第4話 「女の子と手を繋げるのに?」

 放課後。

 うちの高校は文武両道を謳っていることもあり、理由がない限りは生徒は何かしらの部活動に入らなければならない。

 であるが故に俺もとある部活動に入部している。

 その部活動の名は、二次元愛好創作部。

 二次元部だの愛好創作を略して愛創部だの色んな名前で呼ばれたりするが、部活内容は名前のとおり二次元好きが集まり、二次元を味わい、二次元について語る。時として漫画やラノベを作ってコンテストに応募する。そんな感じだ。

 過去の先輩方には漫画やラノベを制作し、企業への持ち込みやコンテストに応募してプロになった人もいるらしい。

 その実績があるからこそ、普段はオタク達の溜まり場にしかなりえないこの部活動は今も健在なのだろう。

 ただ、この部活動に入るということは、世間に自分はオタクであることを公表することに等しい。それだけに臆病というか後ろ指を指されたりするのを恐れるオタクはこの部活動には入らない。

 またうちの学校で実績を残しているのは体育会系。絶対部活動に入らなければならないとなれば、世間体や異性受けを狙って体育会系に入る者も多い。

 そのため、愛創部の部員は現在俺を含めて4名。

 そのうち3名は1年生であるが故に先輩はたったの1人だ。

 俺達が入部しなければ愛創部は休部の危機だったこともあってか、嫌な先輩風を吹かせることもない。


「トウヤ、置いて行かないでよ!」


 立ち止まりながら首だけ振り返ると、金色の髪が揺れていた。

 さっき俺の入っている部活はオタクの集まり、みたいな説明はしましたね?

 なら分かっていた人も多いことでしょう。

 そう、部員のひとりは我が友人である西森シノンさんです。

 わざわざ声を出さなくても良いと思いません?

 だって走るんならすぐに追いつけるわけだし。

 声なんか出したら周囲の視線を集めちゃうじゃないですか。周囲にあのふたり一緒にどこか行くんだって思われちゃうじゃないですか。

 何より……西森さんが走ると制服の上からでもはっきりと分かる大きなお胸が揺れるから目のやり場に困るんだよね。

 こちとら思春期真っただ中の男子高校生ですよ。下半身が元気になっちゃったどうするの。

 だからこそ、こう言わせて欲しいよね。眼福です! と。


「一緒に行く必要あるか?」

「第一声がそれってひどくない? ボクら友達じゃないの?」


 友達っていつも一緒じゃないといけないの?

 いやまあ友達とは思いますけどね。俺が合図もなしに歩き出しても寸分の遅れもなく付いて来るわけだし。それはもう阿吽の呼吸の域ですよ。


「友達だろうと別行動するときはするだろ?」

「そうだけど……トウヤはボクと一緒に行くの嫌なの?」


 嫌です。

 だってこういう時に女の子らしい顔するから。

 そんな顔されたら嫌だって言えないじゃないですか。嫌だって言おうものなら周囲の人間から受ける評価は最悪になっちゃうし。


「嫌だとは言わない……」

「顔は嫌そうなんだけど」


 いやだって、ねぇ?

 どうせ部室に行けば顔を合わせるんだし、朝から今まで同じ教室に居たんだし、休み時間の度におしゃべりして、昼食だって一緒に食べたんですよ。

 なら部室に着くまでのわずかな時間位一緒じゃなくてもいい。ひとりになる時間が欲しいなって思っちゃうじゃないですか。俺だって人間だもの。


「単純に寝不足なだけだ」

「本当かな? まあ今日のトウヤは朝からそんな顔だったと言えば、そんな顔だったけど」


 ここでちゃんと『今日の』とか付けるあたり友達だよね。

 ここでもしも『普段から』とか言われてたら堪ったものじゃないし。だってこれだと俺が普段から不機嫌そうな顔してるってことになるんだから。

 俺だって人並みに笑ったり、喜んだりしますよ。少なくとも普段は今日より良い表情しているはずですよ。だって今日は寝不足な上にこのオタクの相手で疲労困憊だし。


「うん、そのはず。だって普段はもう少し良い顔してるし。今日は普段より2割増しくらい目つきが鋭いもん」


 断定で言い切るとかこの子どんだけ俺のこと見てんの。

 というか、目つきが鋭いとかあまり言わないでくれないかな。そのへんちょっと気にしてるんだから。コンタクトじゃなくてメガネにしてるのだって目つきを気にしてのことだし。


