第11話 「色んなおっぱいがボク達を待ってる!」
というわけで取材に行くことになりました。
ちゃんと経緯は知りたい方は、前の話を思い出してください。それで万事解決です。
本日の行き先は、西森さんが新刊を見たいということでオタク御用達の人気店のひとつ《タイガーホール》に行くことになりました。
もちろん、部長はメモ帳を片手に少し後ろを歩いています。
今日予定が入っていなかった片耳ピアスさんもその隣を歩いています。手にはコーヒー牛乳をお持ちです。ストローで何か飲んでないと落ち着かないんですかね。
ま、最も落ち着かないのは俺なんですが。
何故かって?
そんなの決まっているじゃないか。
「なあ西森」
「うん?」
「何でお前は俺の腕をがっちりとホールドしているんだ?」
校門出たあたりまでは普通に隣を歩いているだけだったよね。
なのに何で学校から離れると同時に俺の右腕に抱き着いてきたんですか。ギュッとしちゃってるんですか。
あなたの豊満に育っているお胸の感触が凄く伝わってくるんですけど。背後から微かに聞こえる笑い声と吸引音が怖いんですけど!
「デートしてるからだけど?」
トウヤは何でそんな当たり前のこと聞くの? みたいな顔をされております。
いやまあ確かに恋人同士のデートならするかもしれないけど。でも俺達ってただの友達じゃん。
ママさんに唾付けとけって言われたのは聞いたけど、もう1歩くらい引いたアプローチしてくれないかな。腕を組む前に手を繋ぐとか段階は踏めるでしょ。
「俺達がしているのは取材です」
「トウヤや後ろのふたりはそうかもしれない。でもボクにとってはデートなのさ」
「お前のその価値観ってどうにかならないの?」
「ならないね。トウヤがボクの欲しい新刊を買ってくれるとか言わない限り」
何て現金な発言なんでしょう。
さすがは西森シノン。何でもストレートに言っちゃう系女子。自分の打算的な部分を隠そうともしない。そこに痺れないし憧れない。
「というか、トウヤはボクに引っ付かれるの嫌なの? 自分で言うのもなんだけど、ボクってかなり良いおっぱいしてると思うんだけどな」
そうだね、確かに西森さんのおっぱいは良いおっぱいだね。
直接触れなくても張りと弾力のあるのが分かるもの。それを味わっている右腕にから幸福感が脳に伝わっているもの。
俺だって男だし、西森が相手ならそこまで照れとか感じないからずっとこのままで居たい気持ちはあります。
でもね、それをしちゃうとあとで後ろのふたりから何をされるか分からないじゃないですか。何もされなくても何かは言われる可能性が高いじゃないですか。
少なくともラノベが完成するまでは毎日のように誰かしらとは顔を合わせることになるでしょう。
なら少しでも絡まれるリスクを減らしたいと思うのは人として当然だと思うの。
「歩きづらいから離れてくれ」
「それって歩きづらくないなら離れなくていいってこと? じゃあこうしよう」
西森は俺の右腕から離れると、白い小さな手を俺の右手に絡めてきた。
腕を組むのがダメなら手を繋げばいいじゃない。そう彼女は考えたようだ。
確かに先ほどより格段に歩きやすくはなったが、何故よりにもよって恋人繋ぎなのだろうか。
距離感があまりさっきまでと変わらないからドキドキしちゃうんですけど。
背後から聞こえるメモってる音と、一気に飲み干そうとしている吸引音に恐怖を覚えちゃうんですけど! よし、一度確認しておこう。
「どうかしましたか氷室くん? もしかして左手が空いているので握って欲しいという催促ですか?」
何でそういう解釈になっちゃうのかな。
「部長に対してそんな感情は抱きません」
「氷室くん、その言い方は初音さんの女の子の部分を傷つけました。なので今日の取材終了後に頭ナデナデを要求します」
「自業自得でしょ。あとどうせやらされるんなら今の内にやります」
「それはダメです。今の初音さんはただの付き添い。ただ氷室くん達を観察する者ですから」
決まった、と言いたげな顔をしていますが別にカッコ良くないですよ。
あとそんな風に意地を持てるのなら常に持ってもらっていいですか。いつもただ観察だけしてもらってる方が俺の心は安らかなんで。
「トウヤくん、今日はシノンさんとの取材でしょ。ちゃんとシノンさんの相手に集中しなよ」
つかさよ、お前のその言葉は正しい。この場に置いては正論のひとつだろう。
ただ何でお前はやさぐれてるというか、面白くなさそうな顔をしているの?
