第6話 「この中で誰が1番好きですか?」

 廃部。

 その言葉に俺は……それほど衝撃を受けなかった。

 理由は単純にして明快。

 二次元愛好創作部は、1ヵ月前まで新1年生である俺達が入部しなければ休部の状態にあった。

 また過去に偉大な結果を残していようと、人々が注目するのは最近の結果だ。

 部活動にだって金銭が絡む。何年もの間、何も生み出すこともなく、何の結果を出していない部活動に廃部勧告が出るのは自然の摂理だとも言える。

 うちの学校は、理由がある場合を除いて必ず何かしらの部活動に入らなければならない。

 スポーツなどに打ち込む情熱もないオタクからすれば、二次元愛好創作部は居心地の良い場所だ。もし廃部となれば思うところはある。

 しかし、廃部になったらなったで別の居心地の良い部活を探すだけだ。

 これだけ聞けばドライだと思われるかもしれないが、冷静に考えてみて欲しい。自由気ままな学生生活から多少の自由がなくなるだけだ。それくらいなら許容できないだろうか。俺は許容できる。

 それに未来の自分が過去を振り返った時、別の部活に所属していた方が青春を送ったと思うかもしれない。なら悪い話ばかりでもないだろう。


「皆さん、驚いてはいないようですね」

「まあその……ここって私達が入部しなかったら休部してたわけですし」

「ボクらオタクって妄想力がたくましいですから。部長に大切な話があるって呼び出された時点である程度予想もできるというか……廃部になるって言われてもそこまで驚けないというか」


 ふたりの言葉には概ね同意だ。

 ただひとつだけ何か言えと言われたなら……金髪ハーフの冒頭にツッコんでおきたい。

 確かにオタクは一般人よりも妄想することが多いかもしれない。

 想像力ではなく妄想力と言った点に関しても好感が持てる。

 だがしかし、その部分が必要だったかと言われたらノーだと言わざるを得ない。

 俺は言葉足らずだの言われることがあるが、この金髪ハーフに関しては一言多いよね。このへんもこの子がモテない理由だと思います。


「なるほど。確かにそうかもしれません。まあ下手に取り乱されるより話がスムーズに進むので初音さん的には嬉しい限りです。ですが氷室くん、あなたの態度はダメです。何が何でも冷静過ぎます。おかげで初音さんの胸には悲しみが広がっています」

「そうですか。ですが部長、俺にはあなたが悲しんでいるようにはまったく見えません。悲しいというならもう少し顔に感情を出してくれませんか?」

「氷室くん、それ本気で言ってますか?」


 初音さんはオタクですよ?

 オタクが自分の感情を前面に出したらどうなると思います?

 分かります? 分かりますよね? 良いの? 本当に良いの?

 俺の勝手な妄想かもしれないが、部長にはこんな風に言われている気がする。

 本心としては本気で言ってますと言いたい。

 だがそれをするとどんどん話がわき道に逸れて行く気がする。故にここは……


「そんなことより話を進めませんか?」

「話を逸らしたね」

「うん、逸らした」


 おい、そこの片耳ピアスと金髪ハーフ。

 別にそう思うのは自由だよ。でもな口から出すんじゃない。それが人としてのマナーってもんだ。

 今日は大切な話があるって言われて集まったんだよ。このままだと廃部になるって言われたんだよ。

 なのに何で大切な話をしようとしている俺よりもわき道に進もうとする部長を援護するの? お前達って本当こういう時に限って俺の敵になるよね。


「部長、話を進めませんか?」

「氷室くん、一般的にせっかちな男の子は嫌われます。まあ初音さんは男の子を立ててあげる系女子なので、氷室くんの意見を尊重しましょう」


 初音さんは良い女でしょ!

