第7話 「言質は取りましたよ」
この中で誰が1番好きですか?
俺が性を意識していない年代ならば、この問いに関して恥ずかしげもなく答えられたのかもしれない。
しかし、俺は高校生である。
青春を謳歌しているかと言われると、そうでもなさそうな生活を送っているが、確実に思春期なのは間違いない年代なのである。故に
「その質問……答えないといけないんですか?」
反抗する意思を見せるのは当然だろう。
いやね、別にこの中に好きな人がいるわけじゃないよ?
だってここに居るの外見は良いけど、内面がどこかおかしいオタク女子達だし。他の女子よりも一緒に居て気楽ではあるけど、恋愛感情を抱くほど良いなって思ってるかと言われるとノーなのよね。
でもさ、ここで誰かしらの名前を言ったら当分このネタで絡まれるわけじゃん。選んだ人物からも選ばれなかった人物からも絡まれるわけじゃん。
俺が望んでいるのは平穏な学生生活ですよ。
出来ることなら何事もない時間を過ごしたいじゃない。今期のあのアニメ良いよねとか、今このゲームが熱いんだよね……くらいの話だけしときたいじゃない。
だからここで頑張っちゃうよね。
たとえどうせ無駄なんだからさっさと言っちゃいなよ。その方が話が進むって、と誰かに言われようとも。
「逆に聞きます。廃部を回避するために答えるべきだ、とは思いませんか?」
「思いません。ライトノベルを書くために俺がモデルにされる。これに関しては廃部の回避という理由があるようなので、まあ納得しましょう」
本当は嫌なんですけどね。
だって部長のことだからライトノベルを書くための取材とか適当な理由で俺に何かさせるに決まってるもん。
それが部活なんだから仕方ないじゃん。
そう言われたらおしまいなんだけどさ……俺も部員だし、協力するのはやぶさかではないんだよ。
これはマジで本音。だって俺、ライトノベルとか書けないもん。
でも、だけど、それでもね!
ここまでのやりとりで分かってくれてるとは思うけど、部長ってまともじゃないじゃん。それ必要ですか? みたいな取材とかやれって言われそうじゃん。
唐突に……
『ネタとして必要なので、あそこにいるキュートな女の子をナンパしてきてください。あ、でもお持ち帰りはダメですよ。するなら後日改めてしてください』
こんなこと言いそうじゃん。
それが嫌なんだよ。
「ですが……俺はモデルにされるだけで、俺自身が主人公になるわけではありません。つまり部長の書く主人公の好みやら性癖を俺と一緒にする必要はないわけです。なので部長の質問に答える理由はないと思います」
「なるほど。確かに一理あります。ですが氷室くん、ライトノベルにはメインヒロインが必要なのですよ。それは氷室くんも、いえ氷室くんの方がお分かりのはず」
だって氷室くんは男の子だから。
とでも言いたげな語りだな。
まあライトノベルって男性向けに作られてたりするし、そう言われても仕方がないところはあるんだけど。
それにライトノベルにメインヒロインが必要なのも分かるよ。物語の主軸を担うヒロインが居た方が物語の芯みたいなものが出来るし、徐々に主人公とイチャコラしていく感じって良いなって思うから。
ま、最近はメインよりもサブとして書かれてるヒロインの方が好きってことが多いんだけど。
でもこれはメインヒロインが悪いわけではない。俺の好みがメインではなくサブよりに集まっているという時代の流れが問題なだけなんだ。
「それは理解します。ですがライトノベルを書くのは部長ですよね? 部長にだって好みがあるでしょうし、キャラの書きやすさだってあるはずです。なら俺の好みを優先するよりも部長がやりたいようにやるのが1番なのでは?」
「確かに初音さんも人間です。好みや書きやすさというものはあります。ですが氷室くん、女の子という生き物は恋愛に関する話が好きなんです」
だから何? ここでそれ関係ある?
と思ったんですが、この場に居る男は俺ひとり。あとはみんな女の子です。
なので、さっきまで部長に説教していたつかささんも
『トウヤくんが誰が好きなのかお姉さんちょっと興味あるな』
って顔をしています。
西森さんはというと……
『トウヤ、別にボクだって言っていいんだよ。むしろここは言うべきだね』
とでも言いたげな自信満々な顔をしてます。
これは勝手な俺の想像だけど、そこまで外れてはいないと思うんだ。
片耳ピアスの方はともかく、金髪ハーフの自信はどこから来てるんだろうね。この子の中では、俺は告白してもおかしくないくらい好感度が高い状態になってるのかな。入学から今日までの1ヵ月ですでに攻略してるって思ってるのかな。
「何より……初音さんが好き勝手に書いて、あとで自分のモデルと主人公はくっつくべき! みたいなクレームを言われたら嫌じゃないですか」
おいメカクレ女!
あれこれと理由を並べてたけど、結局それが本音だろ! あとで起こり得る面倒事をこっちに押し付けたいだけだろ。てめぇには腹黒属性も追加しといてやるわ!
