第67話 俺と妹のこれからについて17
「阿佐ヶ谷君! 霧子ちゃん!」
稲葉さん達三人が俺達の元に戻ってきたのは、霧子が俺に手を借りて立ち上がるのとほぼ同時だった。
みんながあの男達を撒いたのか倒したのかはわからないが、怪我をしていないようで本当に良かった。
「やったんだね、阿佐ヶ谷少年」
泡を吹いて倒れている騎射場を見て、指宿先輩は親指を立てる。
俺はボヤけて見える皆の顔を見渡し、力強く頷いた。
「みんな、ありがとう」
あの日出会った三人の魅力的で素敵な女の子達。
俺にとって彼女達は、初めはただの恋愛対象でしかなかった。
でも今は、心からの感謝の対象である。
彼女達がいなければ、俺は霧子を助ける事ができなかった。
「いいよ、友達を助けるのは当たり前だし。それに、阿佐ヶ谷君にはまだお詫びのジュース奢ってなかったしね」
そう言って稲葉さんは笑う。
「先輩は私のお金拾ってくれましたしね。ていうか、私が戦ったのは霧子ちゃんのためですから! 誤解してたらバチッといきますよ!」
桜庭はビシッと俺の顔に指を指した。
「君達兄妹ってなんか放っておけないんだよね。まぁ、私と阿佐ヶ谷少年は33点の仲だしね」
指宿先輩の胸はいつ見ても豊かだ。
すると、それまで俺の背に隠れていた霧子が前に進み出る。
そしてオドオドと皆の顔を見渡しながら言った。
「み、みんな……ありが……とう。それからその……私今まで……」
言い淀む霧子の手を、皆が無言で握る。
それは、これ以上何も言わずとも霧子の言いたい事はわかっているという合図なのだろう。
俺は今、この三人に出会えて本当に良かったと思っている。
「なぁーに締めに入ってるのよ!!」
振り返ると、そこには怒り心頭といった様子で顔を赤くしている滝波さんがいた。
「バカねあんた達! 私の奴隷があの四人だけだなんて誰が言ったの? こんな事もあろうかと、他にもうちの学校の喧嘩自慢を数人洗脳して裏に控えさせておいたのよ!」
「なんだって!?」
マズい! 俺はもう戦えそうにないし、稲葉さん達にも疲労の色が見えている。これ以上援軍を呼ばれては俺達に勝ち目がないだろう。
「さぁ! あんた達出てきなさい!」
滝波さんが高らかに叫んだ時だった。
ガゴォン!!
倉庫の裏手から轟音が響き、コンテナの影から数人の男達が駆け出してきた。
しかし、その男達はなぜか皆鼻血を流していたり、服が破れていたりでボロボロであった。
「あ、あんた達何があったの!?」
「ひぃーっ!! なんで
男達は滝波さんの問いに答える事なく、蜘蛛の子を散らすように倉庫の外へと逃げて行く。そして男達の後から、騎射場に負けず劣らずの巨漢が姿を現した。
「あれ? なんで阿佐ヶ谷がいるんだ? どうなってんだよこれ。指宿先輩に呼び出されたから来てみれば変な奴らに絡まれるしよ。あ、滝波もいるじゃん」
「金田!?」
金田甲児、十六歳。
金田には全身の筋肉を金属のように硬くする事ができる『
金田はまだ幼い頃にこの能力が発現したのだが、初めは能力をコントロールする事ができずに常に能力が発動していたので、体が重くて運動をする事もままならず、泳ぐ事も一切できなかった。
しかし、負けず嫌いだった金田は修練の末に体が硬化したままでも泳げるようになり、やがて能力のコントロールができるようになると、それまでの反動なのか身長がグングン伸びて全身に上質な筋肉が発達した。
中学に入ると金田はその長身とゴリラ顔のせいでよからぬ輩に目をつけられる事が多くなり、身に降る火の粉を払っているうちにいつのまにか『箱中の鉄人』と呼ばれるようになっていた。俺も金田の喧嘩を見た事はあるが、ヤンキー達を相手にちぎっては投げちぎっては投げ——じゃない! なんで金田がこんな所にいるんだ!?
「むっふっふ、遅れて登場とはやるじゃない。彼は私の召喚獣『鉄ゴリラ君』よ! この前彼に声かけられた時に阿佐ヶ谷少年の知り合いって聞いたから番号交換しといたの」
指宿先輩には本当に頭が上がらない。
ていうか金田の野郎、先輩に声掛けてみようかとは言っていたが、本当に実行するとは思っていなかった……
「さぁて、万策尽きたんじゃないかしら? それともまだ伏兵がいらっしゃるの?」
指宿先輩の言葉に、愕然としていた滝波さんは地団駄を踏んだ。
「わ、私の復讐が……私の計画が……おのれ阿佐ヶ谷本介!! おのれ阿佐ヶ谷霧子!!」
そんな滝波さんの前に、霧子が一歩進み出る。
霧子は少しだけ体力が回復したようではあるが、まだ足取りはフラついている。
「滝波さん、あなたが二年前にお兄ちゃんにした事、正直まだ許せていません。でも、この二年間であなたが私への復讐にどれだけ時間と手間をかけたかと思うと、その執念には感服します」
「な、何が感服よ! 馬鹿にしてるの!?」
「ううん。本当に驚いているんです。でも、このままだとお互いにしこりが残ると思います。だから、能力抜きでケリをつけましょう」
馬鹿な!? 俺は霧子がそんな事を言い出すとは予想だにしていなかった。
「へぇ、面白いじゃないの。私もせめてあんたの面引っ叩いてやらないと気が済まないと思ってたのよ」
滝波さんはそう言って霧子の前に進み出る。
ただでさえ貧弱な霧子が、今の状態で体格差でも体力でも勝る滝波さんに勝てるとは思えない。稲葉さん達も不安げに顔を見合わせていた。
「霧子!」
二人を止めようとする俺を霧子は振り返り、手で制した。
すると、滝波さんはその隙をついて霧子へと襲い掛かる。
「霧子! 前!」
だが、俺の心配は杞憂に終わった。
滝波さんは足元に現れた小さな異次元空間に躓き、ビタンとすっ転んだのだ。
「なっ……能力抜きでって言ったのに……!!」
霧子はそんな滝波さんの背中に飛び乗ると、無表情でバチンバチンとお尻に平手打ちを繰り出し始めた。
「い、痛い! ちょっと待って! 痛っ! 痛いってば!!」
倉庫内にはしばらく霧子が滝波さんの尻を叩く音だけが響き、それは滝波さんの悲鳴が泣き声に変わるまで続いた。
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