「西森」

「うん?」

「お前には前に言わなかったか? 俺は自分の目つきのこと気にしてるって」

「あぁうん、言ってたね」


 あれー凄くさらっと返されてしまったぞ。

 悪びれた様子もないし、この子には良心というものがないのだろうか。


「友達が気にしてること堂々と言ってるのに何も思わないんですか?」

「事例として捉えた場合、何も思わないわけじゃないよ。でもボクの主観で言えば、ボクはトウヤみたいにキリッとした目つきの人が好きだからね。だからトウヤがここでメガネを外したとしても気にしないよ」


 とびっきりの笑顔で言われた。恥ずかしげもなく堂々と言われた。

 ねぇ誰か……この全力で女子楽しんでる系ボクッ子を二次元に連れて行ってくれない?

 こんな主人公を現実に野放しにしていたら勘違いする輩が増えちゃう。

 だって考えてもみてよ。オタクなんてリア充認定されるような人間でもない限り、美人に笑顔で好きだとか言われることないでしょ。

 美人に笑顔で好きだとか言われたら勘違いもしたくなるじゃん。今回は勘違いしちゃってもおかしくない発言じゃん。

 俺は勘違いしないけど。

 だってこの子とこの1ヵ月、毎日のように朝から放課後、場合によっては夜もおしゃべりしてきたんだから。

 人間としても男としても嬉しいとは思うし、ドキドキがないわけでもないけど、

さすがに勘違いしちゃう思考はできません。


「というわけで、メガネ外しても良いよ」

「外しません」

「何で? あ、自分で外すんじゃなくてボクに外してほしい的な?」

「違う」


 まずメガネを外そうとするのをやめなさい。

 視力が下がって危ないでしょうが。

 メガネがなくてもどうにかなると言えばなるけど、小さな字とか見えないのって結構なストレスだからね。

 それによく見ようとすると、自然と目つきも鋭くなったりするし。そうなったらあの人何か怖いんだけど!? ってことにも繋がるじゃん。俺に良いことが何もない。


「そこまで頑なに言うなんて……もしかしてトウヤってメガネが本体?」

「単純に視力が落ちるから言ってるんだ。メガネ外したのが原因で転んだらどうする?」

「そんなことなら対策できるよ。トウヤがメガネを外したら、ちゃんとボクが手を握っててあげるし。その状態で仮に転んだとしてもラッキースケベが起こったりするだけだからトウヤからすれば美味しいでしょ?」


 何がでしょ? なんですかね。

 その状況下でラッキースケベを受けるのが自分だって分かって言ってる?

 俺は男で、あなたは女なんですよ。

 あなたは男に胸を触られたり、股に顔面を埋められたりしても平気なんですか?

 もし平然と平気だって言うのなら俺はお前に二次元禁止令を出します。


「男としては美味しいのかもしれんが、学生としては全然美味しくない。そんなところを誰かに見られたら最悪だ。俺は卒業まで変態扱いされる」

「そこは大丈夫。ちゃんとボクがボーイフレンドとイチャコラしてたら転んじゃいましたって言うから」

「それだと周りから西森と付き合ってるって認識されるんですが?」

「何か問題ある?」


 変態扱いされるよりマシでは?

