第4話。7歳になりました








 またまた月日は流れて2年後。7歳になった俺は、とうとう学園に通える事になった。


 この世界では基本的に、全国共通で7歳〜10歳初等教育。11歳〜13歳中等教育。14〜16歳高等教育で分けられているようだ。

 普通の町人や少し余裕のある農民は、初等教育だけ通わせることが多い。跡継ぎではない貴族は、中等教育まで。貴族の跡継ぎは、高等教育まで義務付けられている。教育の義務はこの国だけだ。他の国はまだ未実施だが、跡継ぎが中等教育迄とかだと舐められるので、ほぼ高等教育まで受ける。


 中等〜高等教育の6年間は、子供の貴族が繋がりを持ったりする場でもあるので、非常に重要だ。16歳で学校が終わりとは、現代日本人だった俺からすると早いような気もするが、その後は自領地で実践して学べ。という事らしい。


 スムーズに自分で着替えられる程度に成長した俺は、メリーナの手を借りることなく着替え、父の執務室に向かう。学校に通う件について、呼び出しを受けているのだ。

 数年前のように、メリーナが付いてくることは無い。ふらふらと何処か寄り道して、迷子になってしまうような小さい子供ではなくなったからね。


「父様、エミルです」


「入れ」


「失礼します」


 短いやり取りを交わして部屋に入った。執務机の書類に埋もれていた父、カイウスが顔を上げる。


「そなたも7歳になった。初等学園に通う頃であろう。何もなければ神魔国の学園に入学させるが、希望はあるか?」


「はい。人の国ヒシュリム首都、カイン学園初等部に入学したいと思っています」


「ほぅ? 何故だ?」


「色々な国を見たい……と思いまして。初等は人の国、中等はエルフ国、高等は神魔国がいいです。」


「ふむ。カイン学園は身分をひけらかすのが禁止されており、様々な階級の者と話す機会があるだろう。エルフ国は穏やかな気性の者が多く、音楽や彫刻等の芸術が盛ん。最後に神魔国で、各貴族や有望株との縁を結ぶ。よく考えているな、よかろう」


 やった。正直そこまで深く考えているわけではなかったが、そう受けとってくれたならそうしておく。


「試験は来月だ。移動に魔導列車を使っても数日かかる。準備を入念にしておくようにな。早めに行って冒険者登録を済ませておくといいだろう。あの学園は冒険者体験授業があった筈だ。さて、話は終わりだ」


「はい、父様。では失礼します」


 親子の会話にしては寂しいが、父も忙しい人だ。たまにわざわざ時間を作ってお茶会に呼んでくれたりするのがあるだけで十分と思って割り切っている。

 方針が決まったのなら、行動は早い方がいいだろう。早速メリーナを呼んで指示を出す。王族の外国移動だ。数日は時間がかかるだろう。

 今のうちに母様達に、暫くの別れを告げておくか。幸い、母様の部屋はすぐ近くだし。


「マルーシャ妃に取り次いでくれ」


 母様の部屋の前で警備している近衛兵に伝えると、


「かしこまりました」


 右手を左胸にあてて一礼すると部屋に入っていった。男性王族の部屋の前も近衛兵がいるには居るが、取り付いだりはしない。今のやり取りが必要なのは女性だけだ。


「どうぞお入りください」


「ご苦労」


 近衛兵を労って入室すると、予想外のお人が居た。


「いらっしゃい、エミル。リュゼもいるけれど」


「ふふ、お邪魔してるわね」


「リュゼ様!? 驚きました。お2人でお茶会なさってたんですね。すみません」


「可愛いエミルだもの、構わないわ。それで、何か用があったんでしょう? 何かしら」


「それがですね。今年から通う初等学園ですが、ヒシュリムのカイン学園初等部に決まりました。試験は来月ですが早めに行くことになったので、準備が整い次第出発します」


 リュゼがその美しく手入れされた細い指を小さな口に宛てがい、驚きを露わにする。


「まぁ。ユーレオンに続いて、貴方まで国外の学園に行ってしまうなんて……。寂しくなりますわね」


「そぅ、ですわね。寂しくはなりますけれど、母様はいつでも貴方の味方よ。困ったことがあったら手紙を送りなさいね」


 現在12歳で中等教育を受けている兄様は、ヒシュリムに居る。初等部は神魔国で受けていたが、神魔国の学園で人間の友達が出来て興味を持ったらしい。

 通う学園は違うが、同じ首都である。全寮制だから訪ねる事はできないけれど、手紙を送って街中で会う事なら可能だ。あちらに着いたら、早速兄様と母様に宛てて手紙をしたためよう。


「はい、必ず月に一度は送ります。心配しないでください」


 それから一時間程お茶して、母様の部屋から退出した。


「エミル様、明後日には準備が整う予定です」


「そうか」


 自室に戻ってすぐメリーナに報告を受けた俺は、机に座り書類整理を行う。この書類は重要度の低いもので、まだ子供の俺が訓練できるよう、今年から回され始めた。量もそれほど多くはなく、すぐに終わる。








 さて……時刻は14時。まもなく武芸稽古の時間だ。

 城の外、城壁の内側に設けられた近衛兵宿舎が併設されている訓練場に向かう。


 俺の剣技の師匠は、近衛騎士団副団長のアッシュ・シルバーナイト・ムーディである。

 この人について語ろうとすると、めっちゃ強い。が真っ先に出てきて、他のことを忘れてしまうくらい強い。Sとまではいかないが、限りなくそれに近いAの剣技スキルを持ち、身体強化もバッチリAだ。


 スキルについて重要な事がひとつある。スキルで補正される技術系能力は、本当に技術だけなのだ。

 何が言いたいのかというと、どこでこの技を出す、ここでフェイントかける、予想外のことが起きた時のとっさの判断力など、所謂センスは補正されない。これだけは完全に才能なのである。

 分かりやすく解説すると、スキルランクが高いのにセンスがない人が絵を描くと、綺麗な絵は描けるがまとまりがなく、何が伝えたいのか分からない絵になったりするのだ。


 そして、この副団長アッシュはスキルランクが高い上に、センスもずば抜けて良い。ぶっちゃけ同ランクの剣士と戦ったら、あっさり勝ててしまう。

 俺もそのセンスを磨くために日々指導を受けてはいるが、まだまだ道程は遠い……。


 訓練場に近づくにつれ、男達の太い声が大きくなる。非番と警備につく兵士以外が、訓練をしているのだ。

 この城の近衛兵は相当厳しく鍛えられているので、他国でも精強と名高く、彼らも誇らしく思っている。


 ――――ヒュッ――


 何かが風を切る音を聞いた俺は、とっさに半身を翻してそれを避ける。


「油断大敵ですよぉ〜殿下ぁ」


 そこには、にやにやと心底楽しそうな笑みを浮かべた、アッシュ副団長が立っていた。


 ひとつ言い忘れたことがある。

 この副団長、一癖も二癖もある人物なのだ。





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