第12話 「さあトウヤ、ハグだよハグ」

 はい、目的地だったタイガーホールに到着しました。

 ここには漫画、ラノベ、フィギュア、コスプレ衣装、カード類にアニメグッズまで二次元に関するものなら大抵のものは揃っております。

 いやはや、オタクの聖地って感じですね。

 というか、オタク以外ここに来る人いないよね。

 だってここに売っているものは全て二次元。ここに何か買いに来るってことは、言い換えれば大なり小なりオタクだということ。

 周りが皆オタクということは、居心地の悪さも感じないということ。非リア充にとってまさにサンクチュアリ。

 故に……ここならばリア充爆発しろ! なんて感情は二次元にしか抱かない。

 まあ俺はそんな感情抱いた覚えはほぼないんですけど。

 恋人がいるならイチャついていいと思う派なんで。みんなはそう思わない?

 だって恋人っていう関係性は、彼氏彼女のどっちかが勇気出して告白しないと生まれないだから。

 だからさ、周囲の迷惑を考えずに騒いだりするのは別にして、そのへんでイチャイチャするくらいなら許してやろうぜ。


「トウヤトウヤトウヤ、見てよコレ! やばくない? やばいよね! こっちのおっぱいは凄く立体感があるし、こっちのおっぱいは曲線美が素晴らしいもん。トウヤもそう思わない? 思うでしょ? 思うよね!」


 すみません、現実逃避してました。

 連れの二次元愛が凄まじくて別のこと考えてました。

 でも許して欲しい。店に入るなりこのテンションで常に話しかけられていたんだから。

 何度も注意はしたんだけどな。周りの人の迷惑だって。だけどダメなんだよね。だって西森シノンは重度のオタクなんだもの。

 というか……こいつ、おっぱい好き過ぎじゃね? 男の俺よりもテンション爆上がりなんだけど。


「お前の性癖が今は女性の一部に集約しているのは分かった。分かったからマジで少し黙ろうな。他の客に迷惑だし、何より俺に迷惑だから」

「うん、分かった。それでトウヤはどっちのおっぱいが好き?」


 う~ん、なんて理解感のない返答。

 こいつ、俺の話を聞いてるようで聞いてないのでは?

 でも一応声量は落としたし、完全に聞いていないとも言えるわけで……何で俺はこんなことばかり考えているんだろう。こんなことばかり考えていて全然オタクの聖地を楽しめていない気がする。


「ちょっとトウヤ、ボクの話聞いてる?」

「聞いてる聞いてる」

「その返事は聞いてないでしょ。さっきボクだけに集中するって言ったよね? なのにまたつかさちゃん達のこと考えてるの?」


 何で俺は西森に機嫌の悪い彼女みたいな感じに問い詰められているの?

 今日やってるのは取材だよね?

 西森からするとデートなのかもしれないけど。

 でも俺と西森は付き合っていない。ただの友達としてデートしているわけだから、こういう風に詰め寄るのは間違いではないかな。ただの友達としてデートって自分で言ったけど、冷静に考えると凄いパワーワードだな。


「いやいや、お前のことであれこれ考えてるだけだから」

「え……」


 ……あれ、今の言葉はやばいのでは?

 面倒臭い絡みをしてきてください、と自分から言わんばかりのカードを切ってしまったのではなかろうか。


「ならちゃんとボクの質問に答えてよ! いややっぱりボクのことなんてどうでもいい。今はこのふたつの表紙のおっぱいに集中して。トウヤ、君はこの右のおっぱいと左のおっぱいのどっちが好きなの? さあ答えて!」


 自分のことよりも二次元のことですか。

 こいつと付き合う人って絶対大変だよね。オタク感の違いでバチバチすること多そうだし。

 まあでもこの残念さがあるから彼氏がいないんだもんね。

 もう少し中身がまともなら彼氏のひとりやふたり出来てるだろうし。見た目や普段の性格はそこまで悪くないだから。

 ……普段の性格が悪くない? それは俺が慣れているだけでは?

