第69話 その日の帰り道2-1

 あれから俺達は、面倒を避けるために警察に見つからぬように倉庫を出た。

 そして六面港の入り口で霧子救出部隊を解散し、各自家路についた。

 金田はともかく、付き合いが浅いにも関わらずに霧子を助けに来てくれたみんなにはいくら感謝してもしきれない。今度飯でもおごらなきゃな。


「うへへ、お兄ちゃんの背中あったかい」

「動くなよ。落ちるぞ」


 肝心の霧子は、無理して霧子ブラストを放ったせいであの後ぶっ倒れて歩けなくなった。おかげで今は俺の背中におんぶされ、すっかり夜になった川沿いの土手を家へと向かっている。


 しかし、本当に今日は散々な一日であった。


「なぁ、霧子————」

「ねぇ、お兄ちゃん————」


 同時に声を発した俺達は、少し気まずくなり互いに沈黙する。


「お兄ちゃんからどうぞ」

「いいよ、お前から言えよ」

「……わかった」


 霧子は小さく息を吸い、覚悟を決めた様子でこう言った。


「お兄ちゃん、私やっぱりアメリカに行くね」


 それは、なんとなく予想できた言葉だった。


「私ね、今日の事でお兄ちゃんの事がもっと好きになっちゃった。でも、私がお兄ちゃんを好きだと色々迷惑かけちゃうって事もわかった。それに、お兄ちゃんの周りには安心してお兄ちゃんを任せられそうな人達もいる。だから私、お兄ちゃんを諦めるためにアメリカに行くよ」

「……そうか」


 どうやら霧子は今日の件で、以前言っていた留学の意思が固まったらしい。

 それが霧子の決断で、俺を好きな自分との決別なのだろう。


「じゃあ、次は俺だ」

「……うん」

「まず、俺はお前に謝らなきゃいけない。お前が俺のために滝波さんの本性を黙っていてくれた事に気付かなかった事。それから、この前の喧嘩の事も……。本当にすまない。そしてありがとう」


 俺の謝罪に、霧子はただ一言「うん」と返した。


「でも、正直怒ってもいる。これからは一人で大事な事を抱え込んだりするな。俺とお前は兄妹で、俺はお前の兄貴なんだからな」

「……うん」


 そう、例え義理であろうとも俺達は兄妹だ。

 俺は霧子のたった一人の兄貴で、霧子は俺のたった一人の妹。

 だからこれからは、霧子一人に重荷を背負わせるなんて許さない。

 これからもずっとだ。


 これまでは、兄としての俺の言葉。


「それから————」


 そしてここからが、俺が本当に霧子に言わなきゃならない言葉だ。


「アメリカには行くな」

「えっ?」

 過去を振り切り世界に羽ばたこうとする妹の決断を止めるだなんて、酷い兄貴もいたもんだ。だが、今の俺は霧子の兄である阿佐ヶ谷本介ではなく、一人の男としての阿佐ヶ谷本介であった。


「俺は今まで、自分の臆病さからお前を女の子として見る事から逃げていた。お前を好きになるのが怖くて『普通の恋愛がしたい』だなんて思ってた。でもお前は、そんな俺をずっと守ってくれていた。こんな情けない俺を、兄として、一人の男として想い続けてくれた。だから……だから俺は……兄でありながら、お前の事を一人の女の子として見てみようと思う」


 霧子は何も言わない。

 背後にいるせいで、霧子がどんな表情をしているのか、何を思っているのかもわからない。でも俺は、一人の男として霧子に言いたい。


「俺がお前を好きになるかはわからない。もしかしたらお前を後悔させる事になるかもしれない。でも、俺はお前に近くにいて欲しい。もう一度お前を好きになるチャンスが欲しい。だから霧子……アメリカなんかに行かないでくれ!!」


 俺の叫び声で、辺りに沈黙が訪れた。

 

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