 と言いたげな顔だ。いやまあ確かにマシだとは思いますけど。

 でもこうそうなっちゃうと変に意識しちゃいそうだし、これまでのラフな付き合いが出来なくなりそうというか……。


「問題なさそうだね。じゃあ、メガネ外そうか」

「断る」

「まだ断るの? 女の子と手を繋げるのに?」

「断る」

「もしかして……ボクって女の子認定されてない? それとも手を繋ぐなんて行為はつかさちゃんと何度もやってるからそこまで効果がないとか?」

「俺としては、お前のそのメガネを何が何でも外そうという熱意がどこから湧いてくるのかが1番の疑問だよ」


 俺のメガネを外したところで特に意味もないし。


「くっ……まだまだボクの女子力が足りないということか。女としての魅力が足りないということなのか」

「自分磨きの精神は素晴らしいが、そういう発言を人前でするなよ」


 お前、外見は整ってるんだから場合によっては恨みを買うだろうし。


「くそ、トウヤがポニーテール萌えとかだったりすれば攻略の糸口が見えるかもしれないのに」

「前言撤回だ。お前は自分を磨け。外見じゃなく内面の自分を」

「トウヤ、ボクはありのままのボクを受け入れてもらいたいんだ。君がそうであるようにね」


 勝手に同類にしないでください。

 俺は必要であれば謙虚にもなるし、下手にも出ます。敬語だって使います。

 君との共通点なんてオタクであることくらいなものです。それ以外は認めません。


「それとメガネは外さなくていいよ。でもいつの日か必ず外させてみせる」

「だからお前のその熱意はどこから湧いてるんだ? その熱意で絡まれる方が嫌だから、外して何も起こらない状況ならいつでも外してやるわ」

「ダメだ! それだとボクがトウヤを攻略したって実感が湧かない!」


 そんなもの湧かなくていいと思います。

 俺は乙女ゲーの攻略対象キャラではありません。まあこいつはギャルゲーやエロゲーもするからヒロイン扱いされてる可能性もあるけどな!

 でもどちらにしても攻略したって実感は湧かせない。だって俺はゲームのキャラじゃなくて生身の人間だから。


「それ以上に……トウヤにはちゃんとボクのこと見て欲しいし」


 髪の毛を弄りながら何か言い出したんだけど!

 でもね、全然グッと来ない。間とかは完璧なんだけど、全然恥ずかしそうにしてないせいか萌え成分が足りない。


「お前って……」

「よく見たら可愛いな、的な?」

「姫プレイさせたら上手そうだよな」

「ねぇトウヤ、人を打算的な女みたいに言うのやめてもらっていいかな」

「打算じゃなくて天然でやってるのだとしたら、お前はオタク男子にとって無自覚系難聴主人公並みに質が悪いぞ」

「あはは、世の中に打算がない女なんて居るはずないじゃないか。誰しも少なからず打算的な部分はあるんだし。だからボクは悪くない。それとボクは誰かに貢がせるくらいなら自分で取りに行く。なので姫プレイとかありえない」


 まあ確かに。

 同じ日にゲームとか買っても俺よりほぼ確実に先に進んでるからな。こいつが誰かに貢がれるとかありえないか。誰かに貢ぐことはありえそうだけど。



「ところでトウヤ」

「今度は何だ?」

「昼休みに部長が大切な話があるって言ってたけど、何なんだろうね?」


 ……部室を目の前にして言うことじゃないな。

 だっていつも部長は、鍵開け担当でもあるから誰よりも先に部室に来ているし。

 おそらく今日も誰よりも先に来ているわけで。中に入れば必然的にその話をされることになる。

 つまり、ここで予想するのはかえって時間の無駄でしかない。


「中に入れば分かるだろ」

「それもそうだね」


 ドアに手を掛けて横向きに力を加える。

 漫画やライトノベルが大量に並べられた本棚、フィギュアやプラモデルが飾られているケース、漫画などが描ける作業台、ネットに繋がれ創作に必要なソフト完備のPC……など、二次元に満たされた空間が広がる。

 その中央にはテーブルがあり、ひとりの女生徒が鎮座していた。

 あなたはどこぞの秘密組織の司令官か。



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