 とでも言いたげだけど、立てて『あげる』とかどことなく上から目線だよね。この人、絶対相手を立てるよりも自分勝手に振り回すよね。

 何で俺の知ってるオタクって外見が良いほど中身が残念なんだろう。

 残念美人は嫌いじゃないけど、創作の中での話なら好きな性癖ではあるけど。

 でもリアルで自分がその残念さの影響を受けるとなると、正直に言って嫌だと思っちゃう。だって俺も人間だもの。


「そうですか。それはどうもありがとうございます」

「初音、ありがとう。愛してる……とか言ってくれてもいいんですよ?」

「それは無理です。部長のこと愛してないんで」

「先輩に対して堂々とそれを言えちゃうあたり、氷室くんは怖いもの知らずですね。でも初音さん、そういう人は嫌いじゃないです」


 そうですか。奇遇ですね。俺もこんな自分が嫌いじゃないです。

 だって相手は選んでますから。

 それに俺もバカではないので、この1ヵ月でちゃんと学んだんですよ。

 あなたのような人には、これくらいはっきり言わないと伝わらないって。伝わったとしても話が進まないってね。


「……で、どうすればこの部活動は存続できるんですか?」

「おや? 初音さん、廃部にならない条件があるなんて言いましたか?」


 言ってません。

 でもこっちの言いたいこと分かってますよね?

 分かってるのにあえて言わせようとするのはあなたの悪い癖だと思います。

 何よりその挑発してそうな顔が最高にムカつきます。


「部長はさっき『このままだと』廃部って言いましたよね? すぐさま廃部されるならそんな言い回しをする必要はないですし、いくら部長でも何の条件もなく廃部になるならもっと真面目に話すはず。そういった理由から存続条件があると推理したわけですが……これで満足ですか?」

「ふふ……氷室くんはまるで探偵のようですね。初音さん、あなたを元に推理小説でも書きたくなってきました」


 これくらいの推理で推理小説の主人公にはなれません。

 そもそも、俺なんかよりご自身をモチーフにした方が良いのでは?

 俺としてはあなたの方が探偵向きの性格をしているように思います。

 だって探偵って性格に難があることが多いんだもの。まあこれは俺の偏見かもしれないけど。


「話を逸らさないでください」

「別に逸らしてはいませんよ? 今のも氷室くんがしたい話に関係があると言えば、関係がある話ですから」


 俺をモチーフに小説を書くという話がどう関係……


「……まさか」

「ふふ、そのまさかです」


 微笑でされた肯定に俺は心底げんなりする。

 俺の予想と実際の部の存続条件には差があるかもしれない。だが差があるにしても厳しいものには変わりない。何でこの人はもう少し粘って存続条件のランクを下げなかったのかな。

 つかさと西森はまだ予想出来ていないのか、小首を傾げたり、口元に手を当てながら思考している。


「この部の存続条件は、来年までに何かしらの結果を残すこと。我々が挑戦できるものの例としては、漫画やライトノベルのコンテストへの応募ですね。部の存続にはそれらで一次選考の突破が必要になります」


 一次選考の突破。

 それだけ聞けば、何だ大賞や特別賞をもらわなくていいなら楽勝じゃん。思ったよりも簡単な条件だ。

 そんな風に思うかもしれない。

 だがそれは間違いだ。

 ひとつの例として、ライトノベルのコンテストに関して話すとしよう。

 これまでは出版社主催のコンテストに応募するのが主流だった。

 だが近年は無料投稿サイトにある作品に編集が目を付け、出版されるケースも増えている。またそれらサイトでは、多くの出版社が絡んだコンテストも行われるようになり、それには専用のタグを付けるだけで参加できるようなった。

 それだけに出版を夢見る作者の数は増加し、それに比例してコンテストの応募総数も増加。時にその総数は数千にも及ぶことだってあると聞く。

 その中で一次選考を突破できるのは、おそらく1割程度だろう。

 また一次選考の多くを担当する下読みと呼ばれる人達。

 その人達も仕事として応募された作品をチェックするのだ。自分が面白いと思ったものしか通そうと思わないはず。

 昔は小説としてまともな形をしていれば一次選考は突破できた。そう言われたりもしていたようだが、今ではそれはありえない。


「えっと……部長、ちょっといいですか?」

「何でしょう月島さん」

「何かしらのコンテストで一次選考突破。廃部回避の条件としては納得というか、割と存続できるように譲歩してもらってるのかなって思ったりもするんですが」


 まあ本気でこの部を潰すつもりなら一次選考突破ではなく、大賞の受賞といった無理難題を課すはず。

 厳しい条件を出されているのには変わりはないが、生徒会側の恩情は多少なりともあるのだろう。


「そうですね。実際そういう点はあると思います。生徒会長もオタクですし」


 この人、今さらっととんでもないこと言いやがった。

 え、マジで!? うちの生徒会長ってオタクだったのッ!?

