第15話 「あたしに集中しなさいよね」

 はい、日曜です。

 あの後に何があったのかって?

 特に何もなかったよ。

 だってみんなで格闘ゲームで対戦しただけだったもの。

 まあ西森と対戦中に部長が俺の肩にあごを乗せてきたりはしたけど。

 俺がベッドを背もたれにして画面が見にくかったのかもしれないけど、人のパーソナルスペースにさらっと入ってくるのはやめて欲しいよね。

 不意に女の子特有の匂いが香ってくるとドキッとしちゃうから。

 それを抜きにしても頬と頬がくっつく距離って恋人の距離だから。今まで彼女が居たことがないオタク男子には刺激が強すぎます。

 そんなことがあったんならシノンたんとも何かあったんだろって?

 正直に言うと……特に何もなかったよ。あいつ、俺が部長と対戦してる時は漫画やラノベ読んでたし。フィギュアとエロ本の件である程度満足してたんだと思う。

 というわけで報告終わり。現実に目を向けたいと思います。


「……いつ来ても気後れしそうになるわ」


 だって目の前には、我が家より格段に大きな家があるんだもの。

 2階建ての我が家とは違って3階建てですよ3階建て。庭だってスポーツが出来そうなくらい広いし。目に入ってくる全てのものから圧倒的な金のオーラを感じる。

 いやはや、さすがはプチセレブの月島家。

 世の中には上が居るだろうからプチセレブって言ったけど、正直一般家庭出身の俺からすると十分にセレブ。

 中学3年の頃は毎日のようにここに通っていたわけだが、今でも緊張するな。何か壊そうものなら多額の金が動きかねないし。

 まあ怖気づいてても仕方がないし、気を付けていれば問題ないだけながら臆せずインターホンを押しましょう。


『……はい』

「氷室ですが」

『あぁ、あんたか。鍵とか開けとくからリビングまで入ってきて』


 そこで会話は終了。

 勝手に入ってこいだってさ。

 ここには呼ばれたから来ているはずのなのに。何だか客扱いされていないような気がして少しだけ複雑。

 というか、ここは女子の家ですよ。

 セレブリティさを感じる女の子の家なんですよ。

 いくら付き合いがあるからって出迎えもなく入って行くのは緊張するよね。

 なんて考えている間にすでにリビングの前。説得力の欠片もない。

 もしも誰かに心の声を聴かれていたなら、ここは幼馴染の家かってツッコまれ

かねないな。


「……マジで入ってきた」


 皆さん。

 これが俺を呼び出した挙句、インターホン越しで入ってこいって言った奴の出迎えの第一声です。

 率直に言ってひどいよね。

 こいつの名前は月島双葉。通称フタバ、ノリで時折フタバさん。

 つかさの妹である中学3年生であり、つかさとは違って学業優秀な模範的な生徒である。

 つかさと姉妹だけあって顔立ちは美人……ではあるが、つかさよりも目つきが鋭く、気も強い。

 またつかさとは違って外見に無頓着なのか、ピンクブラウンに染めているつかさとは違って黒髪のまま。髪型も綺麗の整えただけといった感じで、メガネを掛けていることも相まって図書委員でもやっていそうな容姿をしている。

 それもあってか、未だに彼氏が居たという話は聞いたことがない。告白されたという話も聞かない。

 女子力のスペックで見れば姉であるつかさより上なのに。すぐ自室を汚部屋と化し、料理もあまりできないつかさとは違って家事全般完璧だというのに……。

 この姉妹に生じている恋愛格差、もとい告白格差。

 いかに人間という生き物が第一印象で人を判断しているのか。それを如実に表している。

 

「何ジロジロ見てんの? キモいんだけど」

「誰がキモいだ。ジロジロと見られたくないなら、そんな美少女がデカデカとプリントされたパーカー着るな」


 お前の仏頂面とのギャップが激し過ぎ。

 まあ……それと同時に前よりも女性らしい身体つきになったなとは思うけど。さすがはつかさの妹、身体的な潜在スペックも素晴らしい。


「は? 自分の家で何を着ようとあたしの勝手でしょ。というか、あんたオタクでしょ? オタクのくせにあたしのパーカーをバカにするわけ?」


 ぶっ殺すわよ!

