第20話。前に進む心







 翌朝。

 空が白んで来た頃合い。まだ部屋の中は薄暗く、目を凝らしてやっとお互いの顔が見える程度の時間。

 俺が腰掛けたベッドの反対側で眠っていた彼女が、目を覚ました。


「その、エミル? 寝なかったの?」


「……あぁ、うん……」


「少しでも横になったら? ずっとベッドに座ったままじゃない」


「……眠くないんだ」


「でも」


「……ちょっとギルド行ってくる」


 昨日はルーシィのデレを見て、彼女の良いところを見られた気がしたが、今は誰とも話したくない。

 ギルドに行くことを理由に、部屋を出た。ルーシィが背後で何か言っていたが、耳に入らない。そのまま、宿の外へ。







「はぁ……俺、何やってんだろ」


 今まで俺は、強い強いと周囲から言われ、思い上がっていたのかもしれない。力の抑え方ばかり学んで、実践も事前調べも、そして何より、その強き力を最大限活用する方法を模索して来なかった。その結果が、これだ。

 今回の討伐作戦の犠牲者だって、俺がもっと早く、もっと強ければ出なかったはずだ。いくら囲まれたとはいえ、ただのゴブリン程度に、BランクやCランクが殺されるわけがないのだから。

 そう、彼らの死は、俺の…………。


「ごめ……なさ……っ」


 あまりの後悔の強さに、涙が溢れそうになるが、必死に堪える。泣いていいのは、犠牲者とその家族だけだ。俺には許されない。俺に許されているのは、死んでしまった彼らの代わりに魔物を倒し、少しでも依頼をクリアして、周辺の被害を少なくすることだけ。


 だが、今は剣がない。ナイフ一本で強力な魔物の相手をするのは、些か心もとなく、どうすればいいか考える。でも、どうしても頭がすんなりと回ってくれない。様々な考えが浮かんでは消えていった。

 武器屋で買おうとすると、所持金だけでは到底足りない。弓が30万イルなのは、素材持ち込みだからだ。普通に購入しようとすると、100万〜イルはする。それだけ武器というものは価値の高い素材で作られているのである。普通の金属でも作れるが、魔力伝導が悪くて、俺の戦闘法と相性が悪い。


 こんなことを考えていたのは、宿屋の前。ドアのすぐ右横。ギルドに行くと言って出てきたは良いが、ギルドまで歩く気力がなくて、そこで立ち止まってしまったのだ。

 だから当然、宿屋から出てきてギルドに向かう人。特に、前をよく見ず猛スピードで出てきた彼女と衝突することになった。


「えっ? いったぁ。なんでまだいるのよ!」


「うわっ! いや、なんとなく……?」


 俺は完全に気を抜いていたので、ルーシィを支えきれず、共に倒れ込み、下敷きになった。俺は体が魔族なので、殆ど痛みはないけど。ルーシィの方はどこかぶつけて痛むのか、顔を真っ赤にして飛び退き、俺も起き上がった。


「ご、ごごごごめんなさいね!!! さ、ささささっさと行きましょっ?」


「え、いや、大丈夫だけど。まさか、ギルド?」


「当たり前じゃない。剣が砕けてナイフしかないエミルを、このあたしが一人で行かせると思ってるのかしら? 当然、あたしも行くわよ!」


 えっと、色々と理解が追いつかない。取り敢えず、ルーシィは寝間着から着替えていた。俺が宿屋を出る前に何事か言っていたのは、今から思うと、[着替えるから待て]だったような……。それに、ルーシィは戦えないのではないか?


「ルーシィ、気持ちはありがたいけど、戦えない人を連れていくわけには行かない」


「はぁ? 何言ってるの? 獣人は戦闘民族よ? 病人や赤ちゃんを除いて、戦えない人なんて居るわけないじゃない。知らないの?」


 それは知らなかった。そもそも獣人は秘匿主義で、あまり情報が出回っていない。というか、この世界で魔力を持たない。という情報のインパクトが強すぎて、その他の情報が埋もれてしまっている。

 だからルーシィは、あんなに連れて行けとか、なんで起こさないのとか騒いでいたわけか。今更ながら納得した。


「ごめん、知らなかった」


「ふーん、そうなの。それに、今のあんたをそのまま行かせると、帰ってこない気がしたの」


「どういうこと?」


「ただの感よ。どうせあんたのことだから、俺のせいでみんな死んで。だから、彼らの代わりに沢山魔物狩らなきゃ〜〜とか考えてるんでしょ?」


 ルーシィ、エスパーなのだろうか?