 黒髪ロングで凜とした感じなのに。ばっちり制服を着ているのに。そのせいか胸の主張がさらに激しくなってるのに。

 あんな見た目なのにこっち側の人なの!?

 というか、何であんたはそれを知ってるわけ!?

 おかげでこんな感じに脳内で小さな自分が暴れまわったぜ。

 そっか……あの生徒会長、オタクなんだ。二次元なんて触れずに育った感じなのに実際はオタクなんだ。

 何か……凄いギャップ萌え。素のあの人が見てみたいかも。


「氷室くん、確かに生徒会長は美人でスタイルも良く、オパーイも大きいです。あれこれ考えたくなるのも分かります。オカズにしたい気持ちも分かります」

「部長、生徒会長のことまったく考えなかったわけではないですが、部長が今言ったことほど深くは考えていません」


 そもそも、何であんたの口からオカズなんて言葉が出るんだ!

 あんた、もしかしてレズなの? もしくはそっちも行けちゃう人なの?

 人それぞれ価値観は違うし、誰を好きになったりするのかは自由だけど。仮に部長が同性愛者だったとしても接し方を変えるつもりはないけど。

 でもこれだけは言わせて。

 今みたいなことを俺に言う必要はないよね。必要ですとか言われたら俺とエロ談義したいって思っちゃうよ。

 女子とエロ談義とか……エロ談義とか……あれ? 割としてんじゃね?

 だって俺、そこに居る片耳ピアスとか金髪ハーフとかと、あのキャラのどこが良いとか話したりするもん。オパーイとかお尻についてトークする時あるもん。

 となると……部長に対してあれこれ思うのは、俺の方が間違っているのでは。もしかして俺は、そのふたりと違って部長には何かを期待している?


「ふふ、誤魔化さなくていいんですよ」

「誤魔化してないです。だからそのちゃんと分かってますから、みたいな顔やめてもらっていいですか?」

「なるほど。氷室くんは生徒会長よりもここに居る3人の方が好みだと。そう言いたいんですね」


 なるほど。

 こいつ、人の話を聞く気がまるでない。


「あの話を聞いてもらっていいですか? 誰もそんなこと言ってないんで」

「氷室くん、それは我々に魅力がないということですか?」


 逆に聞きます。

 あなたを含め、ここに居るオタク女子に魅力があると思っているんですか?

 俺はあなた方の中身を多少なりとも知ってしまっています。なのであなた方の外見という唯一魅力と呼べそうなものまで霞んでるんですよね。

 と、本音をぶちまけたい。

 だがそうすると部長だけでなく、つかさや西森まで敵に回る可能性がある。

 話が大きく脱線してしまっているだけに早急にこの事態を解決しなければ。


「氷室くん……ここは嘘でも魅力的です、と言うところですよ。そしたらオパーイをチラ見したり、悶々とした夜に欲望を発散するオカズにしても、初音さんを含めみんな許してくれます」


 この人、真面目に話す気があるのかな。

 ヒソヒソと話してくれるあたり気を遣ってるのかもしれないけど、向かい合って座ってるせいか距離があるんだよね。俺に聞こえるレベルのヒソヒソって他のふたりにも聞こえちゃうんだよね。


「部長」

「どうしました月島さん」

「トウヤくんをからかうのが楽しいのは分かるんですが、さすがにそろそろ真面目に話しませんか?」

「月島さん、初音さんは真面目ですよ。真面目に氷室くんの性癖と夜のお供事情を聞いています」


 いつもなら俺以外が指摘すればやめていたはずだが、今日はそうではないようだ。

 いや~マジで今日のこの人って面倒臭いよね。

 部長なのに。大切な話があるって俺達のことを呼び出したのに。そんなに真面目やシリアスな空気でトークしたくないのかな。

 もしかして、この人が1番この部の廃部に関してどうでもいいって思ってるんじゃ……

 つかさも珍しく微妙な顔を浮かべてるし。

 でも俺は手伝えない。だって俺が入ると、多分余計に部長が不真面目な方向に頑張っちゃうから。


「部長、そういう話はプライベートな時に聞いてください。私は胸を見られるくらいならまあいいですけど、自分がオカズにされてるって話は聞きたくないんで。シノンさんもそう思うよね?」

