第19話。ツンデレのデレと現実








 ウォーレンさん達をギルドに連れてきた俺達は、各々回復薬を使ったり、包帯を巻いたりと治療をしていた。俺は怪我はしたが、既に全部治っているのでその必要はない。

 一旦着替えて、戦闘で所々切れてしまった服を、裁縫道具を借りてつくろっていた。

 あれ? 今なんか男のくせに裁縫? とか思われた気がするな。しょうがないじゃん……王子教育の必須項目だったんだよ。あの頃は、こんなのいつ役に立つのか、前世の病院でちょこちょこ学んでいた英語並に意味不明だったが、こうして役に立っている。

 もしかしたら、王は俺が冒険者をすることを、予測していたのかもしれない。


「エミル〜まだなの? 何時までやってるのよ。とっくに待ちくたびれちゃったわ! それに、なんなのよあの人たちは! なんでエミルを避けてるのよ!」


 忘れていた。いや、俺も自分でそれはどうなんだ、と思ったけどさ。

 今隣に、宿屋に居る筈のルーシィが居る。俺達討伐隊が帰還した時、ギルドで低ランク冒険者と共に待っていたのだ。顔を合わせた瞬間「なんで置いてくのよ!」と、怒られてしまった。一体君はどこまで付いてくるつもりなのか。困ったものだ。

 それにしても、意外だ。そういうことに無頓着そうなのに、俺が避けられている事に気付いた。ギルド内には人がごった返しになっているのに、俺の半径3m以内に誰も寄ってこないので、わかりやすいが。


「いや、ちょっと力を出しすぎちゃって。怖がられちゃったんだよ」


「それだけじゃわかんないわよ。ちゃんと1から10まで説明しなさいよね!」


「はぁ……」


「ねぇ、今ため息吐いた? ねぇ」


 仕方なく俺は、討伐戦時に起きたことを詳しく説明した。適当に説明してもよかったのだが、ルーシィの目がそんな事は許さんと、雄弁に語っていた。


「はぁ? なにそれ」


 全ての説明を聞いたルーシィは、眉を吊り上げて怒りをあらわにして立ち上がった。


「あなた達……なによ。なによそれ。助けてもらったんじゃないのっ? 守ってもらったんじゃないの!?それなのに怖い? エミルが、あなた達の恩人が。その力を自分達に向けると本気で思ってるのっ!? ふざけんじゃないわよっ!!!

 エミルもエミルだわ! 明らかに落ち込んでるくせに、平気な顔しないでよ!」


「ごめん、ルーシィ。そんなつもりじゃなかったんだけど」


「そう言われると、言い返せねぇが……」


「頭ではわかっているのですけれど」


「やっぱ、怖いもんは怖いよな」


 そんなに落ち込んだ顔していたのか。気づかなかった。いつもよりため息が多いのは自覚していたけど。

 俺はともかく、冒険者達の反応を見たルーシィは、酷くつらそうな顔をして、ギルドの外に走って言ってしまった。数分前まで騒がしかったギルド内に、沈黙が訪れる。


 居たたまれなくて、俯きながら視線を下に向けた。その時、床に水滴が落ちているのに気づく。水? いや、ギルドに水道は無いし、水を飲む人も居ない。俺の汗でもない。だとしたらその水滴は何か?

 その答えに思い当たったとき、俺は勢いよく立ち上がり、ギルドの外へ。ルーシィを追いかけた。









「はっ、はぁ……はぁ、ルーシィ!!」


「来ないでよ! なんで来るのよ!」


「だって、君――」


「うるさい!」


 ギルドを出てすぐに正面と左右の道を確認したのだが、既にルーシィはおらず、見つけられなかった。

 仕方なく、なけなしの魔力を使って気配察知を発動。ルーシィを見つけられたのはいいが、身体強化分の魔力が残っていなかった為、素の体力で追いかける羽目になってしまった。


