第2章〜冒険者編〜

第7話。冒険者ギルド

 3日に及んだ長旅を終え、とうとう人間の国ヒシュリム国首都、カインに到着する。

 なんだかんだ言ってこの世界に来てから初めて人族を見た俺はちょっと感動してしまった。城には居なかったからなぁ。


 神魔国は非常に魔素が濃い。

 魔素とは魔力の一種で、他にはマナがある。魔力は生物の体内で生み出されるもの。それが魔法などで体外に排出されると、周囲にその残りカスとして無害な魔力、マナが飛び散る。そのマナが、空気中や地中などに僅かに存在する有害物質と結合し、生物に有害になった魔力が魔素だ。

 体内魔力の多い生物なら多少魔素の濃い場所でも普通に生活できる。人間や獣人など体内魔力が少ない種族だと体調を崩し、濃度にもよるが最悪死ぬ。

 そんな魔素に晒されて育つ神魔国の薬草は、魔力保有量が多い為、非常に効果が高い。自然治癒力の強い魔族や、強力な回復魔法の使い手である天族には需要が低い為、主にエルフや人族向けに輸出されている。


「冒険者登録は……まずギルドを探すか。すみません、冒険者ギルドって何処ですか?」


 ちょうどよく通りがかった、優しそうなおばちゃんに聞いてみた。


「おや、可愛い子だね……ってハーフエルフ!?」


「そうですけど、どうかしましたか?」


「あんた1人? 親は?」


「いえ、1人です。ここの学園の試験を受けに来たんです。その前に冒険者登録をしておこうと思って」


「そうかい。悪いことは言わない、早くその耳を隠しな。最近、この街でハーフエルフが次々と行方不明になってるんだよ。人攫いだともっぱらの噂さ。お嬢ちゃんみたいな可愛い子は、きっと真っ先に連れてかれちまうよ。隠せそうな布はあるかい?」


「布はありませんが、これでどうでしょう? それと、俺はれっきとした男子です」


 闇属性魔法に分類される幻覚魔法で、エルフの血を引く者特有の尖った耳が、丸く見えるようにする。変わったのは見た目だけなので、触られると気づかれてしまうが十分だろう。


「こりゃたまげた。お嬢ちゃ……っとごめんよ。お兄ちゃんだったのかい。あんまりにも綺麗な顔してるからてっきり」


「あはは、よく言われます」


「それにしても、よく出来てるねぇ。魔法なのは分かるけど、一体どうなってるんだい。でもまぁ、これなら心配いらないね。けど、気をつけるんだよ。

 すっかり教えそびれたけど、冒険者ギルドはこの道をまっすぐだ。マントに、盾と剣がクロスした看板だからね。すぐわかるよ」


「詳しくありがとうございます。お時間取らせてしまってすみませんでした。では……」


 教えてもらった通りに道を進んでいく。聞いた人が親切で良かった。

 ハーフエルフの失踪、か。気になるな。冒険者ギルドなら、何かしら情報があるだろう。もしかしたら犯人の捜索が依頼として出されてたり……いや、それはないか。あるとしたら、犯人が判明した際の捕獲の協力とかだな。


 暫く歩くと、マントに盾と剣の看板がある建物、冒険者ギルドが見えてきた。かなり大きな建造物で、中に入ると想像していたより綺麗に保たれており、稼ぎがいいのか、整った装備を見につけた人が沢山居た。

 前世で読んだ小説だと、汚かったり酒場が併設されていて喧嘩が絶えないとかよくあるけど、ここはそういったのが全くない。広めに造られたカウンター、数セット置かれたテーブルとソファー。超好印象だ。

 でも、これだけ綺麗な場所ならば、きっと例のアレは起こらないんだろうな。

 内心ちょっと期待していただけに、ざんね――――


「おいおい、いつからここはガキの遊び場になったんだぁ? それとも依頼か? 猫探しかな僕ちゃん。帰ってママのおっぱいでもしゃぶってな! ぎゃはは!」


(キッター! 来ないと思ってたらキター!?)