それにその手にあるイチゴ牛乳はどこから取り出したんですか?
別に飲むなとは言わないけど、もう少しペースは落とそうな。今のペースで飲むとなると、取材が終わるまでに2桁の大台に乗っても不思議じゃないから。
「そうだよトウヤ。今日はボクだけを見てくれなきゃ」
手を軽く引っ張るのやめてください。
そんなことされなくても話しかけたらそっち向くから。
あと『だけ』って言葉も付ける必要ないからね。
ボクを見て、で十分に通じるから。『だけ』を付けられると何か羞恥心を押し殺して必死に主人公の気を引こうとするヒロインみたいで可愛いじゃん。
羞恥心を感じさせない西森さんにはその手の可愛さが欠けているけどね。でもそのおかげでこちらは理性を保てるというものです。
「お前って本当そういうことさらっと言っちゃうね」
「言って減るもんじゃないからね」
「人間に羞恥心は多少なりとも必要だと思うんだが?」
「ボクだって羞恥心は持ってるよ」
……どこに?
「あ、その顔は疑ってるね」
「日頃の言動を思い出してみろ。疑うなって方が無理な話だ」
「いやいや、あれくらいなら十分に羞恥心持ってるじゃん」
「本気で言ってる?」
「うん。だって脱いだりしてないし」
そうだね、確かに脱いだりはしてないね。
え、でもそれってつまり西森さんが本気になったら脱ぐことも厭わないってことなんですか?
裸でスキンシップ取ったりするってことですか?
何そのエロゲみたいな展開。男の子としてはつい想像しちゃうんだけど憧れちゃうんですけど!
「……お前にも羞恥心があって良かったよ」
人と比べるとないに等しい最低限度のものだけど。
でもないよりはある方が良いもんね。世の中の男子が勘違いしないためにも。俺の精神安定のためにも。
「理解してくれたようで何より。ボクだって不特定多数に見られたくはないからね……あ、でもトウヤになら見られてもいいよ」
耳元でささやくんじゃありません!
吐息混じりに言われるとドキッとしちゃうでしょ。背後から感じる視線に痛みを感じちゃうでしょ。
「そういうこと簡単に言うな」
「あいた……トウヤに傷物にされちゃった。もうお嫁に行けないや」
「軽くチョップされただけだろ」
お前の身体は清く綺麗なままだから堂々とお嫁に行け。
「それといい加減に手を放せ」
「だが断る!」
「は・な・せ」
このままじゃ俺の精神力はゼロよ。
「あ……もう、手を繋ぐくらいいいじゃん」
「いいわけあるか」
これくらいでふてくされないの。
西森は高校生でしょ。大人扱いされてもおかしくない年齢になってるんでしょ。
だからもう少し分別のある行動を心がけなさい。異性意識のない鈍感ヒロインってわけでもないんだから。
打算的だろうなって思っても男の子は色々と考えちゃう生き物なんだ。もっと男心を理解して。俺を含めた余の男の子のために。
「月島さん月島さん」
「何ですか部長」
「氷室くん、手を放しちゃいましたよ。あれは西森さんの心を傷つけたのではないでしょうか」
「そうかもしれませんね。でもトウヤくんも思春期の男の子ですから。私達に見られてるのが恥ずかしかったんじゃないですか」
「なるほど……深読みすれば、この中に狙ってる女の子がいる可能性も」
何で最後だけ露骨にこっちを見た挙句、普通に言ったの?
隠そうとする気は最初から皆無だったけど、一応ヒソヒソ話してたんだからそれだけは貫いてくれませんかね。
でも何より言いたいのは、仮にこの中に狙ってる女の子が居たとしても部長では絶対にありません。
なのでその「初音さんですか? 初音さんですよね」みたいな妙に自信ありげな顔やめてもらっていいですか。
「トウヤ」
「どうした西森」
「今日の主役は誰?」
主役?
それはどういう意味で言っているんですか? それによって答えが変わるんですけど。
あとこれは余談なんですが、今の西森さんは可愛げのあるムスッとした顔をしております。頬を膨らませたりしたら指で押したくなるかも。
「取材のという意味なら西森だが?」
「だよね。そのボクの相手役は誰かな?」
「俺だな」
「だよね。それなのに何でトウヤは、ボクじゃなくて脇役であるふたりの方ばかり向くのかな?」
もしかしてジェラってます?
