第5話 「話を始めるとしましょう」
「ペペロンチーノ」
これは二次元愛好創作部の挨拶である。
と言えれば万事解決なのだが、あいにくそういうわけではない。
ペペロンチーノ。
普通に考えれば、どう考えても食べ物でしかない言葉。
だが普通の解釈をしてしまっていいのか?
そう俺は自問する。
何故なら澄んだ声でその言葉を紡いだのは、二次元愛好創作部の現部長である
彼女は俺達の1学年先輩。
たった1年早く生まれただけだと思うかもしれないが、この1年の差は世の中にある知識を得る時間としては十分な時間だと言える。
また俺達が入部する前に卒業してしまった先輩達は、かなりのオタクだったと聞いている。人数も多かったと聞いている彼女が過ごした1年は、俺では想像できないほどのオタクライフだったに違いない。
それだけに「ペペロンチーノ」という言葉は、本当にあのペペロンチーノで良いのだろうか?
「ふふ……」
まるでこちらの力量を窺うかのような笑みだ。
くそっ、こちらに向けられている目には確かに意思を感じる。
なのに感情を読み取ることができない。
というか、前々から思っていたけどこの人は何で前髪で左目を隠しているんだ?
あそこまで目に掛かってるとウザったいだけだと思うんだが。視力的にも視界的にも悪そうだし。
この1ヵ月で何度か素顔が垣間見えたことはあるが、傷のようなものもなかった。なのにどうしてこの人は左目を隠すんだ。メカクレ系女子はモテるとか思ってるんだろうか?
いや、きっとモテるだろう。
何故ならクールでミステリアスな雰囲気は出ている。顔立ちだって綺麗だ。この手の女子が好きな奴は居る。俺だって嫌いじゃない。
もしモテると思ってやっているのなら大正解だ。異論は認める。
「トウヤ……ここはどう返すのが正解なのかな?」
西森、その疑問を抱くのは分かる。
誰かに相談したい気持ちも分かる。俺だってそうだ。
だがひとつだけ分からないことがある。
何でお前は、強敵を前に必死に思考を巡らせる主人公みたいな雰囲気を出しているんだ?
確かに部長は敵役が似合うけど。それっぽい雰囲気も感じるけど。
でもさ、俺らただのオタクじゃん。役者とかではないじゃん。相手のノリに合わせるのも大切だけど、今回は相手のペースに合わせたらダメだと思う。
「いいか西森」
「うん、分かってる。ここはまずボクから行くよ」
え、何が分かったの?
君はいったい何をするつもりなの?
俺達まだ何の話し合いも出来てないよね。
「ボクのターン、ドロー! 行くよ……イカ墨パスタッ!」
…………。
………………。
……………………。
「うぐッ!? ご……ごめん、トウヤ。ボクじゃ……あの人には……勝てなかったよ」
誰からも反応がもらえなかったからって敗者演じて床に倒れるのやめなさい!
制服が汚れちゃうでしょうが!
そもそも、スカート履いてるのに男の前で無防備な姿を晒すんじゃありません!
「……部長の下着エッロ」
どこ見てんだよお前は!
確かにその位置で寝そべれば部長のスカートの中が見えるかもな。
だけどお前、一人称はボクでも女の子だろ。ボクッ子だけど全力で女の子楽しんでるだろ。
なのに何でそこで女子のスカートの中を見ちゃうんだよ!
そういうのはラブコメ的に男子のすることだろ。男子に間違われる可能性ゼロのお前がやっちゃうかな。どうせやるなら俺がやるべきだろ。羨ましいなこんちくしょう!
でも待て……西森なら聞いたら具体的に教えてくれるのでは?
よし、あとで部長のパンツに関しては聞くことにしよう。きっと友達だから教えてくれるはずだ。
聞いたところで変態扱いされるか、「ボクのを見せてあげるよ」って言われるのがオチ?
バカ野郎!
滅多に見れないものが見れたからこそ興奮するんだろ!