 いやでも悪い奴ではないのは確かだし、多少なりともオタクの資質があれば問題ないような気も。

 それにオタクではなくてもオタクを許容できる人物。そんな存在だって世界のどこかにはいるはずだ。

 だがしかし、大切なのは仮定ではなく現実なわけで。

 そう考えると俺が今すべきことは西森の彼氏事情を考えることではなく、西森に返事をすることである。


「こんな場所で堂々とどっちのおっぱいが良いか言えってお前は鬼畜か?」

「大丈夫、ここに居るのはみんなオタク。オタクはボク達の同類、つまり仲間。仲間にこの程度の会話を聞かれたところで何ともないでしょ」


 それはあなただけです。

 俺は何ともあります。あいつ、女の子に向かって堂々とおっぱいとか言ってるんだけど……みたいな目で見られたら精神的に何か削れます。


「俺は別におっぱいだけ見てラノベを買ってるわけじゃないんだが」

「でもおっぱいは見て買うでしょ?」

「まあそりゃあ……」


 俺も男の子なんで。

 だから少し離れて俺達の様子を見ている女子達。人をおっぱい好きな変態、みたいな目で見るのはやめなさい。

 もし仮に俺は変態なのだとすれば、俺よりもおっぱいに執着してそうなあなた達の方が変態になるからね。


「なら答えられるよね。トウヤはどっちのおっぱいが好き?」


 女子に頑なにどっちのおっぱいが好きか、って聞かれる高校生活。入学する前はこんな生活が待ってるなんて思ってなかったなぁ。

 と、考えてる場合でもない。

 現実逃避したところで目の前に居るボクッ子は、俺の答えを聞くまで黙らないだろうし。ならさっさと答えて話題を進めてもらう方が賢明だ。

 えっと……右手に持っている方は確かにおっぱいの立体感が凄いな。左手にある方は横乳のラインが実に素晴らしい。これはどちらも良いものを持っている。それだけに甲乙つけがたい。

 となると別の要素も加味して決めた方が早いな。

 右手のラノベタイトルは


・金髪ハーフさんはお好きですか?


 表紙に載っているヒロインの髪の長さは、西森より長め。パッと見で腰くらいまである。ハーフ属性を持つだけあってスタイルが全体的に良き。

 ジャンル的にはラブコメなんだろうが、主人公が金髪ハーフ萌えなのか、金髪ハーフの方が主人公に迫る感じなのかタイトルだけじゃ判断ができない。出来ればあらすじを読みたいところだが、西森はおっぱいだけで決めろと言っている。熟考している時間はないだろう。

 故に次の思考に入らねば。左手のタイトルは


・美人な同級生は実は残念系


 ヒロインの髪型はショート、表情はお姉さんって感じか。

 タイトルからして部屋の片付けが出来なかったり、料理が出来なかったりするのだろう。

 だが完璧すぎる人間は俺のようなオタクは近づきがたい。

 故に残念さのある美人、大いに結構。むしろ最近はそういう感じのヒロインに萌えるんだよな。中学の前半は黒髪ロングの正統派に惹かれることが多かったのに。時間は新たな性癖を開花させる。そういうことなんだろう。

 …………待て、待て待て待て。そうなるとですよ。

 まるで少女漫画コーナーの方で、ちょっと恥ずかしそうにしながらも食い入るように何か手に取ってる片耳ピアスさんが、俺のストライクゾーンど真ん中ということになるのでは?

 いやいや、そんなことあるわけないよね。だってあの片耳ピアスさんに萌えを感じることなんて滅多にないもん。属性的には合ってるのかもしれないけど、リアルと二次元は別物。同じものとして考えちゃダメだよね。


「……トウヤ、今チラッとつかさちゃんの方を見たよね?」

「西森、人は考え事をするとき視線が泳いだりするもんだ。今のはたまたま泳いだ視線の先にあいつが居ただけで、俺はどっちのおっぱいが良いかちゃんと考えていた」


 嘘じゃないよ、本当だよ。

 どっちのおっぱいが良いか考えた結果、つかさの方に思考が流れただけで。別にラノベのおっぱいよりつかさのおっぱいが良いとか考えたわけじゃないんだから。

 というか、今日の西森さんは俺の視線に敏感過ぎない?

 付き合いたての彼女ならジェラってそうなるのも分かるんだけど。

 でも何度も言ってるように西森さんは俺の彼女ではありません。付き合っておりません。なので彼女面で迫ってくるのは間違いだと思います。


「じゃあ、今すぎどっちのおっぱいが良いか言えるよね?」

「当たり前だ」

「ならどっち?」

「こっちだ」


 西森の左手にあるラノベを指しました。

 おっぱいを含め、俺の性癖に刺さる要素が多かったんで。やっぱりオタクは自分の性癖には正直に生きるものだよ。みんなもそう思うでしょ? そう思うよね?


「……なるほど。じゃあボクはこっちを買うからトウヤはこっちを買って」

「西森、どうして突然購入ルートに入る? いやそこはまだ良しとしよう。オタクなら趣味にお金を掛けるのは当然のことだ」

「だよね」

「だがしかし……何でお前が残念系を買って、俺は金髪ハーフの方を買う展開になるんだ?」


 俺は残念系の方が良いって言ったじゃん!