 と言いたげな目つきである。

 慣れている俺はともかく、普通の男子なら絶対にビビる。

 メガネがない状態でやられていたなら俺でも多少はビビるかもしれない。

 それくらいには圧がある。つまり怖い。故に男が寄り付かない。


「誰もパーカーはバカにしてない。良いおっぱいだ」

「ふん、分かってんじゃない……あんた、誰にでもそんなこと言ってんじゃないでしょうね? 普通の女子にやったら今のセクハラよ」

「大丈夫だ。時と場所と相手は選んでる……相手だけは選んでる」


 何故に言い直す?

 といった目線を向けられていますがスルーします。

 だって詳しく話したくないじゃん。身近な女子に逆セクハラされてるみたいな話を友人の妹にしたくないじゃん。

 友人の妹とか抜きにしてもこいつ俺の後輩だし。多分来年うちの高校に入学してくる奴だし。

 あれ……でもこいつのことを考えると現状を話しておいた方が良いのでは?

 来年まで存在しているか分からないけど、間違っても二次元愛好創作部なんて部活には入るなよって忠告しておくべきなのでは!


「なあフタバ、お前うちの高校に入るつもりか?」

「急に何よ? 入るに決まってんでしょ。家からも近いし、まだこれといって夢もないんだから遠くの高校に行く理由もないんだから」

「そうか……」

「何故ちょっと悲し気にあたしを見る? 急にそんなことを聞いた理由を説明しなさい理由を……いつまでも立って話すのもバカらしいわね。ソファーに移動するわよ。ついてきなさい」


 だが断る!

 と俺の知り合いなら言いそうなところだが、俺は言わない。だって断る理由がないから。そんな発言したらフタバさんの機嫌が悪くなるから。

 普段接してる奴には割とボロクソ言うのにフタバには言わないのかって?

 あのな、俺とフタバの関係は最初険悪だったんだよ。つかさの勉強を見始めた頃なんて顔を合わせるだけ露骨に嫌な顔されて「さっさと帰って」だの「ウザ……」だの言われていたんだから。

 そこからざっと1年の時を掛け、地道に距離を縮めた結果が今なの。わざわざ自分からそれを崩すなんて愚かだと思いません? 思うでしょ?


「そこ座って」


 はい、座ります。

 フタバさんは俺の右側に座ります。

 前はつかさを挟むか、ソファーの隅同士で距離が最大値開けるようにしか座らせてくれなかったのに普通の距離で座れるようになったんだな。

 冷静に過去と今を見つめると感慨深いものがある。飲み物も自分のだけでなく、俺の分も用意してくれているし。

 何でお茶じゃなくて牛乳なのかは謎だけど。

 いや牛乳はいいよ。育ち盛りだし、きちんと栄養は取らないとだから。

 でもさ、一応俺って客人じゃないですか。牛乳じゃなくてお茶を出すべきじゃないかな。牛乳を出すにしても一言聞いたりするべきじゃないかな。

 飲んだからお腹が痛くなるわけでもないし、味が嫌いってわけでもないから飲みますけど。

 きっとフタバさんは自分の好きなものを周りと共有したい派なんだ。

 そういうことにしておこう。それが最も平和で騒々しくならない答えだから。


「で、何であたしの進路について聞いてきたわけ? つかさは……気にしててもこの手の話題なら自分で聞いてくるだろうから別として、お父さんあたりに何か言われりした?」

「いや全然まったく」

「……なら何であんたがあたしの進路気にするわけ?」


 すげぇ警戒レベル上がってますな。

 まあ上がるよね。しょっちゅう話す間柄でもないし、会った時も二次元の話をするか、ゲームで対戦するくらいの間柄なんだから。勉強できるの知ってたからテストの話ともほぼしたことないし。


「それはだな……お前は俺とつかさが所属している部活動は知っているか?」

「え? あぁ……確か二次元愛好どうのって部活でしょ。部活名は曖昧だけど、今何をやってるかはつかさからちょっとだけ聞いてるわ」

「そうか、なら話が早い……いいかフタバ」

「な、何よ?」

「俺達の部活には入るな」


 ろくな先輩がいないから。

 絶対に入るなよ、絶対だかんな!


