第18話。広範囲殲滅魔法

 







 ゴブリンの死体、ゴブリンゾンビとでも呼ぼうか。

 予測通り、大量の反応がゴブリンゾンビのものならば、カインが大変なことになる。


 左耳の痛みが、我慢出来る程度まで治まってきたので、少しふらふらするが立ち上がる。周囲を見回し、気絶している高ランク冒険者の中で、剣を装備している人を探す。


「あった。すみません、少しお借りします」


 大量のゾンビを殲滅するのに、解体ナイフではどうしようもない。高ランク冒険者が装備する剣と、解体ナイフでは流せる魔力に天と地ほど差がある。だから、申し訳無いと思いつつ、一言断ってから剣を借りた。

 キングは確実に死んでいるし、森に居るゴブリンゾンビは、全てカインに向かっている。武器がないまま襲われる心配はないだろう。


「ルークさん。おそらく、ゴブリンの死体がゾンビになってカインへ向かっています。俺は殲滅に行きますが、ルークさんはここに居てください。ウォーレンさんが目覚めた時に状況説明と、もし魔物がきた時の対処をお願いします」


「ん……行ってらっしゃい」


 すぐにでも眠りたい程疲労しているだろうに、ルークは力強く頷き、受け入れてくれた。ありがたい。

 俺も頷きを返し、ゴブリンゾンビ共を追って、カインの方向へ走り出した。目と足に、身体強化の魔力を集中。鬱蒼と生い茂る木々を、避けて、潜って、飛んで回避しながら、全力で森の端まで走り抜けた。そこには……。


「ぎゃぁぁぁ! なんなんだよぉ、こいつらぁ!」


「なんで死なないのよ!」


「くっ、もうダメだ、逃げろ!」


 優しく言って、地獄絵図だった。

 ゴブリンゾンビの特徴。それは、痛みを感じない。急所を刺しても機能を停止させない。動きを止める方法は、手足を切り落とすか燃やす事だけ。


 けれど、1度混乱に陥ってしまったら、余程の場数を踏んでいなければ冷静な対処は無理だ。森の外に集められていたのはCランク1級。そして、ゴブリンゾンビの討伐推奨もCランク。

 しかも、この討伐推奨は3〜4人のパーティで討伐することを想定し、設定されたもの。それが、約5000体。Cランクだけで対応できるわけがない。


 森の中に居たBランクはそれぞれ散らばっていた。彼らはゾンビが発生した時点で周囲を敵で囲まれ、近くにいる同ランクと何とか合流できていれば、森の外まで逃げられただろう。

 だが、一体何人が逃げられたのか……。

 今考えるのはやめよう。


 彼らが合流していたとしても、多勢に無勢だろう。

 何せ、今回参加している冒険者は総勢約300人。内訳は、Aランク3人。Bランク50人。それ以外は全部Cランクだ。

 圧倒的にゴブリンゾンビに対する戦力が足りない。それが、今の状況を生み出している原因だろう。


 目と足に集中させていた魔力を、今度は薄く全身に張り巡らせ、余剰分の魔力を腕と剣に集める。


「結構いい剣だな。魔力伝導がスムーズだし、魔力許容量も多い。これならあの技が使えそうだ」


 流石は高ランク冒険者の剣。俺が城から持ってきたオーダーメイドの剣とは大違いである。

 俺の剣は元々王族が持つものとして相応しい様に、ある程度の実用性を兼ね備えるようにつくられた。美しさを重視した剣なのだから、いくらオーダーメイドと言えど、高ランク冒険者の剣にはかなわない。


