第3話 「ボクのこと名前で呼ぶだけじゃん」
毎度のようにつかさとは一緒に登校しているが、自分の教室に入る時には自然と距離が出来る。
理由は単純にして明快。俺とつかさの交流関係の差だ。
クラスの人気者であるつかさには、自分から声を掛けに行く者が多い。中にはお近づきになりたくて声を掛ける者も居るだろう。
それだけに自然と人だかりが出来やすい。
場合によっては360度を人に囲まれるわけで、その状態でソロになった俺の速度についてこれるはずもない。
というわけで、教室には毎日俺の方が先に着く。
教室に入って挨拶を交わすのは声を掛けてきたり、すれ違う相手にのみ。
人それぞれ自分のしたいことをしているのに、それを遮るように大声で挨拶をしたりしない。
「おはよう、トウヤ」
自分の席に到着すると、それとほぼ同時に声を掛けられた。
淡い金色の髪に澄んだ青色の瞳、肌の色もクラスメイトと比べると白い。
この情報だけ聞けば在日の外国人だと思う者も居るだろう。
だが正確には日本生まれ日本育ちのハーフである。
名前は西森シノン。つかさに負けず劣らずの美人さんである。外国人の血が半分混じっているからか、女子の平均よりも背も胸も大きい。
人より暑がりなのか、基本的に制服の上着は脱いでいる。だからこそ、男子の視線は一部に集中したりしなかったり。
これだけ聞けば、つかさに負けない人気者だと思うだろう。
面倒事を嫌う俺は関わりたくないと思うに違いないと推測するだろう。
その予想は正しい。2週間ほど前までならば。
「おはよう西森」
「シノン」
「ん?」
「シノン、だよトウヤ。分かってるのに惚けるのはいただけないな。それが許されるのはラノベの主人公だけだよ」
今のセリフでピンと来た者も居るだろう。
そう、西森シノンはオタクなのである。自分からオタク的な会話を進んでやるほど、二次元が大好きな女の子である。
その知識の深さは時として俺やつかさを凌駕し、並のオタクでは歯が立たないこともあるくらいだ。
故に入学した頃はつかさに負けないくらい人気のなった西森も、この1ヵ月で見事に自分がオタクであることを普及し、交流の幅を狭めてしまった。
本人としては、二次元の話が出来る相手が少なからずいれば問題ないようなので気にしてはいないようだが。俺としても気兼ねなくそういう話が出来る相手が居るというのは嬉しい限りである。
ただ……それに平行して「オタク同士気が合うんだよ」とか「ある意味お似合いだよね」なんて言葉も出たり出なかったりしているようなので、そこだけは注意すべきポイントかもしれない。
「そうだな。西森の下の名前はシノンだな」
「またそうやって惚ける。トウヤ、君はボクが言いたいことが何か分かっているだろ?」
「西森じゃなくてシノンと呼べという催促だろ? それは分かってるが……下の名前で呼ぶのって必要なことか?」
「必要だよ。何故ならボク達は友達じゃないか。某魔法少女も言っていた。名前で呼んだら友達だって。逆説的に名前で呼ばないと友達とは言えない。今のボク達の関係だと友達とは言えないんだよ」
いや、あの作品はその逆説までは言ってなかったと思う。
あくまで友達の作り方が分からない子にひとつの答えとしてそれを言っただけで。
個人的にはどんな呼び方をしていようと、互いに絆があるならそれはもう友達だと言えると思う。
「俺は名前なんて呼ばなくてもお前のこと友達だと思ってるって」
「ありがとう。でもボクは下の名前で呼んで欲しいんだ。その方が嬉しいし、西森よりシノンの方が音としても可愛い感じがするから」
ボクなんて一人称使う奴が何を言っているんだ。
と皆さんは思いませんか?
ボクッ子って普通そういう一面は隠していて、あとでバレてテンパる。
そういうのが様式美だって思ったりしませんか?
