第17話。ゴブリンキング








 俺達を睨みつけていたゴブリンキングが、ゆらりと揺れ、次の瞬間には俺の眼前に迫っていた。速すぎる。咄嗟に、抜き身で持っていた剣を、胸に構えてキングの拳を防御したが、身体強化ブーストが間に合わず、踏ん張りきれなくて数m飛ばされた。

 止まってすぐに横飛びをした直後、俺がぶつかって少しへこんでいた木がキングの手によって爆散した。

 その後すぐに、微弱に掛けていた身体強化を制限無しで最大強化した。こんな命がかかった状況で、周囲への被害が〜〜なんて言ってられない。死ぬ。


 どんな状況にもスムーズに対応できる、正眼の構えを取ったとき、剣にひびが入っているのに気づいた。

 さっき、咄嗟に構えて攻撃を受けたせいで、剣への衝撃を上手く逃がすことが出来なかった。その負担に耐えられなかったのであろう。

 これでは、もってあと2度。だが、持たないかもしれない1度に期待はできない。実質、あと一撃で仕留めなければ。全く、なんてハードモードだ。


 ヒビの入った剣が耐えられるギリギリの魔力で、最大の威力を発揮できる魔法を考える。

 ゴブリンキングの表皮は、鉱物より硬いと聞いたことがある。それなら、腐特性を持つ闇×闇×闇で皮膚を溶かす。刃が通るようになった瞬間、水×風の複合属性、雷でトドメ。これならいけるだろう。


 数秒の思考を終え、音を置き去りにしながら、キングに飛びかかる。恐らく、地面も酷くえぐれているだろう。

 キングの2m程前まで助走し、そこからキングの胸に向かって飛び上がる。狙うは心臓への突きだ。順調に皮膚が腐り、数cm剣先が埋まるのを柄を通して感じた俺は、即座に雷属性の魔法に切り替えた。これで終わりだと思った瞬間、剣が砕ける音が、甲高く響いた。


「なっ……」


 一撃持たなかった……? 3属性複合、2属性複合大威力を連続して使用したせいか。

 これは想定していなかった。予測出来なかったのだ。今まで稽古で剣を振るっては来たが、命のかかった実戦をした事など無いに等しい。それに加えて、ヒビの入った剣を使ったこともなければ、3属性と2属性を連続使用して戦った事も無い。

 ただ、使用すればどの程度の威力が出るのか知っていただけだ。経験不足、いや、俺の怠慢がこの状況を呼んだ。


 超速度から急停止による、身体の空中停滞も剣が刺さらなかった為無くなり、地面に着地した。

 だが、高さ約3mからの着地。当然軽く屈伸して衝撃を逃がす必要がある。その0.2秒程度の、僅かな硬直を見逃してくれるキングではない。


 それを予測していた俺は、着地前に左腿に装着している解体ナイフを抜き、魔力を流して強化していた。その強化していたナイフでキングの拳を受けて、またもや吹っ飛ばされたのだが。


「ひぃ!?……ぐはっ」


 飛んでいった先に、キングの殺気で震えているデーミンがいて、悲鳴を上げた彼を巻き込んで木に激突した。直後、キングも地面を砕き、猛スピードで飛んでくる。避ける事は可能だが、俺と木に挟まった衝撃で、デーミンが気絶していた。

 俺が避ければ、デーミンに当たる。意識を失った状態でキングの攻撃を受ければ、下手したら……いや、確実に死ぬだろう。避けずに受け止める覚悟を決め、ナイフを構えたとき、突如左から伸びた硬糸が、キングの腕を絡め取って動きを止めた。


 硬糸の先を見ると、傷だらけで満身創痍のルークが立っており、必死な形相でキングの腕を留めていた。


「ルークさん!?」


「はや……く……トドメ……」


「っはい! はぁぁーー! くらえ!」


 腐って内部が露出した胸に、抗斬属性耐性付きの解体ナイフを突き立て、高威力調整した雷魔法を流す。

 キングがビクンッと痙攣して仰け反り、背中から地面に倒れ込んだ。近寄って確認すると、完全に気絶していた。まだ息があるようなので、首を切るために頭の方へ移動する。

 立ち止まって剣を振るおうとした瞬間、突然キングが意識を取り戻し、天に届けと言わんばかりの大声で、絶叫を上げた。


「ぎいあぁぁああおぉぉぉ!!!」


「っ!? 耳が……」


 当然、至近距離にいた俺は耳にダメージを受け、地面に膝をついてしまう。

 右耳がジンジンしており、左耳に至っては激しい痛みを感じる。鼓膜が破れたかもしれない。内耳……耳の一番奥の機関がおかしくなったのか、酷く視界が回って気持ちが悪く、耳鳴りも酷い。

 こんな状態で戦闘は難しい。目覚めたキングに攻撃されたら……と、キングに目を向けたのだが、事切れていた。絶叫は断末魔のようなものだったのだろうか。

 取り敢えず、ピンチになることは避けられたようで安心し、周囲を確認する。


 かなりの激戦だったようで、所々に陥没した地面と、なぎ倒された木々が散見される。そして、傷だらけで動かない冒険者達。ウォーレンもまだ、最初に飛ばされたときの衝撃で気絶しているようだ。ルークさんは、気絶はしていないけれど、座り込んでしまっている。

 俺とデーミンが乱入した時は、そんな余裕がなくて気づかなかったが、今思い返すと、あの時既に立っていたのはウォーレンだけ。俺達に気を取られたせいでウォーレンは気絶したのだが、俺達……いや、俺が戦闘に介入しなければ、どうなっていたことか。

 あの時不自然にボスへ近寄る気配を追いかけて、本当に良かったと心底思った。


 さて、森全体、森の外はどうなっているのだろうか? キングと戦闘中は、一瞬の隙が死に繋がる激戦だった。だから、デーミンを発見した時から状況を1度も確認していない。


「気配察知15km……ん? なんだ、どうなってる?」


 10kmでは森の外まで確認できないので、15kmで気配察知を発動させたのだが、大量に反応があったのだ。もう生き残っているゴブリンは殆ど居ないはずだし、冒険者の数も到底この反応数には及ばない。しかもその反応、カインの方向に向かっているのである。


「なぜ、こんな数がカインに……あっ!」


 一つだけ、突然発生した、この大量の反応を説明できるものがある。

 それは、そう。ゴブリンの死体である。上位個体は何をするかわからない。その脅威を、今初めて実感した。






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