「そんな真顔で言われなくても入んないわよ。あたし、あんたやつかさほどオタクってわけでもないし」


 キャラがプリントされたパーカーを着ているのに?

 言っておくけど、俺はその手のものはほぼ持ってないからね。アクセサリーや腕時計みたいな小物系統ならあるけど、キャラがドーン! なシャツとか皆無だからね。

 そういう意味ではお前は十分にオタクだよ。服に関しては俺よりも上だよ。


「何?」

「いや別に」

「いやあるでしょ。もしかしてこのパーカーに関して何か言いたいわけ? 言っとくけど、これはあのバカがイベントとかでおみやげとして買ってきただけだから!」


 実の姉をバカ呼ばわり……

 まあバカだけど。地頭は悪くないくせに真面目に授業受けずにあやうく高校受験に失敗!? って心配されるくらいには学力下げてたバカだけど。


「なら別に着なくても」

「は? あんたバカ? 服ってのは着ないと意味ないでしょ。たとえあのバカが買ってきたものだとしてもこれのためにお金が使われたのは事実。なら着れなくなるまで着ないと勿体ないでしょうが。この子が可哀想でしょうが!」


 胸に居る女の子ためにそこまで言えるって……もうお前、十分オタクだよ。

 お前が否定しても周りがお前をオタクだって認めるくらいにはオタクだよ。少なくとも俺が認める。


「それに……適度に着ないとあのバカが鬱陶しいというか、寂しそうな顔するし」


 赤面+髪の毛モジモジのシスコン発言いただきました!

 モテモテなつかさの妹だけあって照れ顔の破壊力は抜群だね。同級生にもその顔を見せてやれば、何人かはきっと恋に落ちると思います。


「……あんた、今あたしのことシスコンだとか思ったでしょ?」

「あぁ、思った」

「普通ここは嘘でも否定するとこでしょ。ホントあんた良い度胸してるわね」


 だって隠してもお前疑うじゃん。

 隠しても隠さなくても反感買うなら二度手間はごめんです。

 おや? フタバさん、こちらにパンチでもしてくるかと思いきやテレビの方へ移動しましたよ。

 そしてテレビの入力切替を操作し、コントローラーを2つ手に取り、コントローラーで電源を入れながら元の位置へ。


「ん」


 ぶっきらぼうにコントローラーを差し出されました。


「絶対にボコす。今のシスコン発言の恨みも込みで」


 ボコられるなら拒絶したい。

 そう思うのが人の性……なんだけど。

 今日呼び出されたのってこれが理由なんだよね。

 フタバさん、勉強のできる優等生だけどなかなかのゲーオタだから。だから今日みたいに暇だから一緒にゲームしようって誘われるんです。

 口が悪かったりするけど、甘え下手な後輩と思えば可愛く思えてくるから不思議。

 そんなわけで差し出されたコントローラーを快く受け取ることにしましょう。


「なあフタバさん」

「何よ?」

「俺はいったい何のゲームでボコされるわけ?」

「これに決まってんでしょ」


 どれよ?

 という質問をする前にテレビ画面にタイトルが表示される。

 月島家にあるテレビはどの部屋にあるものも大きいが、リビングにあるものは特に大きいので、今の距離で見間違える可能性はゼロに等しい。

 超激戦ヴォーパルシスターズEX。

 あらゆる二次元作品から参戦したキャラクター達を使用し戦う格闘ゲーム。俺が子供の頃から家庭用ゲーム機向けに開発され続けている人気シリーズであり、その最新作がこのEXである。

 参戦キャラの数は、過去最高の50キャラを超える。

 また定期的にDLCという形で新キャラが追加されており、プレイヤー達を飽きさせない。ただDLCの購入にはお金が掛かるのでご利用は計画的に。


「ルールはアイテムなし、ストック3、終点で良いわよね?」

「ん」


 フタバさんがルール弄ってる間に俺は簡単に解説しておこう。

 このゲームには本来あらゆる作品に登場する武器や食材などが実装されており、バトル中に装備または使用することで敵に攻撃したり、体力を回復出来たりできる。

 中には一発逆転を狙えたり、展開によって一方的にボコれるものもあるのだが、フタバさんはあくまで自分の実力で俺をボコりたい。俺に一方的にはボコられたくない。故にアイテムはなしでバトるのである。

