第13話 「トウヤくん青春だね~」
取材が始まった今日で5日。つまり金曜日である。
その放課後、整えられた金色の髪を揺らしながら俺の机までやって来た友人が笑顔でこう言った。
「ねぇトウヤ、今日トウヤの家に行っていい?」
皆さんはこんな風に言われたらどう思うだろうか?
普通の男子高校生なら女子にこう言われたら多少なりとも舞い上がるよね。
俺も多少なりともドキッとしました。
言われた相手が重度のオタクでも。見た目は抜群に優れているのに1ヶ月で自身のオタク性を広めて交流の幅を狭められるオタクでもね。
ただ……
「なあ西森」
「うん?」
「何でお前はそういうことを言っちゃうんだ?」
しかも教室中に聞かれてもおかしくない声量で。
今は放課後だよ。でもね、HR終わったばかりだからまだ生徒はたくさん残ってるんです。
お前が何でも言っちゃう性格なのは知ってる。だけど俺だけに聞こえるボリュームで言えば良くない?
おかげでクラスメイトの視線をいくつか感じるよ。
微かに「やっぱり付き合ってるのかな?」とか「西森さん大胆」みたいな黄色い声が聞こえてきちゃってるよ。
「だって今日もトウヤとデートするからだけど?」
「取材をデートと思うのはお前の自由だ。そこに関しては……もう何も言わない」
今日に至るまでに何度か言ってみたけど治る見込みないから。
「だが……周りに人がいる状況で、わざわざ誤解を生みかねない言い回しはしないでくれ」
「トウヤは誤解されて困るの?」
困るよ。
だって俺に対する周囲の評価って背の高いメガネオタクって感じじゃん。
顔だってブサイクとか言われないけど、イケメンって呼ばれるほど整ってるわけでもないわけだし。
そこに西森の残念な部分が加味されることで嫉妬されることは少なくなってますよ。でもさ、それはまだ俺達が友人って関係だからじゃないですか。
「西森、お前はオタクだ。重度のオタクだ。だがハーフ属性持ちの美人でもある」
「うん、まあそうだね」
否定はしないんだ。
日本での暮らしが長いはずなのに謙遜したりしないんだ。
「トウヤ、その微妙な顔は何かな? もしかしてボクがデレデレしたりすると思ってた?」
「デレデレするとは思ってない。多少は謙遜したりするかな、とは思ったが」
「謙遜? それって意味があるの? ボクは小さい頃から綺麗だの可愛いだの言われて育ってきたんだよ。大きくなるにつれて『西森さんって黙ってれば美人なのにね』って言われてきたんだよ」
西森さん、その言い方だと人間が大きくなるにつれて汚れるって感じになっちゃうんだけど。
成長するにつれて他人と自分を比べる機会が増え、どうにかその人よりも上に立ちたいっていう人間の醜い部分が想像できちゃうんだけど!
でも口には出さない。
だってデリケートな部分に触れるかもしれないから。迂闊にツッコんだりするべき領域じゃない気がするから。
「内面が可愛いとか言われる子は良い。でもボクみたいに外見を褒められるタイプは謙遜ばかりしていると……『何あの子、男子に媚び売りすぎじゃない?』とか『絶対あたしらのこと見下してるよね』とか言われちゃうんだ。だから多少なりとも外見を褒められる女の子は謙遜しすぎは良くない。自分の容姿に自覚を持つべきだとボクは思う!」
「そうか……でも謙遜しなさすぎるのも敵を作ると思うぞ。大切なのはバランスだ。時と場所は考えて使い分けような」
「それは問題ないよ。トウヤに対して謙遜する意味もないし、学校で話してるのなんて割合で言えばトウヤが8割以上占めてるから」
それは考え方によっては友人がほぼいないと言っているようなものでは?
まあ友人なんて数人居ればいいと俺は思うけど。助け合えない知り合いばかり増やしても肝心な時に意味がないし。何より気心の知れた相手は数人居れば問題なく学校生活は送れるから。
もちろん、異論は認める。だってこれは量より質だと考える俺の考えだもの。
「ところで話を戻すけど、今日トウヤの家に行っていい?」
誤解がどうのってところじゃなく、そこまで戻っちゃうんですね。
まあいいですけど。どうせ誤解云々の話をしていたらまた逸れていきそうだし。
「家には俺しか居ないぞ?」
「それって何か問題あるの?」
思春期の男子高校生の家、しかも家族が不在の時に来るってシチュエーションから想像できないんですか?