俺もね一時期はそう思ったりもしました。
だけどこの西森さん、ボクッ子で二次元好きなのにボクッ子って概念を簡単に覆そうとするの。
一般的にボクッ子ってショートヘアーが多くて、ボーイッシュな感じが多いじゃないですか。恋に目覚めたりしたら髪の毛を伸ばしてみたり、女の子らしい服装をするじゃないですか。
でも西森さんは、現状で髪の毛を肩甲骨くらいまで伸ばしてます。
気分によっておさげにしたり、ポニーテールにしたり、ハーフアップにしてみたりと結構女の子であることを楽しんでます。
休日に何度か会った時なんかは、ジーンズでカッコいい系だったり、ワンピースで清楚系に決めたりと自分の可能性を大いに楽しんでいるようでした。
まあつまり何が言いたいのかって言うと、西森さんは女の子なんだから女の子を楽しむのは当然じゃないか系ボクッ子ってことです。
「そうか。でも俺達はまだ顔を合わせるようになって1ヵ月だぞ?」
「まだ、ではなくもう1ヵ月だよ。こうして毎日のようにおしゃべりするし、同じ部活動にも入っている。それに連絡先の交換だってしているし、同い年なんだからいい加減シノンって呼んでくれても良いんじゃないかな?」
それはそうかもしれないんですけど……
そういうのって自然と呼ぶようになるものと言いますか、相手からそう呼んでよ言われると地味にプレッシャーを感じちゃうんですよね。男子だったらそうでもないんですけど。
え、それは女性差別?
だったらあなたが俺の代わりに実践してみせてください。結構最初の1歩踏み出すのに勇気いるから。何とも言えない羞恥心が芽生えちゃうから。
というか、俺だって年頃の男の子なんです。
いくら自分以上のオタクとはいえ、女子から名前で呼んでって言われたら思うところもあるって。そこを理解してください。
「それとも……もしかしてつかさちゃんに禁止されてたりする?」
「は?」
何故ここであいつの名前が出るのだろう。
「だってトウヤが下の名前で呼ぶ相手なんてつかさちゃんくらいだし。みんなに内緒で付き合ってて、他の女の子とあんまり仲良くしたらダメって言われてるのかなって」
「そういうの冗談でも言わないでくれます? あいつとは前から付き合いがあるから名前呼びなだけで、付き合ったりとかしてないから」
「でも一緒にゲームしたりはしてるよね? 昨日も夜遅くまでしてたみたいだし」
そうですね、してましたね。
あなたは深夜アニメをリアル視聴するために途中まで《スーパーメカニカル大戦》をプレイしていたもんね。
「ボクも一緒にやりたかったな」
「だったら入って来れば良かっただろ」
「それは出来るわけないじゃないか。せっかくのふたりだけの時間なんだし。それにモンスレは2人プレイだと2人用難易度になるだけだから問題ないけど、3人プレイだと4人用難易度になっちゃうからね。そういう意味でもボクはお邪魔虫だから参加しなかったの」
こちらのことを最大限考えましたよ、と言いたげなもっともらしいことを言ってはいる。
だが俺はこう思ってしまった。
ああだこうだ言ってはいるが、単純に西森にはモンスレ以上にやりたいゲームがあって、深夜アニメリアルタイム視聴という己が信念のために参加しなかっただけなのでは? と。
とはいえ、これを言葉にしたりはしない。
オタクにはそれぞれ譲れないものがある。貫きたい想いがある。
ここでリアルタイム視聴やめれば? なんて言えば、西森のオタクスピリッツが刺激されて不機嫌になるかもしれない。最悪「よろしい、ならば戦争だ」みたいな発言をするかもしれない。
触らぬ神に祟りなし。平穏な時間を過ごすためにここは大人しくすることにしましょう。
「そうですか。西森さんは友達思いの良い女ですね」
「ありがとう。でもそう言ってくれるならお礼があってもいいんじゃないかな?」
「それとこれとは話が別です」
「ボクのこと名前で呼ぶだけじゃん」
「呼んだらギリギリで踏みとどまっていそうな俺達ある意味お似合いじゃね? みたいな噂が実体化しそうじゃん」
陰口のようにそういう話されるのあなたも気分良くないでしょ。
面と向かって「西森さんと付き合ってるの?」って言われるのも嫌だけど。
恋愛相談がしたいときはこっちからするっての。他人の恋愛に探りを入れる前に自分の恋愛のこと考えて欲しいよね。
「え、トウヤそんなこと気にするの?」
「気にするよ。俺も年頃だし。西森も俺とあらぬ噂とか立つと嫌でしょ?」
「ううん、全然まったく」
「……マジで?」
「マジだね。言いたい人には言わせておけば良いと思うし……ボクはトウヤがボーイフレンドで問題ないよ。今のところトウヤがボクと1番趣味が合うし、気兼ねなく話せるオタク友達だから」
ここまで堂々と言えるのはハーフだからかな。
純粋な日本人なら多分言えないよね。言えるのは主人公補正が働きそうな人物くらいだよね。
西森さんマジパネェ。
俺を主人公とするなら西森さんはヒロインなんだけど、正確で言えば俺より主人公じゃんって言いたくなっちゃう。
というか、今の言葉を信じるなら西森さんの好感度かなり高いのでは?