「なんでわかるのさ……」


「あんたがわかり易すぎるだけだわ。しっかりしてよ。あんたが今やるべきは、まず剣の入手。それ以外は一旦忘れなさい? そんな気持ちで魔物に挑んでも殺されるだけわ」


「でも、俺が……」


「でもも、さっちもない! エイミーだっけ? 彼女なら剣が入手出来る魔物の居場所くらい知ってるでしょ。さぁ、時間がもったいないわ。行くわよ」


「あ、ちょ――」


 ルーシィに手を引かれ、歩み出す俺。彼女の手は暖かく、直接繋がっている手と共に、落ち込んでいた心まで暖かくなっていく気がした。









「エイミー! ソルジャー系魔物はどこにいるの!」


「ルーシィちゃん? と、エミル君。一体どうしたの。取り敢えずギルドで大声は良くないわよ」


 ギルドに入った途端、叫ぶようにエイミーに話しかけたルーシィに、思わずギョッとしてしまった。


「悪かったわ。気がいてしまったの。エミルの剣を、手っ取り早く入手したいわ。程々の強さで、丁度いい魔物の場所を教えてくれる?」


「それならダンジョンね。カインのずっと南、迷いの森の手前にあるの。そこで出現する魔物はソルジャー系だけだし、武器をどんどん良い物に取替えながら下層に進んでいけばいいわ」


 迷いの森とは、濃い魔素と霧が立ち込め、侵入せんとする者を拒み続けている謎の森だ。そこに立ち入って生きて帰った者は、一人もいないという。

 ダンジョンは各国にひとつずつ有り、それぞれのダンジョンによって出現する魔物の系統が違う。ヒシュリムのは、なんとも都合がよくソルジャー系のようだ。

 だが、迷いの森の手前ということは、魔導汽車で1日半程かかる。少し遠いが、行く価値はあるだろう。


「ありがとうございます、エイミーさん。行ってみます」


「エミル君。今回の被害はあなたのせいじゃないわ。キングレベルの最上位種が出ると、毎回あれくらいはどうしても被害がでてしまうの。だから落ち込むより、もっと強くなって、これからの被害を減らす。そう考えたらどうかしら?」


「そう、なんですか。でも、俺があと数秒早くキングの首を落としていれば、今回の被害がもっと少なかったことに変わりありません。もっと強くなりたいです、俺」


「もっと強くなりたいなら、ひたすら実践経験あるのみ! ダンジョンまで遠いわ。急ぐわよ!」


 またもや、手を引かれて歩く俺。ルーシィはずんずん先へ行ってしまうので、後ろを振り返りながらお礼を言うのは大変だった。

 2人目のおかげで、ちゃんと前を。顔を上げて歩けるようになった。足元の影を追いかけていた瞳が、随分明るくなった空を映し。その空は、どこまでも晴れ渡っている。

 俺の、心のように。








「ここよね? ダンジョンって、もっと栄えていると思ったのだけど」


「そうだね。あ! あれ受付かな? 聞いてみようよ」


 あれから汽車で一日半。汽車内でたっぷり睡眠をとった俺たちは、食糧等を駅のある街で買い込み、元気とやる気全開だった。

 ところが、いざダンジョン前に着くと人が疎らで、予想を遥かに下回って寂れている。一体どうしたのだろうか? 普段からこんな様子な筈はないし。


「ねえ、ちょっと聞きたいんだけど」


「なんだ? 嬢ちゃん」


「なんで、こんなに人がいないわけ?」


「何日か前に、大昔の戦争跡地で、レイスが大量発生してなぁ。エルダーレイスも出たらしい。その討伐で、ここら一体の冒険者がみんな駆り出されて。なんとか倒せたは良いが、怪我人だらけなのさ」


 エルダーレイス。死霊系魔物の最上位種。ゴブリンキングと並ぶ程の魔物だ。本来なら数十年に一度程度の発生率なのだが、何故こうも連続して、強力な魔物が現れているのだろうか?

 考えてもわからないが、人がいない理由は判明した。


「なるほど、そういうことでしたか。ありがとうございます。ダンジョンに入りたいので、受付してもらえますか?」


「おう、いいぜ。ギルドカード持ってるか?」


「はい、どうぞ」


 俺のカードを受け取った受付の人は、何かの機械にカードをかざした。


「登録おーけーだ。帰る時はまた寄ってくれ」


「わかりました、ありがとうございます」


「言うまでもないが、気をつけろよ?」


「当然よ。心配には及ばないわ!」


「そうか、ならいい」


 受付の人に別れを告げ、俺達はダンジョンに足を向ける。

 そのダンジョンの入口は、目の前の古代神殿風の建物の中にあるらしい。食糧確保ついでに、街で事前に聞き込みをして入手した情報なので、間違いない。所々崩れかけていて、余程古いことがうかがえる。

 神殿の中に入ると、正面に完全に風化して崩れた神像があり、その前に階段があった。


「行くよ。ルーシィ、準備はいい?」


「いつでも行けるわ!」


 お互いに頷きあった俺たちは、ゆっくりと階段を降りていった。




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