 ストックには関しては生き返るライフの数だ。ストック3だとライフの数が3つあり、3回倒されると負けになる。

 終点というのは戦う場所の1種であり、段差やギミックの一切ない平地のみのステージである。頼れるのは自分の力量のみ、といったステージだけにガチで戦う際によく使われるステージだ。

 以上で説明は終わる。分からなかった人は、きっと似たようなゲームがあると思うのでそちらの動画でも見ておいてくれ。


「さて……」


 誰を使いますかね。

 持ちキャラのひとりやふたりいるだろって?

 そりゃあいますよ、いますとも。だって俺、オタクですし。過去作品からやってきてますし。

 でもさ、この作品には魅力的なキャラが50人以上いるんだよ?

 それに西森達が家に来た時にこれもプレイしたけど、最近やる回数自体は減ってたですわ。だからこれを機に持ちキャラ増やそうかなって考えたりもするわけ。やっぱりキャラごとにステータスも技も違うから相性ってあるしね。

 なんて考えつつカーソルを動かしていた矢先のことでした。


「沖田さんで来なさいよ」


 言葉自体は淡々としたものだったけど、フタバさんの顔はこのように言っている。ように感じました。

 沖田さんで来い。沖田さん以外選んだらボコす。

 いや~さすがは沖田さん。敵側から指名されるとは超人気っすわ。

 あ、ちなみに沖田さんって言うのは幕末に活躍した天才剣士の『沖田総司』のことね。でもこのゲームに登場しているのは、まあタイトルがタイトルだけに分かるとは思うけど女性化している沖田総司です。


「沖田さんか……」

「何よ嫌なわけ? 沖田さんはあんたの持ちキャラでしょ。あんたの沖田さん愛はその程度だったの?」


 別に選ばないとも言っていないのにここまで言わなくても良くない?

 まあフタバさんとしては、俺に沖田さんを是が非でも選んで欲しいんだろうけど。

 俺の持ちキャラを倒してこそ意味がある。

 なんて考えた人、それは違うぞ。いや違わないところもあるけど、多分本音は別にある。

 だってフタバさん、前に戦った時に俺の沖田さんにボコボコにされてるから。

 だからそのときのリベンジをしたいんだと思う。

 故に……勝敗にこだわるなら沖田さんは避けるべきだ。

 だって指名してきたってことは、沖田さんの対策を練ってきましたと言われているようなものだから。

 でも……選ばなかったら面倒なことになりそうだし、持ちキャラへの愛をバカにされて黙ってるようじゃオタクじゃないよね。

 真のオタクならどんな逆境だろうと持ちキャラと共に乗り越えないと。


「その挑発、乗ってやろう」

『我が剣は誠の旗と共に』

『刹那の煌き、見切れるか!』

『我が剣は誠の旗と共に』

『刹那の煌……』


 何で……何で『沖田さん、行っきま~す!』っていう残念美人バージョンが出ないんだよ!

