第10話 「トウヤにはいつかボクの家に来てもらうね」
はい、今日は月曜日です。その放課後です。
初音さんデーはどう過ごしたのか説明しないのかって?
もちろん説明しません。俺の精神安定のために。お前らで勝手に想像しといてくれ。
と言いたいところだが、少しだけ情報は与えてやるよ。
あの後もあんな感じでダラダラとした会話が続きました。
ラノベコーナーとかに立ち寄った時なんて男子のお泊り会かって言いたくなるくらいオパーイ談義しましたよ。
貧乳or巨乳?
から始まり、『何カップが好きですか?』とか色々と質問されました。
もうここまででいいよね。全部話してると先に進まないし、マジで俺の精神が疲弊しちゃうから。なのでこの話は終わり。
「……というわけで、本日より西森さんを中心に取材を行いたいと思います」
だそうです。
というわけで終わらされたら状況が理解できん?
大丈夫、安心しろ。感じれば理解できる。
というか、それでしか理解できる方法はないだろう。だって俺を含めここに居る部長以外のメンバーも理解できてないから。
「部長」
「何でしょう氷室くん」
「西森が問題ないのなら俺からどうこう言うつもりもないんですが、その結論に至った経緯は教えてもらっていいですか?」
両側に居る片耳ピアスさんや金髪ハーフさんが聞いて欲しいなって顔で俺の方を見てたんで。
「初音さんの気分です」
「あ、そうですか」
「冗談です」
あーそうですか。
「理由は単純にして明快、月島さんは我々の中で最も交流の幅が広い。いきなり何をやっているのか分からないような部活に拘束してしまうと、それがきっかけで月島さんの評判が悪くなるかもしれません。なので暇人であろう西森さんを優先しようと考えただけです」
なるほど。
部長なりにちゃんと考えてのことなんですね。
でも部長、つかさのことを思いやる発言をしているのに何で最後に西森に対して暴言を吐くんですか。暇人だとか言う必要なかったでしょ。
部に対しても何をやっているか分からないとか付ける必要なかったよね。前はともかく今は何をやるか決まってるんだから。
「あの部長」
「何でしょう月島さん」
「気遣ってもらえるのは嬉しいんですけど、部長が思ってるほど私は誰かと約束とかしてませんよ」
まあ買いたい漫画があれば一目散に買いに行くし、やりたいゲームがあればカラオケの誘いとか断って家に帰ったりする奴だしな。
ちょくちょく告白の返事やらで部活に遅れてくるから多忙に思われがちだけど。
でも何もない俺達からすれば多忙なのも間違いではない。
「まあ1キャラずつ固めた方が部長の頭もこんがらないでしょうし、シノンさんが良いのなら私は別に良いんですけど」
だそうですが西森さん。あなたはどう思ってます?
と、皆の視線が西森の方へ集まる。
「うん? あぁ別にボクは構わないよ。実際放課後なんて二次元に時間を使わないなら暇を持て余してるし」
お前は心が広いね。
部長からディスられていたというのにそんな笑顔で対応できるんだから。お前のそういうところはちょっとばかり尊敬するよ。
「それに……ボクからするってことは、しばらくトウヤのことボクが独り占めできるってことでしょ。取材って形で合法的にトウヤとデートできるのなら断る理由はないよ」
お前は本当いつも自分を貫くね。
何でそういうことを言っちゃうかな? 普段と変わらない笑顔でさらりと言えちゃうのかな?
おかげで俺はこの場から立ち去りたくなってきたよ。部長が最高に嫌な微笑を浮かべているし。
「えっとシノンさん」
「どうしたのつかさちゃん?」
「その、私は日によって取材には同行しないと思うけど。でも部長は必ず同行しているだろうし。部長が黙ってればトウヤくんを独り占めできるかもしれないけど、少なくともデートと呼べるような時間じゃないんじゃないかな?」
つかさが俺の言いたいことを言ってくれただと?