 火・風・土の属性を混ぜ合わせて、剣に纏わせる。


纏刃てんじん……礫火嵐れきからん。――滅刃めつじん――!」


 俺が今出せる全力を込めて、振り切られた剣。数瞬置いて、炎の嵐が吹き荒れる。

 冒険者を巻き込まないよう、ゴブリンゾンビが密集している場所を狙った。発動から僅か数分で、5000体程いたゴブリンゾンビを殲滅。

 凄まじい性能である。これが意思ある種族に向けられたらと思うと、背筋に冷や汗が流れた。使い手は俺しか居ないはずなので、安心できるが。


 礫火嵐れきからんは、炎を風で噴き上げさせ、飲み込んだ敵を石礫で蜂の巣にする技。

 今までは、頭の中で考えてはいたものの、危険すぎて実験すらしていなかった。それを行えるだけの性能を持った剣も、無かったし。

 ぶっつけ本番だったけど、成功してよかった。けれど、魔力がすっからかんになってしまい、軽い虚脱感を感じて座り込む。魔力の最大値が50%まで低下するというのは、なかなか大変なんだな。ルミナスには、是非とも早く目覚めて頂きたい。


 足を前方に投げ出し、手をついて楽な姿勢をとる。


「終わった〜〜。あー、疲れた。帰って寝たい。そういえば、ルーシィはちゃんと大人しく待ってるかな?」


 少しの間休憩していると、遠くに逃げていた冒険者達が、黒焦げのゴブリンゾンビの死体や、高熱で溶解した地面を避けて、近づいてきた。

 まだ休んでいたいが、立ち上がって目を合わせる。もう破れた鼓膜に痛みはないし、治っているのだろう。これなら、違和感なく会話を行えるな。まだ吸血していない未覚醒状態なので、それ程強くはないが、ヴァンパイアの不死身性=回復力様々である。


「な、なぁ。さっきのお前がやったのか?」


「そうですけど」


「やっぱそうか。その、助かった。ありがとう」


「声震えてますが、大丈夫ですか?」


「すまねぇ……あれ、だよ……」


 俺に話しかけてきた冒険者はB級のようで、周りのCランクより装備が少し上等だ。良かった。森の中から逃げられた人が居て。

 俺に話しかける前から少し顔色が悪かったが、俺に近づくにつれ、指先が震えていたのが遠目でも確認できていた。代表の後ろに隠れるようにして、Cランク冒険者がチラチラとこっちを青い顔で見ている。


 やはり、俺の力は恐ろしいか。

 わかっていたことだが、現実として目の前に突きつけられるのと、想像するのとでは全く違う。心に深い悲しみが広がるが、後悔はしていない。俺の他に、あの状況を打破できる者は居なかった。もし俺が力を使わなければ、今話している冒険者どころか、この場の全員。カインの人々まで殺されていたかもしれない。その命に比べれば、俺へ向けられる恐れの視線程度、大したことではない。


「大丈夫ですよ、気にしないでください。それより、まだ森の中央付近に、ウォーレンさんとAランク冒険者が取り残されています。迎えに行きましょう」


「あぁ。本当にすまねぇ……」


「かまいません。こっちです」


 ギルドに連絡する冒険者を残して、俺達は森を進んできた。その間、恐怖を感じている冒険者らは、おれの半径3m以内に入ってくることはなかった。


 やがて、ゴブリンキングを倒した場所。つまり、ウォーレンと高ランク冒険者が居る場所にたどり着く。

 所々地面が陥没しているが、なぎ倒された木々のお陰で視界が開けている。

 どうやらルークは、魔物の襲撃があった際に護りやすいよう、ウォーレンと他の冒険者を1箇所に集めていたらしい。そのすぐ隣に立っていたのだが、俺の顔を見た瞬間、倒れ込んだ。


「ルークさん!?」


 少し距離があったが、何とかルークの体が地面に叩きつけられる前に滑り込むことに成功する。慌ててルークの顔を覗き込む。すると彼は、眉根に皺を寄せながら寝息をたてていた。

 もう、限界だったのであろう。気絶した冒険者達やウォーレンの怪我はかなり酷いが、ルークも相当だ。

 こんな状態で見張りを頼むなんて、申し訳ない事をしてしまった。彼が起きたら、ちゃんとお礼を言わないと。


 ウォーレン達を回収後、辛うじて生き残っていた数人のBランク冒険者も回収して、カインへ戻った。






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