 何で今日に限っておっぱいの付いたイケメンバージョンばっかり出るんだ。

 イケメンな沖田さんも好きだけど、俺は残念美人な沖田さんの方が好きなのに。

 まあ原作の方のストーリーによってこの比率が逆転したりもするので、その日の気分ですけど。


「うっさい! 何度も選び直すな」

「別にいいだろ。お前まだ選んでないし。俺は今日イケメン沖田さんよりも残念美人沖田さんの気分なんだ」

「その気持ちは……分からんでもない」


 あ、こいつやっぱオタクだわ。

 オタクって言ったら否定しそうだけど、はたから見れば十分にオタクって呼べるオタクだわ。だってオタクじゃないとこの気持ちは分からんし。


「でもあんた、あたしにこれからボコられるのよ。もう少し緊張感持ちなさい」

「これからボコられる相手に心配される方が緊張感なくなるんですが」

「――っ、うっさい!」


 逆ギレされた。

 でも俺は分かってる。これがフタバさんなりの照れ隠しだって。

 まあ昔だったら肩パンくらいされてただろうけど。昔のフタバさんは今よりも攻撃的だったから。


「絶対ボコす、あんたの沖田さん蹂躙してやる……!」


 年頃の女の子が蹂躙って……それ以上に俺の沖田さんってまるで俺と沖田さんがそういう関係みたいじゃん。それを蹂躙されるとかどこの薄い本だよ。

 日頃相手している奴らならこんな会話に発展しかねないけど、こいつが相手の場合は自分から振らない限りは大丈夫。いや~平和って素晴らしい。

 と思ったのですが……


『せめて優しく殺してやろう』


 おぅ……まさかのゴルゴーンですか。

 ゴルゴーンが分からないという方は、ギリシャ神話の三女神関連を調べてください。もしくはペルセウスに倒された怪物とか。


「…………」


 いや~マジでどうしよう。

 強気で勝負に乗ったけど、ゴルゴーンさんは沖田さんにとって強敵ですよ。

 だって超重量級で飛びにくいし、髪の毛の蛇からビーム出したりするし、全体的に攻撃のリーチ長いだもの。

 でも弱点はあるの。

 まず最初に全体的にリーチがある分、大技じみたモーションを取るのでクロスレンジになると押し負けること。

 また機動性が低く、復帰に使える技の性能も高いとは言えないこと。

 なので機動性が高く、また技の出が早くて連撃しやすい沖田さんなら懐に入れればゴルゴーンを狩れます。ボコれます。

 でも逆説的に懐に入れないと勝てません。

 プロレベルの話になるけどゴルゴーンの使い手と戦った場合、沖田さん側が勝てる確率は20%くらいって言われてます。

 プロレベルに至っていないオタク同士の戦いなんだからそこまで気にしなくても。

 そう思いたいけど……フタバさんってやると決めたら努力できちゃうタイプだからなぁ。俺の沖田さんボコるために練習してるよ絶対。本来は聖剣とか使う王道キャラが好きな奴だし。


「……キャラ変えていい?」

「ダメ」


 ですよねー。

 もう逃げられんと言いたげにスタートボタン連打でどんどん先に進んでいく!

 はい、というわけで……試合開始です。


「さあ蹂躙の時間よ!」

「フタバさん、気合乗り過ぎ」

「あんたはもう少し気合入れなさいよ。何よそのやる気のない声は。真面目にやんないと肩パンよ肩パン」

「そいつは勘弁してくれ。殴られて喜ぶ趣味はない」

「だったら精一杯足掻くことね。そして、無様に負けなさい!」


 精一杯足掻いたのに無様に負けたら心折れちゃうんですけど。

 なんてのは嘘でーす。だってこの勝負に何か賭かってるわけじゃないから。あるのはフタバさんのプライドだけ。


「そこ! 次はこう! ……あぁもう、ちょこまかちょこまか動くんじゃない。剣士なら堂々と戦いなさいよ!」

「ビーム使わないなら考えてやろう」

「は? バカ言わないで。何でこっちの強みを捨てないといけないのよ」


 自分の強みは捨てたくないのにこっちの唯一の強みと言える機動性を捨てろと言う。

 こういう時のフタバさんマジ暴君。

 気持ちの良い一撃が入らないからって暴言吐くの良くないと思う。

 こっちはなんだかんだチビチビ削られて、スマッシュ1発もらえば死んでもおかしくないダメージ受けてるんだから。

 でもここで焦ってはいけない。

 沖田さんでゴルゴーンに勝つには我慢に我慢を重ね、徐々に距離を潰し、懐に飛び込む一瞬の隙を掴み取らないといけないんだから。


「ぐぬぬ……あと一撃なのに。いい加減当たりなさいよ!」


 嫌です。

 と言いたげに緊急回避やジャスト回避、シールドガードを決めていくぅ!