 俺の魔力は限界。体も疲労状態。かたや、獣人特有のを使用して走る少女。追いつける訳がない。そこで、俺は無限収納イベントリの袋からロープを取り出した。

 宿に泊まった初日に、袋から出して確認していたアレだ。神魔国を発つ時、必要になるかもしれないから一応持っていこう。程度に考えていたのだが、役に立ってよかった。

 早速ロープを思い切り投げて、ルーシィに巻き付けた。転ばないよう、腕を狙って。


「せぃっ! よし、捕まえたよ」


「きゃっ! ちょっと、離しなさいよ!」


「話したら逃げるでしょ」


「当然よ!」


「じゃあ離さない。ねぇ、なんで泣いてたの」


「はぁ? そんなわけないじゃない」


 たしかに、俺は直接ルーシィが泣いているところを確認したわけではない。だが、涙以外にあの床の水滴を説明できない。と、思う。だから追いかけた。そんなわけないとルーシィは言うけれど、それは嘘だ。だって……。


「目元、赤くなってるよ」


「え、嘘っ? あっ……」


「ほらね。泣いてたでしょ? で、どうしたの?」


「それは……」


 ルーシィが言い淀んでいるので、3m程開いていた距離を詰め、近くに寄る。それでも言わない。


「はぁ……」


「なによ、ため息なんてついちゃって」


「ルーシィって、強情だよね」


「ごう、じょう?」


「イジっぱりってこと。こんなに聞いてるのに教えてくれない。」


「イジっ!? はぁ、………………のよ」


「え?」


「だから! あんたが怖がられて、悲しい顔してるのを見るのが嫌だったのよ! 別にあんたの為を思って言ったわけじゃないんだからね! 勘違いしないでよ! あたしが嫌だっただけだから!」


「そう?じゃあそういうことにしておくけど」


 つまり、俺の為に泣いてくれたのだろうか?

 ツンデレのデレ、到来? ……おっと、こんなことを考えては彼女に失礼だな。うん。

 ものはついでと、宿屋で泣いていた件も聞きたいが、今はそんな雰囲気じゃない。もう少しだけ、待とう。


「まぁ、いいわ。で? これからどうするのよ? 宿屋に戻るわけ?」


「いや、一回ギルドに戻らないと。明日のCランク昇格試験の時間を聞かなきゃ」


「そ。じゃあさっさと戻るわよ。ついてきなさい!」


「あ、待ってよ!」


「待たないわ。競走よ!」


「えぇっ? 無理無理! もう魔力ないよ!」


「しーらない!」







 そして、ギルドに戻ってきた俺達。もうヘトヘトだし、手っ取り早く済ませたい。早速、エイミーさんに聞いてみることにする。


「エイミーさん、明日のランク試験について聞きたいんですけど」


「あ、エミル君。それのことなんだけど」


「どうかしたんですか?」


 いつも微笑みを絶やさないエイミーが、暗い顔をして、口をつぐんでいる。少し逡巡した後、ゆっくりと話し出した。


「その……ごめんね、エミル君。今回の討伐作戦で、沢山のBランク冒険者が亡くなってしまって。今回の試験は出来なくなってしまったの。ほら、Cランク試験の試験管はBランク冒険者でし――」


「何人、亡くなったんですか」


「えっと、討伐戦参加者300人の内、Aランクの死者は0だけど、Bランクは38名。Cランクは79名よ」


「そ、んな…………」


 Aランク参加者3名。Bランク50名。Cランク247名。その内、生きて帰ってこれたのは、183名。特に被害が大きかったBランクに至っては、8割近い死亡率である。

 これでは、試験などやっている場合ではない。ただでさえ、そう多くはないBランク冒険者。それがごっそり減ったのだ。依頼が滞るし、そうしたら魔獣被害も増える。

 最後のゴブリンゾンビ発生時、ある程度の被害は予測していた。だが、これ程までとは思っていなかった。いや、思いたくなかった。


「おれ、が……おれがもっと、早く……ゴブリンキングにトドメを刺していれば……」


 キングが叫び出す前に、俺がちゃんとトドメを刺せていれば。剣が砕けていなければ。もっと訓練していれば。もっと、俺が強ければ。挙げればキリがない。


「エミル君……」


「エミル? 一旦宿に帰りましょうよ! そうしましょう! ええ、そうした方がいいに決まってるわ! だって、あたしもう疲れちゃったもの。エミルだってそうでしょ!?」


「…………あぁ」







 それからの俺は、どうやって宿まで帰ってきたのか覚えていない。多分、ルーシィが連れて帰ってきてくれたんだろうけれど。そんなのどうでも良くなるくらい、頭の中が真っ白で、上の空だった。当然、眠れるはずもない。

 大好きなお風呂魔法、ウォッシャーも使わず、横になりもしないで、一晩が明けた。





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