いやいや、そんなわけないよね。だって俺と西森さんって友達だし。それ以上の感情はお互いに抱いていないわけだから。
仮にジェラってたとしても友達に他の友達が出来て寂しい的な感じだよね。そう考えると打算的にやってるのかもしれないけど、西森さん可愛いな。
だがしかし、西森の相手をしている時につかさや部長に意識を割かれるなんて日常茶飯事。今更こんなことでジェラるかと言われたら怪しいところ。そう考えると西森さん可愛くない。
「その手の文句は俺じゃなくて、気を引こうとする脇役に言ってくれ」
「トウヤはあっちに言ってやめてくれると思うの?」
つかさはまだ黙ってくれそうだが、部長は絶対黙ってくれる気がしない。こっちに話しかけたりはしなくても、つかさを経由または独り言という形で気を引こうとしてくるはず。
仮に口を固く閉ざしてくれたとしても、別の角度から俺にちょっかいをかけてくる可能性が高い。
「思わんな」
「でしょ? だからボクはトウヤにあれこれ言うの。ボクだけを見てくれないと取材の意味もないだろうし」
西森……。
すまなかった。てっきり俺はお前が自分の欲望を満たすというか、ママさんから言われたことを実行するためにあれこれしているとばかり。
お前はお前で部の存続を考えていたんだな。
それなのに俺は、あとで何かされるんじゃないかと自分のことばかり。取材に協力すると一度口にしたのだから俺もちゃんと覚悟を決めなければ。
「悪かった西森」
「分かってくれたんだねトウヤ」
「ああ、ここからはお前だけに集中する」
必要以上に聞こえてくる何か書いている音が怖いけど。
そんなに一気飲みする必要があるのかって考えちゃうくらいの吸引音に不安になるけど。
でも今日の目的はラノベの取材。
西森とのやりとりを見せることが第一。ならば心を鬼にして……この言い方だと何か語弊があるな。正しくは自分の心を無にしてか。未来のことをあれこれ考えてしまうから西森に集中できないわけだし。
「ねぇトウヤ」
「今度は何だ?」
「今のは1種の告白なのかな? お前『だけ』とか言われるとキュンとしちゃったし」
「アホ。お前がお前だけを見ろだと言ってたからそうなっただけだ」
というか、それだけで本当にキュンとしたのならお前チョロ過ぎるぞ。恋に盲目的になる性格でもないんだから適当なことを言うんじゃありません。
それと仮に告白だとしてもだ、告白するならもっとちゃんとした場所で言うに決まってるだろ。
いくら今までに彼女が居たことがない俺でも友人が見ている中、適当な街中で言おうとは思わないし。
「そっか。なら今後も言い続けないとね。トウヤに暗示をかけるためにも」
「暗示にかかった奴から告白されてお前は嬉しいのか?」
「う~ん……経験ないから分かんないや。三次元の誰かを本気で愛したこともないし、ヤンデレは理解できても実践できる自信もないから」
ヤンデレとかお前から最も遠い存在だもんね。
いや待て、西森の性格は素直だ。何でもストレートに口にしてしまうくらい素直な奴だ。
加えて、今の口ぶりからしてちゃんとした恋愛をした経験もないはず。
となると……西森が恋愛をする上で自身の素直さを拗らせたならば、ヤンデレになってしまう可能性はあるのではないだろうか。
……よし、考えるのはやめよう。
別に俺が西森と付き合う予定とかもないし、俺はヤンデレという属性は認めてもヤンデレな彼女が欲しいかと言われたらノーな男だ。
どうせ付き合うなら今の西森のままが良い。
「トウヤはヤンデレな彼女欲しいと思う?」
「そういうのは二次元だけでお腹いっぱいです」
「じゃあ、どんな彼女なら欲しいと思う?」
そんなの俺の話をちゃんと聞いてくれて、一緒に居て落ち着くおっぱいが大きい子に決まってるじゃないですか。
顔立ちに関してはとやかく言いません。おっぱいに関しても大きい方が惹かれるとは思うけど、そこも妥協だって出来ます。でも性格に関してだけは妥協できません。自分勝手が過ぎる子だけはNGです。
と、室内で西森とふたりっきりなら言ってもいいのだが。
今はショッピングモールに向かう道中で、すぐ傍にはつかさと部長が居る。気軽に恋バナなんてするべきではない。それをネタに後日何をされるか分かったものじゃないから。
だがしかし、西森に集中すると宣言したばかり。
それはつまり、つかさや部長のことは気にしないということ。故にここで安易に話題から逃げてしまうと、西森の機嫌を損ねる可能性が高い。
くそ、いったいどう答えるのが正解なんだ……
「……常識のあるオタク」
何か若干抽象的に答えてしまった気もするが、何も答えないよりは良い。
いや、むしろこの場において最高の答えでは?