 そのおかげもあってかフタバさんの頭に血が上りつつあるのか、ゴルゴーンの動きが単調になってきたぞ。

 ふっ、悪いなフタバ、そんなスマッシュ攻撃連発じゃ俺の沖田さんは殺せんよ。


「……ああッ!?」


 辿り着いたぜゴルゴーンの懐ッ!

 ここまで来れば弱攻撃と必殺技を混ぜた高速連撃で削りに削り、時機を見てぶっ飛ばすだけ。


「あっ、ちょっ!? いやでもまだ……あぁもう、どんだけ技の出早いのよ。開発陣、調整ミスってじゃない。このクソ沖田……あ、タンマタンマ! ああぁぁダメぇぇぇッ!?」


 よし、まずひとつ。あとふたつも丁寧に。

 と調子に乗らないように戦い続けた結果、快勝とは呼べないけど勝利を収めることができた。

 でもやっぱり相性的に不利だと1戦だけでも疲れますわ。


「……もう1回よ」


 ですよね。

 この程度で引き下がるフタバさんじゃないですよね。


「じゃあ今度は」

「沖田さんに決まってんでしょ。変えたらボコす」


 あ、そうですか。

 じゃあ沖田さんで頑張るしかないですね。

 ゴルゴーン相手は疲れるけど、まあフタバのパターンは読みやすいし何とかなるでしょ……


『ぶ~いっ! 沖田さんの勝利です!』

「もう1回」

『勝ちました~! やっぱり沖田さんって天才ですね♪』

「……まだまだ」

「キャラは」

「変えたらぶっ殺す」


 ボコすよりも悪化しちゃったな。


『そんなんで沖田さんに勝つつもりだったんですか? なら修行が足りませんね』

「…………次こそ」

「なあフタバさん」

「うっさい。集中してるから黙って。あと手加減とかしたら殺すから」


 そう言われたら……真面目にやるしかないよね。


『いぇ~い、沖田さん最強ッ! え、もう一度勝負? 無駄ですよ無駄無駄。だって沖田さんは最強の美少女剣士ですし』

「………………ぐす」


 ねぇ沖田さん、何でこういう時に限って残念美人なセリフしか言わないのかな!

 まるで俺がフタバをいじめてるみたいじゃん。若干泣きそうになってるじゃん。

 でもさ、キャラ変えようとしたらダメだって言われるし。手加減してるのがバレたら怒鳴られる。下手したらそれが理由で泣く。

 なあみんな、俺はいったいどうすればいいのかな?

 内心で非常に困っていると、上の方から扉が閉まる音がした。

 その後、誰かが階段を下りてくる。


「ふあ~……おはようフタバ」


 大きなあくびをしながら現れたのは、フタバの姉であるつかさ。

 すでに正午は回っているのに今起きたのか。俺なんて寝起きの状態で来たらフタバに小言を言われると思って早めに起きていたというのに。

 しかし……何でこいつはあんなにもブカブカな服を着てるんだ?

 部屋着に何を着ても本人の自由だとは思う。

 でもさ……

 さすがに男物のシャツだけを着た女子を見たら思うところはあるじゃん?

 パンツも若干見えちゃってるし。あいつのパンツ見るの初めてじゃないけど。

 む……あのシャツって俺が前に着てたやつじゃね? 何であいつが着てんの?


「日曜の朝からゲームとか元気だねぇ……へ?」


 あ、目が合った。


「な……ななななななななななな何でトウヤくんがッ!?」


 何でってあなたの妹に呼ばれたからですが。

 と言う前につかさは上へと走り去ってしまった。寝起きのつかさがあそこまで俊敏な動きを見せるとは……

 それにあんな風にあいつも狼狽えるんだな。

 裸を見られそうになっても茶化してきたあいつも成長しているということなのだろうか。ようやく俺も男として意識され始めたということなのか。

 そんな風につかさについて考察しようとした矢先、隣からシャツを引っ張られました。


「ちょっと……まだ勝負はついてないでしょ。あたしに集中しなさいよね」


 これ以上やったら泣かれそうで嫌なんですけど。

 そう言っても泣かれそうなので勝負するしかないんですけどね。

 つかさ、早く戻ってきてくんないかな。



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