てっきり俺をある程度いじめるまでは部長と一緒に敵に回ると思っていたのに。もしかしてここ数日で常識というものを身に付けたのか。面倒臭い女から脱却したというのか。
もしそうなら……俺としてはこんなに嬉しいことはない。
だって必然的にストレスが減るんだもん。
「確かにそうかもしれない。でもねつかさちゃん、誰が何て言おうとボクがデートだと思えばそれはデートなんだよ」
うん、まあそれはそうなんだけど!
でもさ、俺としてはラノベを書くための取材としてお出かけしたいの。そうじゃなくても遊びに行くくらいの意識で一緒に過ごしたいの。
だって俺、彼女いない歴=年齢の童貞だから。
下手にデートだとか思っちゃったら普段どおりの言動が取れないかもしれない。それはモデルとなる上で良くないよね。
「なあ西森」
「どうかしたトウヤ?」
「俺とお前は友達のはずだよな?」
「うん。トウヤはボクのことまた名前で呼んでくれないけど」
そこは別に関係ないでしょ。
名前で呼び合わなくても友達は友達なんだから。ちゃんと俺はお前のこと友達と思ってるって。
「なあ西森、友達同士で出かけることをデートと称するのは些か違うのではなかろうか?」
「そうかな? ボクとトウヤは友達だけど、性別は異なるわけだし。男女が一緒に出かけるならデートって呼んでも良いとボクは思うんだけど」
「いやまあそれは一理あるんだが……何でそんなにデートって言葉にこだわる?」
お前が俺に対して友好的なのは知っている。
ボーイフレンドにしてもいいよ、みたいな発言をしていたのも知っている。
だがそれはその場のノリというか、少なくとも恋愛的と言えるまでの感情は抱いていない声音だった。
ならデートなんて言葉にこだわる必要はないはずだ。わざわざつかさや部長が居る前で連呼する必要はないはずだ。
西森、お前はいったい何を考えている?
「別にこだわってるつもりはないんだけど……いや少しはこだわってるのかな。ちょっとした事情が出来ちゃってるから」
「事情? もしや……ストーカーですか。だから彼氏役を必要としている的な?」
部長、その考えはなかなかに良い線なのかもしれません。
でもこれだけは言わせてください。
何であなたは少し嬉しそうな顔をしているんですか。
ラノベを書く上でネタになると思っているのかは分かりませんが、もし本当にストーカーが居るってことなら喜んでいい話じゃないですからね。
「いえいえ、そういう重たい話じゃないですよ。トウヤからすると重たい話かもしれないけど」
え、どゆこと?
何で俺にだけは重たい話なの?
どういうことか説明してもらおうか西森さんよ。
「いや~実はね、この間ママに言われたんだよ。二次元に萌えるのも良いけど、シノンももう高校生でしょ。好きな男の子とかいないの? って。そこからの流れで好きな男の子はいないけど、仲良くしてる男の子はいるって話になっちゃって」
そっかそっか、二次元に理解のある良いママさんだね。
でもこれ以上は何だか聞きたくないな。前置きと西森さんの性格がママさん譲りなものだと仮定すると、このあとの発言が何となく予想できてしまうから。
あぁでもすでに西森さんの口は開きかけてますね。
何でもストレートに言っちゃう子だからここで止まるはずないよね。
「そしたらママに今のうちに唾付けとけって言われちゃってさ。何なら今度家に連れて来いって」
唾を付けとけって……。
いやまあ西森のママさんってことなら理解も出来る発言だよ。
もう少し遠回しな言い方かと思ってただけで似たようなことは考えてましたよ。西森って肉食系な気がするし、その西森のママさんなら同系統だろうから。
でもさ、今度家に連れて来いってのは早急すぎるんじゃないかな。
中学の頃から同じ学校に通ってた、みたいな経緯があるならともかく、俺と西森が出会ったのは高校に入ってからなんですよ。高校生活も始まってまだ1ヵ月ちょいなんですよ。
なのにいきなり家に呼べってのは……見た目が良いのにオタク過ぎて男が寄っても去って行く娘を心配しているにしても肉食過ぎない?
