第6話。魔力暴走

 








 暴走して吹き荒れる魔力は、絶大な効果を齎した。結構体重がありそうな依頼主を、その護衛ごと吹き飛ばし、更には木造の壁も吹っ飛ばした。


「ぐ、近寄れん……」


「何なんだよ、この魔力量は」


 まだ魔力操作を覚える前。数年前に1度だけ、魔力暴走を起こしたことがある。その時はこんなではなかった。もっとずっと小規模なものだ。成長するにつれて魔力量が増えているのだから、当然だが。

 その頃から多いとは聞かされてきたけど、成長した今では、魔法が得意な成人魔族の1000倍はある。エルフで例えると、200倍程度に収まるが。

 ヴァンパイアとエルフの血が過剰反応を起こしたのか、神の力か、はたまた俺個人がたまたまなのか不明だが。とにかく、桁違いに魔力が多いのである。

 その魔力が暴走すると何が起こるのか。


「あ、雨だと!? 厄介な……」


 周囲に強烈な風を吹かせた上、その乱気流でどうやら天候をも変えられるらしい。


「ちっ、こんだけ高密度の魔力塊だと隠しきれん。直にここもバレる。面倒な奴らが来ないうちにズラかるぞ。隠蔽スキルは万能じゃないんだ」


 気絶した依頼主を抱え、彼らは去っていく。


「は、ははっ……」


 全く笑えないが、危機を脱した安心感から乾いた笑いが漏れる。それにしてもこれ、どうしようか。先程から荒れ狂う魔力を再び制御しようと試みているのだが、全く効果がない。魔力切れを待つしかないのだろうか。


「殿下、殿下ぁ! 殿下ーー!」


 なぎ倒された林の向こう。魔力暴走の範囲外から声が聞こえて顔を向けると、予想外の人物が必死の形相で駆けてきた。


「アッシュ!?」


「殿下! 怪我は! 魔力を抑えられますか!?」


「怪我はないが、魔力制御が効かない!」


「そっちに行きます、動かないでください! 」


 暴走した直後よりどんどん威力の上がっている風のせいで、声を大きくしないと会話が出来ない。

 止めるまもなく、なんとあの強いけどぐうたらなアッシュが、匍匐前進ほふくぜんしんで近づいてくる。そんなアッシュを、言うことを聞かない俺の魔力が拒んで傷つけた。手の届く距離まで来た時には、全身傷だらけだ。痛みに少し眉を寄せた顔をしながら、そっと俺の手に自分の手を重ねたアッシュは、安心させるような優しい声音で話しだす。


「殿下、もう大丈夫です。大丈夫ですよ。落ち着いて、深呼吸を。ゆっくりでいいです」


 緊張がなかなか解けず最初はぎこちなかったが、徐々に落ち着いた深呼吸ができるにつれ、吹き荒れる魔力が薄まっていった。


「アッシュ、なぜ一人で? 団員はどうした」


「殿下が居なくなったと知らせを受けて。すぐに近衛隊を引き連れて捜索に出たんですが、痕跡を見つけられず……。日も暮れて焦っていたら殿下と思わしき巨大な魔力を感知したので、その場で部下に指揮を任せて、俺だけ先行してきました。」


「馬は。まさか、副団長が徒歩で捜索に出たわけでもないだろう」


「それが……殿下の魔力に怯えちまいまして。途中から走って来ました」


「そうか、すまない」


「こらこら。そこは「ご苦労」でいいんですよ。殿下ともあろう方が、簡単に謝ったりしてはダメです」


「ぅ……ご苦労」


 王族とは厄介なものだ。ありがとうもごめんも、簡単には言えない。大抵ご苦労で済ませる。元が日本人の俺は非常に心苦しい。


「そろそろ追いついてくるころですかね。あぁ、見えてきた。おーぃ! ここだぁ!」


 一族によって尻尾があったり翼があったりする為、形が各々少しずつ違ったりはするが、統一されたデザインの団服に身を包んだ1団が、遠くに見受けられた。


 そこで緊張の糸が切れたのか、気絶するように眠りに落ちた。

 普段ぐうたらで嫌っていたアッシュが、己の為に地を駆け、必死で魔力暴走を抑えようとしてくれた。その事を心に深く刻みながら……





 それから数日後、俺の証言を元にメリーナの縁談相手。ゲルミット卿って名前らしい……がエルフ国の警備隊に、俺の誘拐を指示した容疑で捕らえられた。あの男が言っていた[あの方]と、依頼を受けて俺をあの家まで誘拐してきた実行犯は見つけることができなかった。

 当然、ゲルミット卿に尋問が行われたが、彼は殆ど情報を持っておらず、錯乱気味で何もわからなかった。今回の1件で責任を感じたメリーナが侍女を辞そうとしたが、断固拒否して説得するなど、少々骨が折れたのは割愛する。








