第3話。誕生式とお披露目
会場に入ると、煌びやかな服を身につけた貴族が、こちらに顔を向けて待機していた。沢山ある小さな丸テーブルには、所狭しと料理が並んでいる。部屋の脇にあるのを除いて、見たところ椅子がないので、立食パーティーのようだ。
十数センチ高く作られた段に上がり、父様が口を開く。
「
目配せを受けた俺は1歩前に出てピンと姿勢を質してまだ高く、よく通る子供声を張る。
「本日は私の誕生式にお集まり頂き、ありがとうございます。当主、ご夫人方は他一族との親交を深め、ご子息、ご令嬢も食事や歓談を楽しんで頂ければ、嬉しく思います」
そこまで言い、右手を左胸にあてて軽く一礼。
父様にちらっと視線を送ると、察した父様がワインの注がれたグラスを給仕から受け取って、前に出る。
「では皆、楽しんでくれ。乾杯」
「「「乾杯」」」
式が始まった。音楽隊が緩やかな音楽を奏で。俺たち王族の前。厳密に言えば主役である俺と、最高権力者である国王の前にズラリと行列ができる。
それぞれ挨拶をしていくが、特に印象に残った親子がいた。
「第二殿下、5歳のお誕生日。誠におめでとうございます。私はダニエル・ホワイエル・シルクトル。爵位は侯爵を賜っております。こちらは娘のサラシャです。お見知りおきを。
陛下におかれましてもご機嫌麗しゅう」
「ありがとう。ホワイエル侯爵、サラシャ嬢」
まず主役である俺に挨拶し、次に王。
俺を第二殿下と呼んだのは、特別親しい間柄でなければ、身分が上のものに対して基本的に名前で呼ばないのがマナーだからだ。侍女のメリーナは俺のことを最初から名前で呼んでいたけれど、それは母様が許可したらしい。
俺がホワイエル侯爵、と呼んだのは。シルクトル領を治めるホワイエル家のダニエル。貴族当主を呼ぶ場合は貴族名に爵位を付けるのが一般的。その令嬢には、名前+嬢。子息には名前+公子と付ける。
ちなみに、この世界に公国はないので、公族の子供と間違えることはない。
ダニエルとサラシャは天族のようだ。白い羽根がふわりと重なった大きな翼が背中で揺れている。2人とも白に近い金髪で青い瞳。
サラシャは俺と目が合うと頬を薄らと赤く染め、華麗な
次の貴族に順番を回すため、さっさと去っていったが、ことある事にサラシャの姿が脳裏をチラついて、あまり集中出来なかった。
「疲れたぁ〜」
自室に戻るとすぐにでもベッドにダイブしたかったが、礼服に皺がついてしまうため、残ったなけなしの体力を振り絞って着替えた。
「お疲れ様でございました。最初の挨拶、ご立派でしたよ。ところで……気になったお嬢様はいらっしゃいましたか? 」
「っ、!?」
「ふふ……これはこれは。マルーシャ様にお伝えせねばなりませんね。さぞ興味津々でしょうから」
メリーナは元々母様の侍女で、エルフ国から神魔国に母様が嫁いでくる際、親友同然だったから付いてきたんだとか。仲が良くて結構だけど、こういう時には少しそれが恨めしくなる。
恥ずかしさを誤魔化すために、ベッドで軽くジタバタしてみた。
「はしたないですよ、エミル様。
お疲れでしょうから、本日はもうお休みください。明日は国民披露も控えております」
「むぅ……おやすみ」
朝から着せ替え人形になり、怒涛の挨拶攻撃を受けた5歳児の体は休息を欲していた。
意識した途端、どんどん眠くなってきてすぐに目を閉じる。メリーナが掛布をそっと俺の肩まで引き上げたのを感じながら眠りに落ちた。
翌日。昼丁度の国民お披露目に向けて、昨日と同じ時間に起こされた俺は、寝ぼけ眼のまま、またもや着せ替え人形になりきった。
無事昼前に準備が終わり、姿見で自分の格好を確認する。
この世界では、ヴァンパイアだから鏡に映らないとか不便なことは無い。聖水も教会も平気だし、太陽に当たっても灰になったりしない。有名な霧化、コウモリ化は、吸血すると種族特性として目覚めるらしい。
キチンと鏡に映りこんだ自分を見つめる。
金髪に黒メッシュの入った髪。母様と同じ、緑に青銀が混ざった瞳。全体的にかなり整った美少年顔。美男美女揃いのエルフとヴァンパイアのハーフなんだから、当然そうなる。
白にシャツの上に、銀刺繍が施された黒地の上着。純金と思われる服飾品が付いた、ザ・王子様みたいな服。自分で言うのもなんだが、なかなかの美少年だ。
初めてみた時は、鏡が壊れてるんじゃないかと思わず疑ってしまった。
今日の国民お披露目では、特に話すことは無い。国王が演説をして、俺はバルコニーから暫く手を振ったら城内に戻り、そのままお開きとなる。
実は、城下町や国民の姿を見るのは、今日が初めてだったりする。これまでは警備上の問題から城から出たことがなく、中庭と城壁の内側だけで過ごしていたから仕方のないことだけれど。
まだ少し、時間があるようだ。ただ無為に過ごすのは勿体ないので、魔力操作で時間を潰す。
手の平を上に向けて軽く握り、人差し指を立てる。その立てた人差し指の1センチ程上に、小さな無色ほぼ透明の魔力玉を作り、高速乱回転させる。
無属性魔力玉に属性を与え、次々と変化させていく。火、水、風、土、闇、光。それが終わったら、左右それぞれ親指、中指、小指に属性玉を作り、維持する。これが結構神経を使い、少し魔力制御が乱れるとすぐさま魔力玉達は霧散してしまう。
維持し続けて十数分経ち、メリーナに声をかけられて現実世界に意識を復帰させてバルコニーに向かう。
今日は俺と父様だけだ。
とても久しぶりに父様に抱き上げられてバルコニーに出た俺は、割れんばかりの歓声に呆気にとられてしまったが、父様が片手を上げるとサッと静まり返った。
「良くぞ集まってくれた。セルシウス神魔国民諸君。昨日5歳となった我が子を紹介しよう。エミル・スカーレット・シルフィ第二王子である! これから支え、支えられ、民を導く者の1人となろう。共に歩んでやってくれ!」
「「「うぉおぉ〜〜!!!」」」
民の勢いに若干気圧されながら、ぎこちなく手を振る。そこかしこから、殿下、エミル様、万歳!と聞こえてくる。
父様は俺を民を導く者になる。と言ったが、本当になれるだろうか。今は最高の教育を受けているとはいえ、記憶や人格のベースは病弱な一般人だった俺だ。これ程自分の誕生日を祝福してくれる人々に、報いることができるだろうか。
いいや、できるかできないかではない。やらねばならないのだ。
恐らく、王位は継承権1位の兄が譲り受けるだろうが、それなら俺は、ゆくゆくは補佐につくことになるだろう。兄ほどではないが、重責ある立場なのである。
深く呼吸し民を見渡した俺は。そう決意を固めた。
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