「えっと……シノンさんのお母さんだなって発言って感じもするけど、一般的に考えると早急というか積極なお母さんだね」
「まあボクのママだからね。ママ曰く、少しでも良いなって思った即行動。相手から告白してほしいなんて考えてたら幸せが遠のくだけ。幸せな未来な自分の手で切り開くもの、らしいから」
なんて男前なお母さんなんでしょう。
今時の男は草食系が増えている、と言われているから生まれた考えなのかもしれない。
けど、確実に言えることは……このママさんあっての西森ってことだ。西森の人格形成にはこのママさんの教育が大きく関わっているはず。
「ま、まるでどこぞの主人公みたいだね。シノンさんのお母さん」
「あはは、そうだね。でも実際その考えの元、ボクのパパにアタックして、恋人になって、結婚してボクを産んでるんだからある意味本当に主人公かも」
「そして主人公は代替わりし西森さんへ。西森さんのお母様は導き手となり、今日も西森さんに道を照らしていると……」
部長、勝手に物語風に仕上げないでください。
実際にそうなっているとだとすれば、俺の今後の人生に関わっちゃうんで。
「まあでもお母様の考えは正しいのかもしれません。西森さんは我々の中でも重度のオタク。それが原因でこの1ヵ月という時間で、男子があまり寄り付かなくなったと聞いています。そのへんの話は西森さんならお母様に話していそうですし、お母様としてはそんな娘と仲良く出来ている男子が居ると分かれば、出来れば或いはと色々と考えるのも当然と言えば当然……いやはや、面白くなってきましたね氷室くん」
頑張ってください。初音さんは遠くから見守るという形で観察してます。
とでも言いたげな顔ですね。しかも堂々と面白くなってきたとか言うあたり、あなたって本当に性格悪いです。
今度ヘアピンを持ってきて、その隠れている片目を剥き出しにしてやりましょうか。俺にだってそれくらいは出来るんですから。
「とまあそういうわけなんで、トウヤにはいつかボクの家に来てもらうね」
「なら俺は、その日が来るまでに俺より西森にふさわしい男を見つけておくことにしよう」
「そこは自分を磨いておくとか言うところだと思うんだけど。そんなんじゃハーレム作れないよ?」
「ハーレム作るつもりなんてないんですが」
俺にそんな度胸も器量もありません。
将来的な恋人や嫁はひとりで十分です。出来るかは分からないけど……
「トウヤ、男の子がそんなんでどうするの。あ、それとも今のはボクだけを愛してくれるって意味なのかな?」
「そんな意味なわけないだろ」
俺とお前の関係性ってただの友達じゃん。
何か付属されるにしても全力でオタクトーク出来るってことくらいじゃん。
そういう度を越した解釈は、せめて今以上の関係になってからにしてください。
「やれやれ、いつも美少女3人をはべらせているのにトウヤはお固いね」
「俺がおかしいみたいに言うな」
お前達3人に常識が足らんだけだ。
俺が女好きのクズ野郎だったら今頃お前含め3人とも毒牙に掛かってるぞ。
注意喚起ということでちゃんと言った方が良い?
何を言っているんだ。そんなことしたら俺がそういうことをしたいんだって解釈されてからかわれるに決まってるだろ。
こいつらにまともな会話を期待してはいけない。
「でもだからこそ、君を攻略したくなるよ。いつか君の固く閉じた心をボクがこじ開けてみせる」
俺は乙女ゲームの攻略対象キャラってわけじゃないんですが。
というか、こじ開けるのはやめてくれませんか?
開けるならまだしもこじ開けるとか言われたら何か半ば無理やりみたいに感じるから。時として強引さも必要なんだろうけど、西森の場合は押すことより引くことを覚えた方が良いと思います。
「と言ってみたものの……つかさちゃん、トウヤのこと攻略していいかな?」
「な、何でそこで私に確認が来るのかな?」
「そりゃあまあつかさちゃんはトウヤとこの中で最も付き合い長いわけだし、つかさちゃんはトウヤにとって特別な人だろうから」
「……はい?」
つかさの視線が徐々に西森からこちらに向く。
「私が特別? ……ねぇトウヤくん」
うわぁ、いかにも今から意地悪しますよって顔してるよ。面倒臭いなぁ。
「それってどういう意味かな? 私は君からこれといってアプローチは受けてないんだけど。いつから私と君の関係は、そういう感じに変化したの? もしかして私が気づかなかっただけで、君から告白とかされてたのかな?」
さあさあ、お姉さんに正直に言ってみなよ!
