。
(な・い・しょ! だってそっちの方が面白そうだもん!)
この勇者、軽い系の性格と思ったら真剣に話し出すし、真剣に話したと思ったら、お茶目に内緒! とは。どこか掴めない人である。
「ねぇ! いつまで話してるのよ!」
ついにルーシィの堪忍袋の緒が切れてしまったようだ。そろそろ会話を切り上げなくてはならない。
「アドルさん。ここからの脱出法、わかりますか?」
(わかるよ。この刀で刀掛けを破壊すればいい。そこのお嬢さんをしっかり捕まえさせておいてね。君に触れてないと、置き去りにされちゃうから)
案外脱出方法は簡単である。早速ルーシィに事情を話し、俺の胴にしがみついてもらう。
(あはは、そんなしっかりしなくても大丈夫だよ! 体のどこかが触れていればいいのさ)
それを早く言ってほしい。それなら最初から袖を掴んでて貰うとかしたのに。背中側を見たが、彼女は完全に俺の背中に顔を埋めている。
「ルーシィ? そんなにくっつかなくても、袖掴んでるだけでいいみた――――」
「あたしはこれでいいわ! 全く問題ないわよ!」
俺の服に口が当たっているせいか、声がくくもっているけれど、しっかりとした答えが返ってきた。
「ルーシィがいいならいいけど……。よし、やるよ」
刀に手を伸ばし、取りあげる。今度は静電気みたいな痛みが走ることは無く、普通に掴めた。
顔の前に持ってきて、刀の長さに四苦八苦しながらゆっくりと引き抜く。
こらそこ、ダサいとか言わないの! 腕が短いんだからしょうがないでしょ……。うん、自分で言っててなんか悔しくなってきたからやめよう。
刀技スキルを持ってないから、ぎこちない動きだけど、なんとか刀掛けを両断することに成功した。
すぐに視界が真っ白に塗りつぶされ、今度は意識を失うことなく、別の場所に移動したようだ。
「っどわ!? は? お前らどう……いきなり……」
移動先は、受付の目の前。ダンジョンに入る前に手続きしてくれた人が、仰け反ってビックリしている。
「あー、えっと。驚かせてしまってすみません。ダンジョン探索完了の手続きお願いします」
突然目の前に現れてしまった俺達だが、受付の人は有り得ない事態に慣れているのか、ため息をつきながらも対応してくれた。
「はぁ、お前らワケありか。まぁ、こんな子供がダンジョン入りたいだなんて言うから、何かあるとは思っちゃいたが」
「そんな感じです。見なかった事にしてください」
「忘れてやるから他の所では気をつけろよ」
助かった。普通ならこうはいかないだろう。絶対に根掘り葉掘り聞かれるはずだ。受付の人の慣れた様子を見るかぎり、俺たちの他にもこんなことしてる人が居るんだろうか?
少し気になったが、1回ベッドで眠りたい気持ちも強い。もう夕方だし、急いで駅の街で宿屋を探さないと。
「助かります。駅の街でおすすめの宿屋ってありますか?」
「あるにはあるが、駅の街の宿屋はいつも昼過ぎにはほぼ埋まってるぞ。空いてるのは相当質の低いところだけだ」
なんてことだ。それなら少々値が張るが、魔導列車の一等車に乗って寝た方がマシだろう。
受付の人に別れを告げ、ルーシィと共に駅へ移動する。持ち合わせは結構あるし、運賃は問題なく支払えた。一等車はそれぞれ個室になっているので、人目や耳を気にする必要はない。
邪魔になるので移動中は
「アドルさん。いますか?」
(いるよ〜)
「聞きたいんですけど、あそこで邪神の一部を封印していたって言ってましたよね? あの魔法陣、俺が壊しちゃったみたいですけど、封印解けたり……しましたか?」
(あの魔法陣は、俺を眠らせる術式なのさ。何百年もあんな場所でずっと起きてたら気が狂っちゃうからね。封印自体は俺が今もしてるから問題ないよ)
よかった。あの如何にもヤバいものを封印してます感満載の魔法陣を壊してしまってから、ずっと気がかりだった。
(ただ、俺の欠片……勇者アドルの魂の欠片を、武器達を集めないとならない。なんだろう、わからないんだけど、敵に奪われたら、世界の危機だ)
「敵って、なんです?」
(わからない。ただ、世界の危機なのに急いではいけない……そんな気がする)
重要なところがわからない。それが酷くもどかしく感じる。もう聞き出せることはなさそうだ。
今わかっていることを、ルーシィに説明する。
「ふーん、世界の危機に、敵……ね」
さっき魔法陣の部屋で話した時は、混乱していた様子だが、心の準備が出来ていたのだろうか? 今話したことはすんなり納得してくれた。
(君、エミルだっけ? 異世界人だってこと、もうこの子に話しちゃいなよ。ずっと黙っているつもりなの? これから先も一緒にいるつもりなら、さっさと話した方がいいと思うな。俺の経験上)
ずっと黙っているつもりではないのだが、いつ話すか決めてないのも確かだ。俺がこの世界の人間じゃないと知って、ルーシィは今までと同じように俺に接してくれるだろうか? それが怖くてしかたない。
俺のその不安を感じ取ったのか、アドルが更に続ける。
(この子なら大丈夫さ。強い心が見える。きっと、ちゃんと受け入れてくれるよ)
異世界人の先輩がここまで言うのだ。大丈夫、なのかもしれない。
そう思った俺は、意を決して全て打ち明けることにした。
「ルーシィ、すごく大事な話なんだ。聞いて欲しい」
まず異世界人の転生体であること。前世は病弱だったこと。そして、神魔国の第二王子であること、ヴァンパイアと、
異世界人のことについて話し終わるまで、とても静かにルーシィが聞いてくれていたので、神魔国王子であることも一緒に明かした。
「そう……そうなの。
案外、ルーシィは普通に受け入れてくれて、物凄くホッとした。
「高貴な身分なんだろうな、とは思ってたわよ? さすがに王族クラスは予想外だったけど」
「え、どこで気づいたの?」
「手紙よ、手紙。初等入学前の子供は普通、字なんてかけないわよ? それに、文字が綺麗すぎたわ」
しまった。討伐作戦時の置き手紙でバレていたのか。あれ? ということは、冒険者登録するときに書いた登録書で、エイミーさんにも勘づかれてる可能性が高い。完全に自分で墓穴を掘っていた。
「うわぁ、何してるんだよ、俺……」
「まぁ、いいんじゃない? エミルが予めヒントをくれていたおかげで、あたしもそれ相応の情報が来ることの覚悟ができていたわけだし。……それより、あたしも話したいことがあるんだけど。いいかしら?」
なんか、秘密暴露会になってきた気がするが、俺の話よりルーシィの話は重い内容だろう。居住まいを正し、聞く体制を整える。
それを見たルーシィが、ポツリポツリと語りだした。
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