自分から見せてくる奴のパンツなんか見てもな……それはそれで興奮するに決まってんだろ。
「……部長」
「何ですか氷室くん」
決着をつけましょう。
そう告げるように俺は真っ直ぐ部長と視線を合わせる。
室内の空気が徐々に張りつめ、緊張感が場を満たす。
次の紡がれる言葉が勝敗の鍵。少しでもしくじれば俺の負けだ。
とでも脳内で妄想を膨らませているのか、西森は俺と部長を交互に見ながらワクワクしている。
こいつ、人に厄介な人物を丸投げにして楽しむとか良い度胸してるよね。
「ペペロンチーノ……俺の記憶が正しければ、偉人達を召喚して共に戦い、世界を救う。そんなストーリーのアプリゲームの中にそういう名前のオネェがいましたよね? もしかして今の最推しなんですか?」
「ふふ……初音さんの一言からそこまで推測するとは。さすがは氷室くん、優秀なオタクですね。初音さんは部長として嬉しく思います」
嬉しいならもう少し嬉しそうな顔で笑ってくれてもいいんですよ。
今みたいに微笑って感じの顔も嫌いじゃないですけど。
だってこの人、考え方によっては可愛いだもん。
口調は誰にでもですます付ける丁寧口調だし。
俺よりも年上でクールなミステリアスな雰囲気出してるのに、一人称が自分の名前にさん付けだし。そこにメカクレも加わるわけだよ。
年上×メカクレ×ミステリアス×一人称が自分の名前にさん付け×訳の分からん一言……とか、西森に負けないくらい属性モリモリじゃん。
普通に接するのは恥ずかしくて出来ないからこのキャラを演じてる、とか考えると何か可愛くね?
というか、こんな風に考えでもしないと相手にしてられなくね?
何でうちの学校の女子って美人であれば美人であるほど、オタクで性格に一癖も二癖もあるのかな。
まあそれがあるから、様々な美人が揃っている部活動に入っててもそこまで妬まれてないわけだけど。
「ということは正解ですか?」
「いいえ、不正解です。残念ですか?」
「いえ全然まったく。でも正解は知っておきたいですね」
今後もこういう絡みはされるだろうからそのときの対策を練るために。
「正解ですか? ふ……氷室くん、その考え自体がすでに不正解です」
「というと?」
「正解なんて存在しないのですよ。何故なら初音さん、ただ何となくで言っただけですので」
ドヤ!
表情はそれほど変わったように見えないが、そういう擬音語が付いているように見える。
この1ヵ月で俺がこの人に慣れたからなのか。
それともこの人に視覚的情報を操る特殊能力でもあるのか。
普通なら前者しか考えられないわけだが、何故かこの人に関しては何かしらの能力があっても納得しそうな自分が居る。
「でも嬉しかったですよ。先輩の適当な発言にも全力で対応してくれる後輩が居ることを実感しましたから」
「そうですか。じゃあ今後は部長の適当な発言はスルーさせてもらいます」
「そんなことしたら初音さん泣きますよ?」
「泣けばいいのでは?」
「女の涙が見たいなんて氷室くんは度畜生ですね」
そういう解釈するあなたが度畜生だと思います。
「ちゃんと相手してくれるならパンツくらいなら見せますよ」
「……結構です」
「ふふ」
今……間がありましたよね?
そんな風に言いたげな顔である。
でもさ、俺はこう言いたい。
美人にパンツ見せるって言われたら多少なりとも考えちゃうでしょ!
考えることもなくノーと言えるなんてそいつは男じゃねぇ! 仮に男だとしてもそいつの男としての機能は枯れてる!
「もう一度だけ聞きます。初音さんに誠心誠意対応してくれるならパンツくらい見せてあげますよ」
「……結構です」
あ、また間があった!
お前ってむっつりスケベじゃん。見損なったわ。
とでも言いたい奴、言いたいなら勝手に言ってろ。俺は年頃の男子だ。性欲だって人並みにある。異性に興味だってある。だから何度聞かれても多少は考えるんだよ分かったか!
「そうですか、それは残念です」
あのー残念なんですかね?