と言わんばかりに距離を詰めないでもらえますかね。どこぞのメカクレ女が面白そうに見てるんで。
「どういう意味も何も俺にも分からん。俺にお前を特別だって言った覚えはまったくないからな」
「誤魔化してる?」
「誤魔化してるように見えるか?」
俺の問いに少し考えた素振りを見せたつかさは、視線を俺から西森の方へ移す。
「シノンさん」
「あはは、ごめんごめん。さっきのはあくまでボクから見た感想というか……ほら、トウヤってつかさちゃんだけは名前で呼ぶじゃん。でもボクのことは友達だって言ってくれるのに名前で呼んでくれないから。ちょっとジェラったっていうか」
「そう、でもジェラる必要とかまったくないから。トウヤくんが私のこと名前で呼ぶのは、単に苗字読みだと妹と一緒に居る時に区別がつかなくなるからってだけだし」
まあそれがきっかけだったというか、そのとおりではあるんですが。
だけど、何で「トウヤくんに女の子を特別扱いする男気があるわけないじゃん」みたいに解釈できる目を向けられているんでしょう。
ねぇみんな、何で俺の周りに居る女子は俺のことをすぐバカにするのかな?
俺の被害妄想が強いだけならいいんだけど。でもそういうわけじゃない気がするんだよな。
「へぇ~つかさちゃんって妹さんがいるんだ」
「うん。言ってなかったっけ?」
「少なくともボクは聞いた覚えないかな。けど今の話が本当だとすると、ボクが思ってる以上につかさちゃんとトウヤの関係って親密なんだね。家族ぐるみ付き合いもあるってことだろうし」
「それはまあ……親同士が元々知り合いだったみたいだから」
何とも歯切れの悪い言い方だ。
妹がいるだの親同士が知り合いだの言った時点で、そこまで隠すことなんてないと思うんだが。
勉強が出来る方じゃないってことは調べられたらすぐに分かることだろうし、それが理由で高校受験に苦戦。受験失敗を回避するために俺が月島家に派遣された、なんて話も少し手を回されたらバレる話。
というか、部長は俺達をモデルにラノベを書こうとしている。絶対にこの手の過去話はいつかさせられるはずだ。
ならさっさとゲロっておいたほうが後々楽なのではないだろうか。どうせからかわれるなら早い方が良い。
「おかげで高校に入る前なんか」
「トウヤくん」
君は何を言おうとしてる?
って感じにつかさが詰め寄ってきたんですが。
この手の話をしたらダメなの? 私生活のだらしなさを知られたくないの?
俺としてはさっさと知られておいたほうが今後の学校生活が楽だと思うんだけど。
「何だよ?」
「そのへんの話は今しなくてもいいんじゃないかな」
「個人的に面倒臭そうなやりとりは早めに終わらせておきたいんだが」
「私は別にあとでもいいの。というか、今日からメインなのはシノンさんでしょ。どこかに取材に行くなら早く学校出ないと時間なくなるよ」
それはそうなんですが、あっちのふたりが納得するかは……
と思ったもの部長はすでにペンを挟んだメモ帳を片手に準備万端だった。西森もつかさの言葉で取材に意識を戻したのか、手早く準備を済ませるとこちらに歩み寄ってくる。
「そうだよ、トウヤ。早く出発してオタクトークに花を咲かせよ」
「オタクトークならここでも出来るのでは?」
「ダメだよ! ボクはまだ今日発売の新刊達を見ていない。現物を見ないでオタクトークとか言語道断。ちゃんとヒロイン達のおっぱいとか見ながら話さないとダメなんだ!」
このオタク、堂々と何を言ってるんだろう。
周りにオタクしかいないからってここまで声を大にして言わなくてもいいよね。一応女子だし、まだ学校なんだからおっぱいとか気軽に言うべきじゃないよね。
ま、そんな常識的なことを考え付くなら俺が日頃ストレスを感じることはほぼないわけですが。
「さあ行こう、トウヤ! あの子達がボクらを待ってる!」
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