「え、ボク? ボクは別にオカズにされても構わないよ。オカズにするってことはちゃんと女の子として見てくれてて、そういうことしたいって思ってくれてるってことだから」


 このボクッ子……ほんと空気読まないというか、いつでも自分自身を貫くよね。あのつかささんが顔を手で覆うとかマジ珍しい。

 美人でオタクで妙な絡み方してくるふたりだけど、こういうときは真逆なんだよな。

 そう考えると、つかさはまだまともと言えるのか。

 いや……まともじゃない中でのまともだし、結局はまともじゃないよな。もう考えるのはやめよう。何だかよく分からなくなってきた。


「とにかく! 話を戻しますよ!」

「力技で解決しようとするとは……初音さん、がっかりです」

「誰のせいですか誰の! こっちからしたら部長の不真面目さにがっかりです。本気で廃部を回避するつもりがあるんですか? 私の知る限り、ここにメンツで日頃から漫画やラノベを書いてる人っていませんよね。事の重大さ分かってます?」


 あのつかさが真面目さを前面に押し出している……だと?

 常日頃からお姉さんぶる奴ではあるが、俺はそういう一面をほぼ見たことがなかった。

 もしかしてこいつのお姉さん気質は、自分よりもだらしないなり手が掛かる人間が居る時のみ発動するのか?

 だとすれば、俺に対して発動されることがほぼないように思える。何て使い勝手の悪いスキルなんだ。


「分かっていますとも。だから初音さん、コンテスト用のラノベを死ぬ気で書くつもりでいます。今やっているのはラノベを書くにあたっての資料集めです」

「部長がラノベを書くことと、トウヤくんの夜事情を知ることのどこに関係があるんですか?」

「それはですね……初音さんは昔から二次創作やらをしてきましたし、今でも短編ではありますが小説を書いたりしています。なので文章は書けるのです」


 褒めてくれてもいいんですよ。

 みたいな顔してるけど、ようやく進みだした話がまた止まりそうだし、ここはスルーすることにしよう。


「ですが男女の仲、つまり恋愛面が致命的に下手くそらしく……まったくドキドキしないって言われるんですよね。ふん……」

「周りが理解できてないだけ、みたいな顔しないでください。その評価はきちんと受け入れるべきです」

「月島さん、人という生き物は弱い生き物なのです。初音さんも人なのです。ですから受け入れたくない現実は受け入れたくありません」

「部の廃部って現実は受け入れたんですからそれくらい受け入れてください。というか、この話のどこに関係性があるんですか?」

「月島さん、人の話は最後まで聞くものですよ」


 何で私が悪いみたいになってんの?

 と、つかささんの顔が言いたげです。

 つかささんは、俺ほどこの手のことに慣れてないだろうからキャパが大きくはないはず。だからこのまま続くと爆発しちゃうかも。

 まあ普段俺にしていることを反省してもらうためにそれもありかもしれないが。


「初音さんは男女の恋愛が下手。ですがラノベにおいて恋愛要素は必要不可欠と言っていいほど重要な要素のひとつ。これを避けてコンテストで結果を出すのはおそらく難しい。ならばどうするか……簡単なことです。我々は青春真っただ中に居る高校生ですよ? なら自分達をモデルに書けばいい。ラノベを読む大半はオタクです。ならオタクをモデルにオタクのためのオタクによるオタクのだけのラブコメを書けばきっと面白いと思ってくれるはず。また一般的に主人公は男性が望ましい。我々の中で男性なのは氷室くんだけ。つまり主人公のモデルは氷室くんになるということ。なら彼のことを色々と知る必要がある。故に初音さんは氷室くんの性癖や夜の事情まで知ろうとしたわけです。理解してもらいましたか?」


 うん……まあ。

 オタク特有の早口で何言ってんだこいつ、みたいな感じになってたから俺を含め全員あまり本気で聞いてはいなかっただろうけど。

 でも要点だけは理解したよ。

 ラブコメを書くから自分達をモデルにする。そのラブコメの主人公のモデルが俺。だから人前で話しにくいことまで聞きました。

 そういうことでしょ?


「その顔は理解してもらったようですね」

「あの部……」

「理解してもらったようですね。では我々の作るラブコメに関して煮詰めて行きましょう」


 この人、人の話を遮った!

 最後まで言わせることさえ許さなかった!

 さっき力技で解決とかがっかりって言ってたはずなのに。この人が最も力技を使ってるよね。


「それでは氷室くん、答えてください。あなたはこの中で誰が1番好きですか?」



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