第1章〜幼少期編〜

第1話。転生

 







 ふ……と意識が浮上し、目を開くと見慣れない光景が飛び込んできた。

 腕を持ち上げると視界に入る紅葉のような小さな手。握って開いてを繰り返し、新しい体の感触を確かめる。どうやら無事に転生出来たようだ。


「エミル様。お目覚めですか?」


 若い女性の声がして優しく抱き抱えられ、突然のことで驚いてしまったが、すぐに落ち着いた。たぶん、体が大丈夫だと覚えているのだろう。とても安心した。

 エミル様……今世の俺の名前だろうか。

 様付けされているということは、希望通り良い家柄のようだ。ならば、この若い女性は侍女か何かかな。


 色の薄い金髪は高い位置で結えられ、さらさらと腰まで流れている。日焼けしていない肌に、美しく整った顔立ち。特に、大きめで綺麗な緑色の瞳が目を引く。そして、如何いかにもエルフっぽく耳が長く尖っていて、黒と白を基調とした裾の長いメイド服が似合っている。

 つまり、めちゃめちゃ美人だ。


「まんま、あ、あー」


「そうですね、お食事に致しましょう。その前にお着替えをしなくては」


 なにか喋れないか試してみたら、舌が回らず……くっ、恥ずかしい。歯が生え揃っていないのも上手く喋れない原因かもしれない。

 取り敢えず、お腹が空いているのは確かなようだし、さっさと着替えを……

 って、そうじゃん! こんな小さな手と足でどう着替えるというのか。まさか……


「では、失礼しますね」


 侍女らしき美人に服を脱がされ、あっという間に着替えさせられる。

 恥ずかしいことには恥ずかしいが、そこは前世が病弱な俺。長い入院生活の上で、着替えさせられることには慣れており、難なくその場面を乗り切ることに成功した。


 その後、抱き抱えられて移動する。

 自分が居た部屋は見た感じかなり豪華だったが、広く長い廊下も相当だ。白い大理石で出来ており、所々に綺麗な花が活けられた花瓶や、迫力のある絵画が見受けられる。天井に至っては大きなシャンデリアだ。

 これ、ただの貴族にしては豪華過ぎないか? 前世の写真で見たお城レベルだぞ……。一体どんな家に生まれたんだよ、俺……。


 そんなこんな色々考えていると、食堂? に到着したようだ。そこには、白いテーブルクロスの敷かれた長いテーブルがあり、先客が居た。


「おはようございます、マルーシャ様。エミル様をお連れしました」


「ご苦労ね、メリーナ。さぁエミル、母様ですよ。こちらにいらっしゃい」


 美人の侍女さんはメリーナと言うらしい。先客はどうやら俺の母親のようだ。


 長い金髪に白い肌、緑の瞳なのはメリーナと同じだが、メリーナより美しい顔立ち。緑の瞳は、瞳孔部分に青銀色が混ざった、印象的な色をしている。


 メリーナに降ろしてもらい、よちよちとマルーシャの元に向かう。

 出入口からだいぶテーブルに近づいていたので、ほんの2、3メートル程度の距離だが、短い足にはそこそこな距離である。マルーシャに触れられる距離になる頃には少し疲れてしまっており、膝に乗せられるとき、特に抵抗もなく従った。


 食堂の扉が開いて3人の人物が入ってきた。

 まず1人目は、漆黒の腰まである髪に紅い瞳をした、どこか妖艶さ漂う20代程の美女。続いて、1人目に手を引かれた2人目。同じく漆黒の髪に紅い瞳、肩口で切りそろえられた、さらさらヘアの5歳程の男の子。少し離れて3人目。がっしりした体躯に精悍せいかんな顔立ち、灰色混じりの黒髪に紅い瞳をした30代男性。

 それぞれが席につくと、男性が話し出した。


「皆、おはよう。本日も食にありつけること、民に感謝を。では頂こう」


 おはようございます、感謝を。とマルーシャ、美女と男の子が言い、食べ始める。

 俺はマルーシャが小さなスプーンで口元まで運んでくれるのでせっせと口にする。離乳食のようだか、想像していたよりずっと美味しい。

 誰も話さず黙々と食べているので銀器があたるカチャカチャという音が小さく響く。寂しいような気もするが、これがこの家庭……というか貴族のマナーなのだろうか?