「共同制作ならいざ知らず、書くのは部長なんですからそんなこと言う奴はいないと思います……多分」
「トウヤくん、何故そこで私を見るのかな?」
だってつかささん、日頃から主人公が自分の推しとくっつかなかったりするとブーブー言ってるじゃないですか。
「せめて会話してくれないかな。じゃないと適切な返事ができないから。私にとってマイナスなことを考えているのは分かるけど」
よく分かったな。
とかここで言うと怒られそうなのでやめておこう。地雷と分かっているのに踏みに行くなんて愚の骨頂。俺は必要がない限り、そんな真似はしない。
「言っとくけど、よほど辻褄が合わないとかない限り文句とか言わないから。私よりも何でもストレートに言っちゃうシノンさんの方を心配するべきじゃないかな」
つかささん、その言い方はちょっと西森氏に失礼なのでは?
まあ本人に気にした様子はないけど。
それに仮に失礼だと思ったとしても美人に罵られる日が来るなんて……うほ♡ みたいな反応をするに決まってる。
「大丈夫だよ。ボクだって常識は弁えているし、そういう作品だってことで納得するから」
「だそうですよ部長」
「あ、でも書く前だったらあれこれ言うのは自由だよね。ボクとしては、トウヤがモデルの主人公にはボクをモデルにしたヒロインが1番お似合いだと思うな」
何でそういうこと言っちゃうのかな!
でもお前さ、常識は弁えてるって言ったよな。ほんの1秒前に自分で言葉にしたよな。なのに何で非常識な発言をしちゃうの? バカなの?
今のは完全に話を進めるところだったでしょうが。どうしてナチュラルに俺にとって都合が悪くなりそうな言動をしちゃうの。
お前、俺のこと友達とはよく言うくせに本当は俺のこと嫌いだろ!
「だそうですよ氷室くん」
綺麗な微笑でこっち見てんじゃねぇ!
清々しいまでに性格悪いな。
この人、本気でラノベ書く気あるのかな?
こうやって楽しみたいだけなんじゃないの?
「トウヤもそう思わない?」
良い笑顔。
ここで何で俺に振るの? って言いたいけど。それを言っても無駄なんだろうな。俺が話を合わせてどうにか修正していくしかないんだな。
そう思わざるを得ないほど本当に良い笑顔だよ。
「西森……お前のその自信はどこから来るんだ?」
「1ヶ月でここまで仲良くなった男の子はトウヤだけだから」
それは単にお前と話せるほどの二次元好きに出会えなかっただけだよ。
お前、見た目は良いからイケメン達が集まってくるわけだし。イケメンの中にもオタクは居るだろうけど、一般的に考えると俺を含めた平凡人間の方が二次元に触れる時間は長いわけで。
俺もお前とは仲良しだと思うよ。こんなに早く何でも話せるようになって……遠慮せずに暴言吐いても良いなって思った女子はお前が初めてだったもん。
「それに……つかさちゃんには悪いけど、つかさちゃんの性格ってメイン向きじゃないと思うんだよね」
こいつ、ほんと怖いもの知らずだよね!
本人が目の前に居るっていうのに堂々と口にするとか俺には真似できないよ。
え、割と言ってるだろって?
何を言ってるんだ君は。俺はガチでケンカになってもおかしくない発言はしていない。ちゃんと相手の表情や場の空気を読んでは発言しているのだよ。
「メインヒロインの恋を応援するとか最初は言うけど、あとで自分も主人公に恋しちゃって葛藤する。そんな立ち位置がつかさちゃんのモデルは似合うと思う。うん、凄くサブ向き」
「あはは、まあ確かに私のモデルならそのへんが似合いそうな気はするよね」
お、まさかここでもお姉さん属性を発揮か?
聞く人によってはなかなかなことを言われたはずなのに、つかさの顔は至ってにこやかだぞ。
「でもシノンさんのモデルもメインというよりサブ向きじゃないかな。シノンさんってボクッ子だけど、全力で女の子らしいこと楽しんでるし、何でも臆せずストレートに言って恥ずかしがりもしない。ボクッ子の概念というか萌えポイントをほぼぶち壊してるじゃん」
てめぇの方がサブだろ?
とでも言いたげな笑顔してます!
つかささん、それなりに西森の発言が癪に触っていたようです。純度の高い作り笑顔ってアニメとかでもよくあるけど、現実で見るとマジで怖いね。
「それにシノンさんのモデルがメインだと、好きだと思ったら即行で告白して話が終わりそうだよね。ラブコメって付き合うまでのもどかしさとかも読む人は楽しみたいわけで、そういう意味ではシノンさんのモデルは私のモデルよりメイン向きじゃないよ」
「確かにつかさちゃんの言うことは一理あるよ。でもさ、ボクらが作るのはコンテスト用の作品でしょ? 何巻も続く前提ならつかさちゃんの指摘は正しいけど、読み切り前提なら結局煮え切らなくて主人公に告白できないつかさちゃんのモデルよりボクのモデルの方がメインに向いてるんじゃないかな」
「告白するしないを決めるのは部長だよね。それにコンテスト用でも区切りの良いところまで書けるなら告白とかはなくてもいいだろうし、シノンさんのモデルがメインじゃなくてもいいんじゃないかな」
やばいやばいやばい。
これは非常にやばいですよ。
ふたりとも美人だから自尊心が……、なんて思う人も居るかもしれない。
でもね、そうじゃないの。ふたりは美人である前にオタクなの。
オタクにもそれぞれ好みがあるわけで。好みの違いからバチバチなんてこともよくあるわけですよ。女性は好きなものを共有したいせいか、バチバチする確率も高くなるわけです。
君もオタクならそう思うだろ?