もしかして俺って男として認識されてない?
友人やらオタクとしては認識されていても異性とは微塵も思われてないのかな?
別に特別な好意を抱く異性として意識されないことには何とも思わないよ。
でもより良い友人関係を築くには、友人に対しても異性意識は必要だと思うんだ。思いやりや配慮に繋がる要素だと思うし。これが欠けているのだとしたらちょっとだけ複雑な気分。
「あ……もしかしてトウヤがボクのこと襲っちゃうかもしれないから、ボクが勝負下着とか装備してるか心配してくれたのかな?」
「そんな心配しねぇよ」
何で方向は合ってるのにズレた発言しちゃうかな。
というか、西森さんに対して欲情して抱きたいってなっちゃったら普通の男は下着くらいの要素で萎えたりしません。
だって西森さんは、服の上からでも十分に興奮を掻き立てる体してるもん。
その証拠に頻繁に顔を合わせる俺でも一度は……すみません、嘘を吐きました。西森と話す度に二度、三度はおっぱいとか見ちゃってます。だってマジで凄いんだもん。おっぱいが見ろと言わんばかりに主張してるんだもん!
「え、まったく?」
「うん、まったく」
「それって金髪巨乳であるボクは、何も言われなくてもエロ下着を身に付けるって信頼してる的な?」
「まずエロから離れろ」
前提としてお前のこと襲うつもりとかねぇから。
「トウヤ……君は女の子の下着に興味がないって言うのか!」
「西森、ここ学校だから。俺達オタクの聖地じゃないから。だからそういうこと大声で言うのやめなさい」
もっと女の子として慎みを持とう。
それ以上に常識を持って欲しいけど。
「いいかいトウヤ」
お前は本当に自分の言いたいことは言おうとする奴だね。
声量を落としたあたり話は聞いてくれてるんだろうけど。でもそれが出来るなら大声で下着に興味がないのか、みたいな発言もやめて欲しかったな。時と場所を考えて欲しかった。
まあ似たような状況は今日までに何度もあったし、すぐに話をぶった切ると西森の機嫌が悪くなるから多少は話させてやろう。
「女の子が男の子の家に行っていいか聞く、という行為はハードルが高いんだ。勇気を振り絞ってようやく実行できることなんだ」
「そうだな……一般的には」
「トウヤ、今の間と付けたしとその目は何かな? まるでボクが一般的な女の子じゃないと言いたげに解釈できるんですけど」
その解釈が出来るなら普段俺が感じてることも分かるんじゃないかな。
「逆に聞こう。お前のどこが一般的だ?」
「オシャレに興味がある。料理もお菓子も作れる。恋愛対象は異性」
「俺が指摘したいのはそういうところじゃなくて性格面の話だ」
女子力方面の話じゃないってのは西森さんも分かってるでしょ。あなたは計算ができる女なんだから。
というか、女子力的な方面で考えてもお前は一般的じゃないからね。一般的な女子はお前ほどハイスペックな女子力持ってないから。
あなたと同等の外見を持ち、クラスでも人気者であるリア充オーラ満載系オタク女子であるつかささんなんて……西森と足して半分にしたらふたりとも一般的なスペックになるんじゃないだろうか。
「男の家に行っていいのか聞く行為は勇気が必要って話をしていたわけだが、ゲーセン行こうくらいの気軽さでそれを言い放ったお前のどこにその勇気があった?」
「それはほら、前もって覚悟を決めていたから」
「だとしても普通は多少なりとも言い淀んだり、恥ずかしそうにするものだと思うんだが?」
「そこもほら、ボクはトウヤに対して今は恋愛感情抱いてないし」
それもそうか……なら母親に言われたからって攻略しようとするのやめて欲しいんだけど。
今の関係が続く限り、俺は絶対西森家っていう魔境には乗り込まないからな。
「何より……ボクのガチ照れ顔とか見ちゃったらトウヤ惚れちゃうぞ♪」
何バカ言ってんだこいつ。
と返せないくらいには破壊力のある決め顔である。照れのまったくない今の状態でこの破壊力なのだから、ガチ照れ顔なんて見たらギャップも込みで一目惚れもありえるかもしれない。
無論、このストレート系ハーフ女子がガチ照れする日が来ればの話だが。
「あ、今ドキッとしたでしょ? まさかもうボクに惚れちゃったのかな?」
「最高に腹が立つにやけ面だな。それだけで惚れるならとっくの昔にお前に惚れてるわ」
「いひゃい、いひゃいよとうひゃ」
嘘を吐け。
大して力は入れ取らんわ。つうかこいつの頬よく伸びるな。それにほど良い弾力もある。
今度からチョップではなく、頬を引っ張ってやろう……このやりとり、はたから見てるとただのバカップルでは?