 どうせ買うならそっちの方が良いんだけど。純愛よりなラブコメより変態性という名の可能性が少しでもありそうなラブコメの方を俺は読みたいんだけど!


「分からないの?」

「分からないから聞いているんですが?」

「やれやれ……トウヤ、そんなんじゃボクのボーイフレンドになれないよ」


 いつ俺があなたのボーイフレンドになりたいって言いました?

 彼女が居たら楽しい時間が過ごせたりするんだろうな、とか思ったりするけど、別にあなたの彼氏にはなれなくて大丈夫です。

 だって、その方があなたの家に連れて行かれる必要性もなくなるから。


「いいかいトウヤ、今の質問でボクは君の性癖を理解した。ただ大きいより形が良いおっぱいに惹かれると知ったんだ」


 このままヒートアップされるとやばい気がするのは俺だけですか?

 オタクしかいない空間だからって、一緒に居る連れ……しかも異性におっぱいおっぱい連呼されながら自分の性癖を他人に聞かれるってやばくない?

 やばいよね? そんな未来が訪れたら俺は堪えられないよ。


「あのな西森、俺は別におっぱいだけ見て決めたわけじゃないからな」

「分かってる」

「本当か?」

「もちろんさ。ボクはトウヤの友達だからね。君がおっぱいだけでなく、タイトルや表紙全体を見ているのには気づいていたし、裏に書いてあるあらすじも読みたそうだな。そこまで読んだ上で答えを出したいんだろうな、そんな風に考えているんじゃないかって思っていた。でもボクは……そう思いながらも確固たる意志で君にどっちのおっぱいが良いか聞いていたんだ」


 ……その確固たる意志って必要だった?

 そこまで分かっていたんなら普通に聞くだけで良かったんじゃないの?

 ラノベの取材やらママさん関連で妙な気合が入ってるようだけど、もっと普通にオタクトークしようよ。その方がきっと俺もお前も幸せになれるから。少なくとも俺は幸せになれるから。


「故に理解したよ……君がボクよりつかさちゃんの方が好みなんだって」


 西森……お前と出会って1ヶ月、ほぼ毎日顔を合わせるなり声を聞いてきたわけだが、今日ほどお前とバカな奴だと思ったことはない。


「いいか西森、確かにお前の持っているラノベのヒロインはお前やつかさの属性を持っている。だがラノベのヒロインは二次元、お前らは三次元の存在だ。同一のラインで考えるのは間違っている」

「トウヤ……そうだね、ボクが間違っていたよ。二次元に向ける好意と三次元に向ける好意。それが同一であるはずがない。同一であっていいはずがない。恋人が出来た時にボクよりも二次元の方が好き、愛してる、結婚したいとか言われたら悲しいし」


 そこはで好き、もしくは愛してるってところまででいいんじゃないかな。

 結婚したいまで言うとそこまで考えてるの? って勘繰りたくなっちゃうから。

 妄想力が豊かなのは悪いことではないし、妄想するのは個人の自由だけど。でも人の人生に影響を与えかねない妄想をあまり言葉にするべきじゃない。俺はそう思います。


「でもトウヤ、これだけは誤解しないで。ボクはただ君の今の性癖を理解したかっただけなんだ。その方はより君と楽しいオタクトークが出来ると思ったから」

「西森……それも本心なんだろうが、別の本心もあるだろ?」

「例えば?」

「俺に金髪ハーフがメインのラノベを読ませ、金髪ハーフ萌えを開花させることが出来たらママさん関連のことがやりやすくなるのに、みたいな本心だ」

「さすがはトウヤ、ボクのベストフレンドだね。ボクのこと分かってるぅ~♪ よし、この喜びを分かち合うためにハグをしよう」


 笑顔で両手を広げる西森さん。その後ろで微笑を浮かべるメカクレ部長。

 周囲に居るオタクの中には、こんなところでイチャコラしてんじゃねぇよ! と言いたげな顔をする者。リア充爆発しろ! みたいなオーラを発している者が居たりする。

 こんな状況でハグに応じるとか絶対無理だよね。


「さあトウヤ、ハグだよハグ」

「いや、しないから」

「何で?」

「今お前が抱いている喜びを分かち合いたいと思わないから」

「そっか……ならトウヤ、ボクはボクで喜びを噛みしめる。だからトウヤは、ボクのおっぱいの感触を正面から味わう喜びを噛みしめればいい」


 このオタク、一度病院に行くべきでは?

