第68話 俺と妹のこれからについて18

「ううっ……うううっ……」


 霧子は自らの手が真っ赤になった頃、顔を上気させながらようやく滝波さんの背中から立ち上がった。俺は何度も「もういいんじゃないか?」と止めに入ろうとしたが、その度に指宿先輩と桜庭に止められた。そして今になって、ようやく遠くからパトカーのサイレンが聞こえてきた。どうやら影山とやらに勝った後で指宿先輩が呼んでいたらしい。


「ま、満足したか?」

「ううん、全然。次会ったら地中深くに埋める」

 そう言った霧子は無表情であった。

 これはマジなヤツだ。


「じゃあ、一件落着という事で、警察が来る前においとましますか」

 指宿先輩の言葉を合図に、俺達は倉庫を去ろうとする。

 すると、そんな俺達に向かって滝波さんが叫んだ。


「阿佐ヶ谷霧子! 覚えてなさいよ! 今度はもっと強い能力者を集めてあんたに復讐してやるんだから!」

 どうやら滝波さんは、まだ霧子への復讐を諦めていないようだ。

 それどころか今回の件は滝波さんの燃え盛る復讐心に余計に油を注いでしまったかもしれない。

 いくら尻を叩かれようとも、人の恨みは簡単には消えない。

 俺達はこれから滝波さんの復讐に怯えながら過ごさねばならないのだろうか。


「どんな凄い能力を持っていようと、そんなしょうもない男に惚れたのがあんたの運の尽きよ! 私に恨まれたからには必ず地獄を見せてやるんだから!」


 しょうもない男————

 確かに滝波さんの言う通りだ。

 俺は霧子を傷付けてしまい、霧子の秘密にも気付かなかった。

 そして今回の件だって、みんながいなければ俺は霧子を助けられなかった。

 俺は男としても兄としても失格のしょうもない男だ。


 霧子はくるりと振り返り、滝波さんを見た。


「しょうもない男?」

「そうよ! そいつはイケメンでも金持ちでもなくて、特技も将来性もない、能力だってないつまらない男よ! そんな男に惚れて私の恨みを買うなんて、あんたは馬鹿よ!」


 自分でもわかっている事だが、仮にも初恋の人であった滝波さんに言われるとやはり悲しい。そうだな、俺はこれまで普通の恋愛がしたいだなんて言っていたけど、こんな俺と恋愛をしてくれる女の子なんているはずがないじゃないか。いるとすればよっぽどの変わり者くらいか……


「……オニイチャンは、しょうもなくなんかない」


 霧子が呟いたその時、倉庫内の空気がサーッと冷たくなったような気がした。


 ズズズズズズ……


 そして辺りに風鳴りのような音が響き始める。

 皆も異変に気付いたのか、辺りをキョロキョロと見渡し始めた。


 そして————


「ねぇ、阿佐ヶ谷君……霧子ちゃんの胸の辺りのあれ、何?」


 稲葉さんに問われて霧子を見ると、霧子の胸の前にソフトボールくらいの真っ黒な球体が浮かんでいた。そして球体は周囲の薄闇を吸い込むかのように、みるみるうちに大きくなってゆく。それに伴い、辺りに響く風鳴りのような音も徐々に大きくなってゆく。


「ま、まずい……!!」

「阿佐ヶ谷君知ってるの!?」

 俺はあの黒い球体に見覚えがあった。


「あれは……霧子ブラストだ!!」

「「霧子ブラスト!?」」


 霧子ブラスト。

 それは、それは霧子の必殺技の一つである。

 あれは俺が中学二年生の頃、年齢通り厨二病気味だった俺は、能力者である霧子に何かカッコいい必殺技を作らせようとした。そして二人で試行錯誤した結果生まれた必殺技の中の一つがあの黒い球体、霧子ブラストである。

 霧子の本来の能力は『異次元空間を通じて移動する事ができる』能力ではない。『異次元空間を自在に操る事ができる』能力なのだ。

 霧子は普段異次元空間の出入り口を開く時、絶妙な能力操作で0コンマ数ミクロンの薄さでこちら側の空間を削り取り、異次元空間と繋げている。もしその細かな能力操作を放棄して、異次元空間の塊をこちらの空間へ出現させたとしたらどうなるだろうか。答えは簡単だ。


 あの球体に触れたもの全てが、跡形もなく異次元空間へと消える。


 そしてあの球体を目標に向けて飛ばすのが『霧子ブラスト』なのだ。

 かつて霧子はあの技で公園の遊具に大穴を開けてしまい、その威力に戦慄した俺達はあの技を二度と使わないように封印したのだ。


「オニイチャンは……しょうもなくなんかないもん!!」


 そんな危険な技を、霧子は滝波さんに放とうとしていた。


「危なぁぁぁぁぁぁぁあいい!!!!」


 霧子がサッカーボールサイズになった球体を掴み振りかぶるのと、俺が走り出したのはほぼ同時であった。

 霧子が腕を振り下ろすのを横目に捉えながら、俺は滝波さんに向かって思いっきりダイブする。

 そして目を見開いた滝波さんの肩を掴むと、抱え込むようにしてゴロゴロと地面を転がった。


 俺と滝波さんは痛みに顔をしかめながら、今まで滝波さんが倒れていた地面を見る。するとそこには、工業機械で空けたかのような綺麗な穴がポッカリと空いていた。


 俺は冷や汗をダラダラとかきながら滝波さんに言った。


「滝波さん。滝波さんの命のためにも言っておく。もう二度俺達には関わらない方がいい」


 滝波さんはまるで壊れた赤べこのように、何度も頭を上下に振った。

 こうして一連の事件は幕を閉じ、俺の初恋は本当に終わったのであった。

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