 先程の[例のアレは起こらないんだろうな]は、完全にフラグだったようだ。………テンプレとはいえ、こんな場所で真っ赤になって酔っている男なんて物凄く場違い感半端ないけど。

 取り敢えず、なんか応えないととまずいか。うーん、なんて言えばいいんだろ。これかな?


「おじさんこそ、しゃぶって来た後なんですか? 口元、涎垂れてますよ。誰にも教えてもらえなかったんですか? あっ、友達居ないんですね」


(ブハッ! デーミンの奴、あんな子供に痛烈な返しされてやがる!)

(ざまあねぇな!)

(あの子、大丈夫かしら。あんなでもデーミンはランクCよ。手を出されたら……)


 周囲にいた人たちが吹き出したり、俺達に心配や好奇心の視線を向ける中、嘲笑の声を聞き取ったのであろうデーミン。元々酔いで赤かった顔を更に赤くして、怒りからかブルブル震え出した。


「こんのガキが。俺に逆らうとどうなるか教えてやるよ。ちっとばかし痛いが、なぁっ!」


「おっと」


 殴りかかってきたので、当然避ける。酔いと怒りで鈍りに鈍った大ぶりの攻撃。あのアッシュとの稽古で散々鍛えられた俺に、当たる筈もない。


「なっ!? 避けただと? まぐれだ、まぐれ。これでもくらえ!」


「よっと」


「はぁ!? ありえねぇ……オラオラオラァ!」


「よ、ほっ、はっ」


(え、なんなのあの子。あんな可愛い顔して、あのデーミンの連撃を容易く避けるなんて……)

(おいおいおい、只者じゃねぇぞ)

(どっから来たんだ)


 周りのこそこそ話が大きくなる。そりゃそうか。酔っているとはいえ、冒険者ランクC……中堅レベルの冒険者の攻撃を、たった7つの子供が躱しているのだ。

 デーミンの体力切れを狙うのも面倒だし、ここいらで終わらせるか。


「はぁ、はぁ、なんで当たらねぇんだよ……」


「貴方が修行不足だからでは? 飽きたんで、そろそろねむってもらえませんか、ねぇ!」


「ぐはっ!」


 身体強化スキルと体術スキルを使用し、デーミンの腹部に掌底を軽く叩き込む。

 魔族である俺が本気でやったら、冗談抜きで彼の体が爆散しかねない。いや、ホントに。試したことなど当然ないが、そこら辺の力加減は、それはもう物凄く厳しく教えられた。


「て、め……」


「あれ、まだ起きてたんですか。思ってたより頑丈ですね。剛体スキルでも持ってるんですか? まぁいいや。じゃあもう1回――――」


「ひっ……待て! 俺が悪かった」


「そうですか? 仕方ないですね。じゃあ見逃してあげるので、さっさと行ってください」


 相手が引くと言うのなら、これ以上痛めつける理由もない。もう用はないとばかりにデーミンに背を向け、冒険者登録の為にカウンターへ向かって歩く。

(テンプレ回収、やっぱ楽しいな。あとは……)


「うおおぉぉぉ!」


「――――っ!?」


 背後から野太い雄叫びが聞こえたので振り返ると、そこには目前に迫った拳が。

(避けられなっ――――)