夫婦漫才と思われて結婚式には呼んでくれよ、とか言われる可能性もあるやつなのでは?
よし、もう遅いかもしれないけど今すぐやめよう。
「まったく……何で君のスキンシップは、チョップだの頬を引っ張るだの乱暴なものばかりなのかな。もう少し優しかったり、甘いスキンシップがあってもいいと思うんだけど」
「恨めしい顔をするな。そんなスキンシップしてたら友人関係超えてるだろ」
「頭ナデナデくらいはセーフじゃないかな」
それでセーフなのは後輩か、年の離れた子供相手くらいなのでは?
少なくとも同い年にそういうことをしていたら、普通は友人関係よりも上の関係だと思われると俺は思います。
「それも慰めてる場合とかを除けばアウトな気がするんだが」
「トウヤ、何度か言った気がするけど。大切なのは周りがどう思うかじゃなく、ボク達がどう思うかだよ」
「お前が人前で頭を撫でられても何とも思わなくても、俺は人前でお前を撫でることに抵抗を覚える」
「その抵抗を乗り越えよう。ボクのために!」
俺は西森に惚れていない。
西森は俺に惚れていない。
俺達の関係は友人関係。
しかもまだ親友だとか悪友だって言えるほど友情が深まってもいない。
そんな相手のために羞恥心を捨てるのは厳しいのが現実である。
「無理」
「トウヤ、最初から諦めていたら何も変わらないよ」
「それは俺が多少なりとも変えたいと思っている時に言うことだ」
「それって少しも変わりたいって思ってないってこと?」
「微塵も思ってないな」
俺は常識のあるオタクで居たいから。
「というか、何でお前はそこまで食い下がるんだ? そんなに頭を撫でられたいのか?」
「愚問だね。いいかいトウヤ、ボクは女の子だよ」
……この答えは答えとして正しいのだろうか。
もしこれを正しいとするならば、世の中の女子が全て頭を撫でられたいと思っていることになりかねないのだが。
「それも背が高い女の子だ。トウヤも知っているだろうけど、女の子は男の子よりも成長が早い。無論、ボクも早かった。小学校高学年の頃から今くらいの身長はあったし、おっぱいも他の子より大きかった」
今のとこ身長だけで良くない?
わざわざおっぱいを出す必要あった?
ないよね? 絶対にないよね?
そういうところが一般とずれているんだと何故分からない。そういうところが俺とお前の距離が縮まらない理由なんだぞ。
「まあ今と比べてしまうと小ぶりなわけだけど」
「西森さん、何か話が逸れてません?」
「おっと、確かに今大切なのはおっぱいじゃなく身長の方だ。トウヤ、君も男の子の中では身長が高い方だから分かるだろう。身長が高い人間は、身長が小さい人間と比べると可愛がられない。マスコットのようには扱われることが少ないんだ」
まあそれはそうでしょう。
図体がでかいと無意識に威圧的に感じてしまう人もいるだろうし。
それに人間は内面を知る前に外見で判断しちゃうところがある。だから背が高い人間より低い人間の方が可愛がられるのは自然だ。
「故にボクは飢えている! 頭を撫でられることに飢えているんだ。だって小学校高学年くらいから今まで他人の頭を撫でることもあっても、自分の頭を撫でられる機会はほぼなかったから!」
「……だから俺に頭を撫でろと?」
「そのとおり! トウヤならボクのこの気持ちを理解してくれるだろうし、何よりトウヤはボクよりも背が高い。だから構図的にボクが頭を撫でられていても違和感ゼロ。堂々と甘えられるってもんだよ」
頭を撫でて欲しいって気持ちは理解できません。
でも構図的な話は理解出来ます。ま、だからといって頭を撫でてやろうとは思わないけど。
だってこいつ、多分一度やっちゃうと図に乗りそうだもん。
それどころか要求がエスカレートしていきそうだし。だから俺は、頑なに西森の要求を拒否したいと思う。
「というわけでトウヤ、ボクの頭を撫でよう」
「断る」
「そう言わずに。やってくれたらトウヤの頭も撫でてあげるから」
「あいにくお前ほど頭を撫でて欲しい欲求はない」
「そっか……でも女の子に触れたい欲求はあるよね? それを満たすためにボクの頭を撫でればいいんじゃないかな」
その欲求がないとは言わないけど……してやったりって顔してる奴の頭を撫でてやりたいとも思わないんだよな。
というか、何でクラスの連中は未だに教室に残ってるの?