 こんな場所でこういうことされて俺が喜ぶと本気で思ってるのかね。

 やるならふたりっきりの空間でやって欲しいんだけど。

 もうさっさとここから立ち去ろう。このままだと他の客に迷惑だし、店員に注意されてもおかしくないから。

 というわけで、西森の右手にあるラノベをぶんどる。


「その手の喜びは、これを家で読みながら妄想内で噛み締めるから結構だ」

「ト、トウヤ……き、君って奴は三次元しかも目の前に触れてもいいって言う女の子が居るのに、二次元の妄想で満足するって言うのか?」


 このヘタレ野郎!

 って言われてる気分になるのは俺の気のせいかな? うん、気のせいだろう。


「ボクはそのラノベのヒロインと同じ属性を持っているって言うのに……トウヤに対して友達としてだけど、現段階だと特別な感情は一切抱いてないけど、それでも多大な好意を持っているというのに」


 友達としてどんだけ好意を持たれても結局は友達じゃないですか。

 ならこっちの対応も友達の域から出るわけがない。


「自分で言うのも何だけど美人でスタイルも良い方なのに、そのヒロインより女の子としての魅力が劣っているとでも言うのか?」


 このラノベの中身をまだ読んでないんで劣っているかどうかは分かりません。

 でも西森ほどストレートで面倒なオタク系金髪ハーフは滅多にいないと思う。多分穏やかな時間を過ごせるかで考えると、このラノベのヒロインに軍配が上がると思います。


「答えろ、答えろトウヤ!」


 答えません、絶対に答えません。

 俺は会計に向かうって決めたから。お前の相手をしていたらいつまでもこの店に居ることになりそうだから。

 だからちょっと可哀想だけど、連れだと思われたくない気持ちもあるけど、でもそれって今更じゃね? と冷静な自分は言っているけど。

 でもだからこそ、俺は確固たる意志でレジへと向かうんだ。


「……トウヤ、待って、待ってってば! ボクもこれ買う、買うから。だから一緒にレジ行こ!」


 大声を出すんじゃありません!

 走りながらこっちに来るんじゃありません!

 はたから見たらイチャつくカップルに見えかねないでしょ。あなたの大きなおっぱいが揺れちゃうでしょ。どちらも世のオタクにはクリティカルだから。


「うるさい」

「いて……何でチョップするかな」

「何度大声を出すなって言ったかな」

「トウヤが意地悪するからじゃん」


 意地悪なのはお前の方だよ。


「ま、でも許してあげる。残念系美人じゃなくて金髪ハーフの方を買ってくれるみたいだし」


 ……こういうときのこいつの笑顔って反則だと思う。

 少し打算的なところが見えるのにこれまでの流れをまあ許してやるかって思わされるから。


「読み終わったら今度貸してね。感想はボクが読み終わってからのトークタイムで」

「はいはい。お前も読み終わったら貸せよ」

「うん、やだ」


 ……こういうときのこいつの笑顔ってマジでムカつく。


「あ、もしかして怒った?」

「ああ、怒った。だから今週、放課後以外はお前と口聞かない」

「ちょっトウヤ、それはさすがにひどすぎない!? ボクはトウヤとおしゃべりするために学校に行ってるのに。その楽しみを奪うなんて鬼畜過ぎるよ!」

「だったらもう少し茶目っ気をなくせ」


 それがダメなら口数を減らすか、物理的な距離感を遠くしてください。

 それと周囲の皆さん、俺達は決してイチャイチャを見せびらかせたいカップルではないんです。ただの友達なんです。オタク同士なんです。

 だから嫉妬じみた視線を向けないでください。

 羨望の眼差しを向けないでください。

 人を見た目だけで判断するのはやめてください。

 部長はレジまで付いてこようとしないでください。あなたは何も買わないでしょう。少女漫画を買おうか買わないか迷ってる片耳ピアスさんのところにでも行っててください。


「ねぇトウヤ」

「ん?」

「このあとゲーセン行ってもいい?」

「あんまり散財するなよ」

「大丈夫、もしもの時はトウヤを頼るから」


 そこは俺じゃなくてママさんに頼ってください。

 ふと思ったけど、取材が続く=お出かけする機会が多いってことだよな。

 それは必然的に散財する可能性も高くなるというわけで……バイトでもしないと俺のお財布事情は大変なことになるのでは?

 神様、仏様、部長様、どうかお金の掛からない取材が続きますように。



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