そのまま解釈しちゃうと部長が人にパンツを見られたい変態ということになるんですが。
それとそこの金髪ハーフ。
何ならボクのを見せてあげようか? と言いたげにスカートを両手で抓むのやめなさい。
あなたも女の子でしょ。
そういうハレンチな行為は控えなさい。そういうのは好きな奴にだけやればいいから。年頃の男子の純情を弄ぶのはやめて。
「すみません、遅れました!」
少し慌てた様子で部室に入ってきたのは、二次元愛好創作部の最後のひとり。我がクラスの人気者である月島つかさだ。
忘れている人が居るかもしれないのでここで改めて宣言しておこう。
月島つかさはオタクである。本人にも隠す意思はあまりない。
しかし、教室での言動や発せられる雰囲気にオタク感がないからなのか、彼女をオタクだと認識している人物は少ないように思える。
月島さんがオタクなわけないよね。
そんな幻想を周囲が勝手に抱き、この部活に入っているのも数合わせのために仕方なくだとか、自由時間が多く持てそうだから入ったなんて思われているのかもしれない。
でも現実は違う。
何度でも言おう。月島つかさはオタクである。男性向けのHなものだって、女性向けのBでLなものだって楽しめるオタクなのである。
「えっと……この状況はまだ部長の話は始まってない感じですか?」
「はい、まだ話はしていません。氷室くん達には初音さんの小話に付き合ってもらっていました」
「よかった……」
つかさは、部長の言葉に肩を撫でおろす。
「とはいえ、本当に遅れてすみませんでした」
つかさは深く頭を下げる。
遅れた理由は、おそらく男子生徒に呼び出されていたのだろう。呼び出された理由は恋愛絡みで、告白の返事でもしに行っていたに違いない。
何故こう思えるかというと、今月だけでそういうことが何度か起きているからだ。
告白されたら律義に直接顔を合わせて返事をする。
開始の時間が決まっているわけでもない部活動に少しでも遅れようものなら、部室まで全力で走って、きちんと頭を下げて謝罪する。
こういう時に垣間見えるつかさの真面目さに関しては、俺も素直に評価している。根は常識人であり、悪い奴ではないのだ。
だが……そういう一面があると知っているだけに普段の不真面目さというか、茶目っ気にマイナスの感情も抱いちゃうよね。
普段から真面目にしてくれたらいいのに。真面目さ全開なオタクが居ても俺は良いと思います。
「謝らなくて大丈夫ですよ。ふたりが来たのもついさっきですし、他の部活のように明確に何かするわけでもありませんから」
「でも今日は大切な話があるって……」
「そうですね。確かに皆さんには大切な話をしなくてはなりません。ですが、だからといってこれまでののんびりとしたスタンスを崩すつもりはありません。初音さんはのほほんとした楽しい時間を過ごしたいのです」
何で最後に自分の願望みたいの付けちゃったんだろう。
最後のさえなければカッコいい感じで終われてたのに。
まあでも終始カッコいい感じにされても困るけど。非の打ち所がない部長とか接し方に困るし。人間としても部長としても完璧なムーブされたらこれまでみたいに狩る口を言ったりもできないだろうから。
そういう意味では、俺はそれなりにこのメカクレ系オタク先輩とのやりとりを楽しんでいるのかもしれない。
「というわけで、いつものようにダラダラ自分勝手にしてください。この部屋に居て話を聞いてもらえれば十分ですので」
本心で言っているのだろう。
だがそれがかえって俺達を真面目な雰囲気にさせた。
何故なら俺達は部長も言ったように普段ダラダラ自分勝手に過ごしている。特に集まる理由がない時は、部室に顔を出すこともなく漫画の新刊を買いに行ったりするくらいだ。
それだけに大切な話があると招集を掛けられたら危機感のようなものを覚える。
俺達はテーブルを囲むように普段使っているイスに腰を下ろす。
「皆さんは本当に良い後輩ですね。良いオタクですね」
言い直す必要ありました?
と、いつもならツッコミを入れたいところ。だが今回はダメだ。それをすると真面目な空気に水を差すことになる。
それに……何だか部長に負けた気分になる。
だってこの人、絶対この真面目な空気を壊そうとしてるもん。じゃないと今みたいな言い直しする必要もないし。
頑なに態度を変えない俺達に根負けしたのか、ようやく微笑をこぼしていた部長も真面目な顔を浮かべる。
「では……話を始めるとしましょう」
「「「…………」」」
「今日の昼休み、生徒会長に呼び出されてある話をされました。詳細を事細かに話しても時間の無駄ですので、簡潔に重要な部分だけお伝えします」
ごくり。
……西森さん、部長が真面目かつ真剣な空気出してるからその気持ちは分かる。でもわざわざ喉が鳴らせる必要ありました? ないよね?
部長の次の言葉が出たら騒いでもいいはずだからもう少しだけ我慢しよ。
大丈夫、きっとあなたにならそれが出来る。だって高校生だもん。
「我々が所属している二次元愛好創作部ですが……このままだと廃部になります」
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