 時は現在に戻る。


「ふっ、今日こそ勝ってみせますよ、師匠」


「そんなん言ってるうちは、まだまだ勝てませんよぉ。まぁ、何年経っても負ける気はないですが〜」


 あの事件の前まではアッシュと呼んでいたが、あれからは師匠と呼んでいる。また、話しかける言葉も丁寧になった。

 当のアッシュは相変わらず間延びした口調だ。誘拐事件でかなりかっこいい行動をしておいて、その翌日にはいつも通りのだらしない動きに戻っているのだから、勿体ないと思ったけど。


「早速始めますか〜」


 軽く準備運動をしてから構え、木剣で切りかかる。腹・胸・喉目掛けて3連突き。全て弾かれ、すぐさま足元を切り払うが、ジャンプで躱すついでに剣を踏まれてしまった。腕力にものを言わせて引き抜く前に、俺の首にアッシュの木刀が触れる。


「終わりですねぇ。さてさて、今日はどの子に声をかけようかなぁ〜」


「あ、師匠。待ってください。お話が――――」


「ん〜、なんです? 手短にお願いしますよ〜」


「わかってます。初等教育ですが、ヒシュリム首都のカイン学園初等部に入学することになりました。数年神魔国を離れますので挨拶を、と」


「初等入学ですかぁ。早いもんですねぇ。

 ご帰還後の手合わせ、楽しみにしておりますよ、殿下?」


 少しだけではあるけど、間延び口調がなりを潜め、あの日見たような強い心の宿った瞳が煌めいた。








 出発当日。城門まで見送りに来てくれた家族と、顔見知りの使用人に笑顔で別れを告げ、馬車で魔導列車の駅に向かう。


 数百年前に、何千年と続いていた種族間戦争が、突然現れた勇者の活躍によって終わり。その後、戦争兵器用に秘匿されていた魔導科学技術が、民間にも広まり始め、生活に必要な様々なものが急速に発展していった。

 魔導列車もそのひとつで、国内のみならず外国にも通じている。天族の飛行と魔法による転移を除いて、この世界で最も早い交通手段として、非常に利用者の多い乗り物だ。


 駅まで乗せてきてくれた御者と馬を労い、王族の俺は当然のように一等車に乗り込む。使用人が付いてくるのはここまで。ここから先は、完全に一人旅だ。

 カイン学園は全寮制だし、生徒と教師。あとは認可を受けた業者と来賓以外、基本的に立ち入り禁止なので、使用人は入れない。ならば、ぞろぞろとヒシュリムまで引き連れて行く必要もなかろう。との判断だ。

 到着まで2,3日かかるが、何をしようか。一等車は広く、ゆったりとした造りなので、寝ることも出来る。

 取り敢えず、スキル確認をしておこうか。







 ☆名前

 エミル・スカーレット・シルフィ

 ☆職業ジョブ

 セルシウス神魔国第二王子、魔法剣士

 ☆種族

 ヴァンパイアとエルフのハーフ、不死身エルフ

(種族特性)

 他種族の血を飲むことで回復。精霊魔法が使える。長寿。不死身。


 ☆スキル

 剣技S

 弓技A

 体術A

 身体強化B

 全属性魔法A

 複合魔法B

 精霊魔法F

 魔力操作S

 気配察知A

 礼儀作法A

 健康EX


 ☆恩恵ギフト

 熟練速度上昇

 アースガルド神の祝福

 シュメフィール神の祝福






 複合魔法とは、異なる属性の魔力を組み合わせて使用する、高等技術である。組み合わせ次第で、威力が数倍になったり、0近くなったりもしてしまう。また、上位属性に変化することもある。

 例えば、火属性に風属性を加えると、威力が上昇。風属性に水属性を加えると、雷属性。水属性に水属性を加えると威力が上がり、氷属性へと変化する。闇属性と光属性を合わせると、威力が落ちる。


 スキルランクBの今だと、2属性複合の大規模な魔法が使え、3属性複合の小規模な魔法が使える。かなり強力だがデメリットがあり、魔力消費が多い。俺は魔力量が膨大なので気にしなくていいが、多少優秀程度の魔法士が2属性複合すると、一瞬で魔力不足になって気絶だ。


 この1年間、今まで以上に訓練に身を投じてスキルランクを全体的に上げてきた。身長も多少伸びたし、身体能力はかなり鍛えられている。今ならあの誘拐事件のシチュエーションに陥っても、傷一つ負うことなく帰還出来るのではないだろうか。一対多、多対多の戦闘法も叩き込まれたし、経験的にもまぁまぁだ。


 昔から続けている、魔力制御の練習でもしようか。これならどこでもできるし。

 右手指全部と左手の小指に火水風土光闇の6属性。左手の薬指から親指にかけて雷、氷。氷に風属性を加えて吹雪を。雷に火を加えて灼雷を。それぞれ維持する。

 うーん、やはり楽しい。爆発に気をつけながらではあるが、新しい組み合わせの属性も試したくなる。使えそうな魔法が見つかるかもしれない。これだけで、数日程度簡単に過ごせそうだ。


 ヒシュリムについたらまずは冒険者登録だ。期待に胸を踊らせて時は過ぎる――――。





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