「そこまで」


「「なっ!? (え!? )」」


 俺の顔に届くはずだった拳は、突然現れた筋骨隆々、歴戦の戦士を思わせる傷痕が所々に見られる男が、デーミンの腕を握って止めていた。


「ギルマス!? これは、その……」


「言い訳はいらねぇ。全部見てたからな。てめぇら2人とも、ちっと来い」


「ぐっ」


「わかりました」


 周りの人達が哀れなものを見る視線を、俺に向けてくるのをヒシヒシと感じる。カウンターの脇に設置された階段を、ギルマスの後について登る。

 外で見た時に確認しておいた、最上階である3階に止まり、廊下の突き当たりの部屋に入る。


「ベティ、茶を。二人分でいい。」


「またデーミンさんのトラブルですか。懲りない人ですね。はぁ、すぐにお持ちします」


「すまねぇな、頼んだ。おめぇら、適当に座れ」


「では、失礼します」


 座った後、沈黙が続く。

 重苦しい空気に耐えきれなくなって口を開こうとした時、ベティさんが戻ってきた。俺とギルマスの前にお茶を置いて、ギルマスの後ろに控えるように立った。


「よし、チビは初めましてだよな? まずは自己紹介から行こうか。俺はウォーレン・アドラー。ここ、冒険者ギルドカイン支部のギルマス……ギルドマスターをやってる。そこのベティは秘書だ」


「俺はエミルです。カイン学園の試験を受けに来たんですが、その前に冒険者登録を、と思って」


「なるほどなぁ。それで、タイミング悪く酒飲んでたデーミンに出くわしちまったのか。災難だったな」


「全くです」


 ちょっと楽しんでた俺だったが、ここは雰囲気的にこう答えておいた方が良さそうだ。

 俺への質問は気が済んだのか、ウォーレンはデーミンの方に顔を向ける。


「デーミン、今回で3度目だ。流石にこれ以上騒ぎを起こすなら、ランクCとはいえ除名にせざるを得ない。次何かあれば除名の上、黒入りだ」


「そっ、それだけはやめてくれ!」


「あの、黒入りって何ですか?」


「ん? あぁ、黒入りってのはな、ギルドのブラックリストの事だ。それに名前が乗ると、世界中の冒険者から、規則破りとして地の果てまで追いかけられんのさ。過去、黒入りして1ヶ月以上生き残ったやつは居ねぇ。ギルドでのみ作用する、死刑宣告みたいなもんだ」


「それはなかなか、恐ろしいですね」


「エミルも気をつけろよ? 冒険者ギルドは規則に従わない者に厳しい。ルールに従えないやつってのは、命のかかった現場でも変わらねぇ。そいつに足引っ張られて部隊全滅なんて、容易に想像できちまう。実際あったからな。あの時は大勢の死人が出た」


「そんなことがあったんですか。肝に銘じます」


「おう、そうしとけ。デーミン、下がっていいぞ」


「はひっ」


 怯えきった声で返事をして、デーミンは脱兎のごとく部屋を去って行った。


「さて、エミル。1つ聞いていいか?」


「はい。何でしょう?」


「お前、ハーフエルフだろ?」


「なっ!?」


 ハーフエルフ特有の少しだけ尖った耳は、カインに着いてすぐ、冒険者ギルドの場所を尋ねたおばさんに隠すよう言われてから、ずっと魔法で隠している。

 俺の幻覚魔法は、エルフ国でもトップクラスの魔法士だった母様からも手放しで褒められる程、上手いはずだ。自分でも、一切違和感なく隠せていると思っていた。一体どこで気づかれたのか。まさか、最初から見張られていた? 何故?

 募る不信感から、いつでも逃げられるように身体強化スキルを発動しておく。


「まてまて。俺はちっとばかし目がいいんだよ、目が。魔眼ってやつでな」


「魔眼!? 恩恵ギフトの?」


「おう。ってなんで恩恵ギフトだと知ってんだ?街で俺の話でも聞いたか?」


「えっと、まぁ、そんなところです」


 危なかった。死んだ後、神様の世界でスキルを選ぶ際、恩恵ギフト候補に魔眼が載っていた事を思い出して口走ってしまった。エミルが知りえない筈の情報だ。今後はポロッと言わないように気をつけなければ。


「ふーん、まぁいい。ハーフエルフのお前にちっと頼みたいことがあってな。頼めるか?」


「内容にもよりますが……まずは聞かせて下さい」


「んじゃ、一回しか説明しねぇからよく聞けよ?」


 冒険者支部のギルマスを務めているのだ。当然強いだろう。そんな男が、こんな子供である俺に頼み事。一体どんな内容なのか――――。





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