「さて、紹介しよう。今日1歳になったエミル・スカーレット・シルフィ。第二王妃マルーシャ・スカーレット・シルフィの子だ」


 男性が俺を名指しすると、美女と男の子がこちらを向いて微笑み、名乗る。


「初めまして。お誕生日おめでとう、エミル。私はリュゼ・スカーレット・ヴァーミリオン。第一王妃よ」


「おめでとうエミル、初めまして。兄様のユーレオン・スカーレット・ヴァーミリオン第一王子だよ」


「うむ。では最後に……そなたの父、カイウス・スカーレット・セルシウス。

 セルシウス神魔国の王である」


 うっわ〜ぉ……。

 神様……良い家柄にしてとは言ったけど王族なんて頼んでないんですけどぉ……。

 あまりの衝撃に固まっていると、カイウス国王、父様が話し出す。


「1歳。我らにとってとても意味のある日だ。神父は既に呼んである。早速行こうか」


 全員立ち上がって父様の後について行く。もちろん俺は母様に抱っこされて、だが。

 暫く歩きそうなので、その間にまとめておこう。


 まず、俺はどんな国が分からないけれど、セルシウス神魔国の第二王子として生まれたらしい。

 母様は見るからにエルフだが、父様、第一妃、第一王子の種族は不明。しかし、黒髪で血のように紅い瞳……恐らくあの種族だろう。ということは、俺はハーフか。

 世界事情や家族関係など気になることは尽きない。

 さっき微笑んで自己紹介してくれたことを考えると、家族仲は良さそうなのであまり心配していないけど。








 だいぶ歩いたようだが、どこに向かっているのだろうか。その答えはすぐにわかった。

 豪華な城の中庭。手入れの行き届いた草花が茂るその場所の中心に、教会が存在していた。城の中庭にこんなものがあったら物凄く浮きそうだが、不思議と違和感がない。

 中に入ると、地球と余り変わらないデザインの内装で結構質素だが、正面に大きな神像が見える。その前で祈る姿勢をした、神父らしき人に近寄っていく。


「久しいな、オードル神父。相変わらず熱心だ。元気にしていたか? 今日は伝えていた通りエミルを見てもらいたくてな」


「おぉ、陛下。ご機嫌麗しく。元気にしておりましたよ。では早速」


 立ち上がった神父がこちらにやってきて、母様が俺の体をそちらに向けると、神父が俺の手を握って目を閉じた。

 暫くすると眉を顰めて難しい顔をし、目を開ける。


「神父様……。エミルは、エミルは何か良くないのでしょうか」


 神父の顔を見て母様が不安そうな声で聞く。何だか俺も不安になってきた。神様におまかせしたのだから何か悪いのではないと信じたいけど。


「いいえ、妃殿下。逆でございます。寧ろ、良すぎるのです。とにかく、ご覧下さいませ」


 神父が小さく何か呟くと、目の前に神様のところで見たのと同じようなウィンドウが開き、皆がそれを覗き込んできた。勿論俺も凝視する。




 ☆名前

 エミル・スカーレット・シルフィ

 ☆職業ジョブ

 セルシウス神魔国第二王子・魔法剣士

 ☆種族

 ヴァンパイアとエルフのハーフ・不死身エルフ

(種族特性)

 他種族の血を飲む事で回復。精霊魔法が使える。

 長寿。不死身。


 ☆スキル

 剣技

 全属性魔法

 精霊魔法

 身体強化

 健康


 ☆恩恵ギフト

 熟練速度上昇

 アースガルド神の祝福

 シュメフィール神の祝福



「これは……難しいな。スキルも飛び抜けているが、何より恩恵だ。1つでも珍しいのに、3つなぞ聞いたことも無い。大昔の勇者が2つで最高だった筈だが」


「この子の未来が心配です。ここまで飛び抜けていると、穏やかな人生は送れないかも知れません……」


「そうだな。このことは徹底して隠蔽。間違った力の使い方をしないよう教育しつつ、周囲に気を配るしかないだろう」


「エミル、大変なの? 僕は、エミルになにかできる?」


「えぇ、そうね。ユーレオンはエミルが困ってたら助けてあげるのよ」


 神様が張り切りすぎてしまったようである。

 家族に心配させてしまって申し訳ないと思いつつ、これからに思いを馳せた。

 健康はあるようだし、波乱に満ちた人生もまた、いいと思う。少なくとも、ずっとベッドの上よりマシだ。教育もしてもらえるみたいだし、願ったり叶ったりである。


 神様、ありがとうございます。そっとお礼を言った。

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