早く部活とかに行きなさいよ。特に俺と西森を見て勝手に妄想膨らませている女子達、俺達は見世物じゃないんだよ。妄想するなとは言わないけど、妄想の産物を口に出すのはやめて。
つうか、さっさと話を切り上げて俺が退散する方が賢明なのでは?
うん、そうしよう、そうしましょう。よし、そうと決めたら即行動。
「トウヤ?」
「西森、はっきり言ってやろう。俺はお前の頭を撫でるつもりもない」
「そんな……いや、そうか。そうだよね。これからボク達デートするわけだから、頭を撫でるのはそのとき……ちょっトウヤ!? 何でひとりで行っちゃうの?」
何でってこの空間から立ち去りたいからだよ。
なんて思っていたら足音が近づいてきて、左腕が素敵な感触に包まれました。具体的に言うと、ほど良い弾力と柔らかさのある2つのお山に包まれているような感覚です。
「西森さん、抱き着かないでもらえます?」
「トウヤが逃げるから悪いんじゃないか」
「逃げたわけじゃないけど、逃げないんで放してください」
構図だけ見たらイチャコラしているバカップルに思われかねないんで。
「それで解放してもらえると思ってる?」
「解放してもらえない理由が見当たらないんだが。というか、うちに来るんだろ? さっさと行かないと遊ぶ時間なくなるぞ」
「トウヤ……」
結局家に呼ぶんだかい!
と思った方、その考えは間違いです。どう足掻いてもこいつは家に来ようとします。今日来れなくてもいつか来ようとします。部長という強力な味方もいるからね。
なら休日に長い時間居座られるより、今日家に来させて短い時間で帰らせた方が賢明じゃないですか。
「うん、そうだね。じゃあ行こっか♪」
「その前に腕を解放して」
「トウヤはおっぱいの感触を味わいたくないの?」
「そういうの平然と聞くのやめなさい」
本音としては味わいたいけど。
でもここは学校なの。第三者がたくさん居る空間なの。
なので強引に西森の腕から抜け出す。このときにおっぱいの感触が凄かったのは内緒だ。西森から抗議の目を向けられているけど知りません。
……何かめっちゃスマホが振動してるな。
時間帯的にゲーム系の通知じゃないだろう。
となると誰かしらからのメッセージ……
『放課後に女の子を家に連れ込むとか、トウヤくん青春だね~』
『部長も一緒に行くんだろうし、両手に華じゃん』
『ただ、あいにくお姉さんは今日一緒に行けないんだな』
『美女3人に囲まれなくて残念だったね( *´艸`)』
こんなメッセージを飛ばす相手はただひとり。
クラスメイトに囲まれつつ、意地悪な笑みでこちらをチラ見している月島つかさただひとり。
何が残念だ。お前が居る方が余計に残念だっつうの。お前含め美女は美女でも残念美女の集まりなんだから。
『それと……お姉さんがいないからってエッチなことするなよ('ω')ノ』
するわけねぇだろうが。
もしも女子が部屋に来るだけでそんな行為に及ぶんなら誰よりも先にお前が被害に遭ってるだろ。俺の部屋に誰よりも来てるのはお前だぞ。
そんな思いを込めて『黙れ』という意味合いのセリフを吐いているアニメキャラのスタンプを返し、スマホを仕舞った。
気持ちを切り替えよう。この後の騒々しくなるであろう時間に耐えるためにも。
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