オタクならオタクの社会人達がラブコメするあの作品を知ってるんだろ?
俺は将来ああいうオタクになりたい。
「氷室くん」
「このタイミングで俺ですか」
「このタイミングだからこそあなたですよ。何やら現実逃避していそうな雰囲気でしたし」
よく分かりましたね。
脳内であのアニメの映像を再生していました。俺もあんな彼女が欲しいです。でも胸は大きい方が良いです。
「ダメですよ、オタク同士が話すとよくあることなんですから。この程度で現実逃避するとか初音さんは許しません。罰としては、氷室くんにメインヒロインを決めてもらいます」
その罰は理不尽だと思います。
というか、俺がしたことに対する罰としては重すぎじゃないですか?
そう言いたいんですけど……
「トウヤくん」
「トウヤ」
埒が明かないから俺が決めろっていう圧力を左右からも感じるんですよね。
もういっそ部長に2パターン書いてもらえばいいんじゃないかな。俺も覚悟を決めたよ。どんな取材にだって付き合う。だからそれで解決で良くない?
こんな空気でどっちかを選ぼうものなら、確実にあとで選ばなかった方から小言の嵐だろうし。
「そういえば氷室くん」
「部長、後悔のない決断をしたいので少し黙っててくれませんか」
「そうですか。なら聞き流してくれても結構です」
あれ~珍しく優しい返しだぞ。
何か裏がありそうな気もするけど、今は部長よりもこれから言う言葉をチョイスが優先だ。
個人的にベストなのは部長に2パターン書いてもらうこと。
だがそれを納得させるためには、これを口にした後の展開も予想し言葉を用意しておかないといけない。
頭を回せ、覚醒しろ統夜……
「ここで初音さんのモデルがメインヒロインなんて言ってくれたら、初音さんのあなたに対する好感度が3上がります」
そうですか、たったの3ですか。
そんなんじゃ俺の気は引けませんね。こんなことを考えちゃってる時点でダメなんだけど。
でもダメなの。考えるなって思うほど考えちゃうの。ぼけ~と出来ないの。
だって俺、日頃からここにオタクの相手してるせいで思考しない時間がないもん。
「好感度が3上がると……オパーイ触らせてあげます」
な……んだと。
「ちなみに初音さん、着痩せするタイプなので見た目より大きいですよ」
なな……なん……だとッ!?
「部長……実際に書くのは部長ですし、書きやすさのためかは知りませんけど、別にアピールするなとは言いません」
「でもそういう風にトウヤの気を引くのは違うんじゃないかな? 部長は女の子だよね。もう少し自分の身体は大事にするというか、これくらいのことで触らせてあげるなんて言うべきじゃないよ」
言ってることは正しいんだけど……
片方に関しては、部室に来る前にあれこれ言っていたような気がする。凄くブーメランな気がする。これって俺の記憶違いかな?
いや、今はそんなことを考えている場合ではない。
部長に3パターン書いてもらえるような言葉を考えなければ。
パターンが増えませんかって?
何を言っているんだ。どのパターンが良いかなんて実際に読んでみないと分からないだろ。こういう時の選択肢は多いに限る。そうだろ?
「仕方ありませんね。ではアピールはこのへんにしておきましょう。というわけで氷室くん」
「優柔不断な男の子はダメです、とか渋い顔で言われそうですが、あえてこう言います。もう少しだけ待ってください」
「却下します」
少しくらい考えてよこの悪魔!
「もう何かこのやりとりが面倒というか、不毛に思えてきたので全員のモデルがメインの話を書きます」
不毛に思うんなら最初からこういう流れにしないで!
って言いたいけど、それ以上に言いたいことがある。
ありがとう部長、愛してる! あなたは悪魔じゃなくて天使だ!
「初音さん、超絶に頑張ります。なので氷室くん、あなたにも色々と頑張ってもらいますよ」
「まあ……仕方ないですね」
「たった今、言質は取りましたよ……ふふふ」
やっぱ今のなし。
最後の笑い方は全然天使じゃない。見た目は可憐だけど、醸し出してる雰囲気が邪悪そのもの。何か手の平で踊らされただけな気がする。
でも……もうやりきるしかねぇ。頑張りしかねぇ。
どうか未来の俺よ、清らかなオタクのままで居てくれ。
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