女子からここまで好感持たれるとか人生で初めてなのではなかろうか。話しやすいオタクだからっていう特別感ゼロな理由でだけど。
でもでも、ここで「試しに付き合う?」的な発言したら人生で初めての彼女が出来てしまうのではなかろうか。
あぁ彼女が欲しい! って強く願ったことはないけど、彼女が出来たら出来たで価値観は変わりそうだし。
どうする? どうする氷室統夜……
「あ、もちろんハーレムを作ってくれても構わないよ。トウヤは夜を統べる人だし、ちゃんとボクのことも愛してくれるのなら全然問題ないから」
前言撤回。
こんな現実に二次元思想持ってくる奴に何を本気で考えているんだ。
こんな奴と付き合うとかバカらしい。
「西森、日本という国は一夫多妻制を認めていないんだよ」
「大切なのは籍を入れることよりも当人達の気持ちじゃないかな」
「そうかもしれない。そうかもしれないが……俺は俺自身に何人もの女性を幸せに出来る器量があるとは思えない」
「ダメだよトウヤ。トウヤはまだ高校生なんだし、今の器量でダメでも未来があるじゃないか。諦めたらそこで試合終了だよ。男なら夢は大きく持たないと」
うん、そうだね。
もしも俺の将来について話していたのなら凄く背中を押されたと思う。
でも実際はハーレム作ろうぜ! って話なんだよね。
西森、ここは異世界じゃないんだよ。
俺達は異世界に召喚されたり転移したり転生したりしないんだよ。
初デートで殺されて、悪魔の先輩に出会って蘇る。
そんな人生も起こりえないんだよ。なのに「ハーレム王に俺はなる!」とか言えるわけないじゃん。もし言ってたら白い目で見られて高校生活終了か、家族に精神科に連れて行かれると思う。
「西森、お前はもっと現実を見た方が良いと思う」
「ボクはちゃんと現実を見ているよ。ここだけでなく物語の中の現実もね。ボクはきちんと『今』という時を楽しんでいる。だから心配ご無用さ」
何か……こいつと友達やめたくなってきた。
このペースで絡まれるとなると、いつの間にか教室に来ていたつかさと絡む方がまだ楽かもしれない。
でもこれはつかさ単体での話だからね。
学校でのつかさは基本的に数人に囲まれてる感じだからそこに入って行くのは嫌です。嫉妬や黄色い視線を浴びたいとは思わないので。
よし、西森の相手を頑張ることにしよう。つかさの方を見てると、あとで
『さっき私のこと見てたよね? もしかして……私に惚れちゃった? 見惚れてたのかな?』
という感じにニヤニヤしながら言われるに決まってる。
「そうか。なら今後一切お前の心配はしないことにしよう」
「トウヤ、そういうのは世間一般的に意地悪と言うんだよ。それとも……そうやってボクの気を引こうとしているのかな? だったらごめん。ボクが無粋だったよ」
「人を素直になれなくて好きな人にいたずらする小学生みたいに言うのはやめろ。マジで言ってるのならしばらくお前と話すのやめるぞ」
「2コマくらい?」
2コマってどんだけ短いんだよ。
それだとしばらくって言葉と釣り合いが取れんわ。
「西森……せめてそこは放課後くらいって言ってくれ」
「それは無理だね。ボクは昨日からトウヤとオタクトークしたいのに我慢していたんだから。今日の朝なんてトウヤと話したくていつもより早く家を出ちゃったし。我慢するにしても2コマが限界だよ」
「そうですか……じゃあ2コマだけでいいんで我慢してください」
その合間の休み時間とかで仮眠取って少しでも元気を取り戻しますんで。
今日の放課後は部活があるけど……俺、今日乗り越えられるかな。本気でやばかったらさっさと帰って寝よう。あの部長ならきっと分かってくれるはず。
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