性癖を含めて応えるとネタにされ絡まれるかもしれないし。
優しい子、とか言ったらつまんなと言われた挙句、追い打ちが来る可能性を高めてしまうから。
何より『常識』という言葉を付けたことを褒めたい。
この言葉があれば、この場に居る3人を除外したことになるから。
見た目は普通とか地味とか言われる感じでいいから、常に落ち着いた雰囲気で話せるオタクな女の子にマジで出会いたい。図書室とかに生息してないかな。ひとりの時間を確保するという名目で今度行ってみよう。
「さすがはトウヤ。夜を統べる男だね。まさかこの世に存在する全てのオタク女子が対象だなんて。ボクもいつトウヤから襲われていいように改めて覚悟を決めておくよ」
「なあ西森」
「何かな?」
「確かに俺は対象が広い返事をした。だからお前のハーレムを匂わせる発言に関しては甘んじて受けよう。だがな、どうしてお前が俺に襲われる覚悟を決める必要がある?」
というか、改めてって何?
そんな言葉を付けられると前から覚悟してたって解釈になっちゃうんだけど。
確かにそれらしい発言はあった気がしなくもないが、でもそれはその場のノリで言ってただけだよね?
ママさんからあれこれ言われたのって最近でしょ? 覚悟を決めるにしても最近であるべきだとトウヤさんは思います。
もしかしたらもしかするかもだから口に出しては聞かないけど。
「え? だってボク、常識のあるオタクだし」
「男子にハーレム作らないの? みたいな発言をする奴に常識があるとでも?」
「その言い方だとボクが不特定多数にそういうこと言ってるみたいじゃないか。ボクはね、そういうことはトウヤにだけしか言ってない」
「俺にしか言ってなくても常識的考えるとアウトだろ」
「そこはボクをただ浮気に寛大な女だと解釈すればセーフだよ」
いやまあ、その解釈にすれば……セーフなのか?
浮気してもいいと言うのと、浮気できる相手を作って行こうぜと言うのでは大きく違いがあるように思えるのだが。
でもこれ以上この話題で話しても墓穴を掘りそうなだけな気がするし。
よし、ここはあの手を使って話題を変えよう。
「ところで西森」
「トウヤ、もしかして話題を変えるつもりかな? 甘いよ、今日のボクは一味違う。そう簡単に話題を変えられるとは思わないことだね」
「そうか。まあ俺は別にこのままこうやって話しててもいいんだが……こうやってのんびりしている間にお前を待っていたかもしれないラノベ達は他の人の手に渡っていくかもしれないな」
「トウヤ、アウトだとかセーフだとか君の好みのタイプとかそんな話はあとにしよう。そんなのは色んなヒロインのおっぱいでも見ながら話せばいいことだ。さあ行こう、タイガーホールへ! 色んなおっぱいがボク達を待ってる!」
道端で大きな声を出さないでください。おっぱいだとか言わないでください。
あとナチュラルに再度手を握ってくるのやめて。恋人繋ぎではないけど、普通に繋いでてもこの状態でオタクの聖地に乗り込んだら人目を引いちゃうから。
なんて言えないんですがね。
だって凄まじい力で引っ張られているから。
平均的な女子よりも身長は高いわけだけど、体育会系の部活をやっているわけでもないのに何でこんな馬力が出るんだろうね。
それは西森さんが主人公だからさ。
こんな答えだけは絶対にやめて欲しいところです。それといったんこのへんで失礼致します。
何故かって?
そんなの決まってるだろ。
俺は、このあとオタクスイッチ全開の金髪ハーフさんを相手しなくちゃならないんだぜ。
故に少しでも体力を温存しておこうとするのは当たり前なことじゃないか。
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