第66話 俺と妹のこれからについて16
稲葉さん達は無事だろうか。
そんな事を考える余裕があったのは、俺が滝波さんのボディガードこと
それから俺は騎射場に殴られて吹っ飛び、後はほぼ一方的にボコられ続けている。
俺だってやられっぱなしではいられないと反撃はしているが、残念ながら騎射場には一切ダメージは無さそうだ。
「うらぁ!!」
ガクガクと足を震わせながら繰り出した俺の拳を、騎射場はガードもせずに顔面で受ける。そして鼻で笑うと無造作に腕を振った。
騎射場の拳は咄嗟に腕で顔面を守った俺を体ごと吹っ飛ばし、俺はまた地面に転がされる。自分ではわからないが、多分今俺の顔は酷いことになっているだろう。
さっきから耳鳴りが鳴り止まず、視界はボヤけ、口の中には血の味が充満している。とてもではないが俺は騎射場に勝てる気がしなかった。
「お兄ちゃん!! もう立っちゃだめ!!」
耳鳴りに混じって霧子の声が聞こえてくる。
そうだな、このまま地面に寝転がってゆっくり休もう。でなければマジで殺されるかもしれない。
だが、そうしたら霧子はどうなる。滝波さんに辱めを受けさせられ、俺のようにボコられるのだろうか。そんな事は兄として許すわけにはいかない。
だったら、俺は立ち上がるしかないじゃないか。
「し、しぶといわね……」
再び立ち上がった俺を見て、滝波さんが驚きの声をあげる。
だが、滝波さんの事など今はどうでもいい。
ただ霧子を助けたい。
そして俺のために秘密を守り続けていた霧子に謝りたい。
その想いだけが、今の俺を動かしていた。
「しつこい野郎だ」
騎射場の膝が俺の腹に叩き込まれ、俺は胃の中にあるものを全て吐き出しながら、また倒れる。
「お兄ちゃん!!」
目が眩み、霧子の顔はもうはっきりとは見えない。それでも、霧子が泣いている事は声でわかった。
「ふん、俺に勝てると思っていたのか?」
『バーカ! 俺に勝てるわけないだろ!』
騎射場の声が、遠い記憶と重なり二重に聞こえた。
昔、同じ様な事があった気がする。
あの日も霧子は地面に倒れた俺を見て泣いていた。
そうだ、あれは七年前、俺が『本当に』霧子の兄になったあの日だ。
あの日公園で霧子をいじめていたのは、騎射場と同じような能力者だった。
あの時俺はカッとなってあいつを投げ飛ばしたけれど、その後今みたいにボコボコにされたんだ。
「能力者でもないくせに、馬鹿な奴だ」
『能力者でもないくせに、生意気だぞ!』
あの時俺はどうしたんだっけ……?
そうだ、確か俺は————
「……違う。俺は能力者だ」
「何?」
俺はフラつきながらもなんとか立ち上がる。
記憶と共に、身の内から沸々と熱湯のように熱いものが込み上げてくる。
そして俺の耳に、先日自転車の荷台で霧子が言った言葉が蘇ってきた。
『そんな事ないよ。お兄ちゃんは凄い能力を持ってるよ』
そうか、だから霧子はあの時あんな事を言ったのか。
俺はどうしてこんな大切な事を忘れていたんだろう。
「俺の能力を教えてやる……俺の能力はな……」
そう、俺はあの時こう言ったんだ。
「妹のためなら、どんな奴にでも立ち向かえる能力だ!!」
今思えばあの時の言葉はただの虚勢だった。
だけど今は違う。
俺は本当に、心の底から霧子の事を大切に思っている。
だから俺は、どんな手を使ってでも————
俺は騎射場に向かって駆け出し、最後の技を放った。
「アニキ・アイアンクロー!!」
ガッ!!
俺の右手にある五本の指がガッシリと騎射場の顔面に喰い込む。
しかし騎射場は、全国高校生男子平均握力を誇る俺の必殺技を喰らいながらもニヤリと笑った。
「ふん。立ち向かうだけならバカでもできるわ。どうした? それだけか?」
だが、俺ももちろんそれだけで騎射場に勝てるとは思ってはいない。
「妹相手には使えねぇ技ってもんがあるんだよ」
「何っ!?」
そう、この技は霧子には絶対使えない。
「アニキ・アイアンクロー・ツイン!!」
空いていた俺の左手が、アッパーカット気味に勢いよく騎射場の睾丸を掴んだ。
「ガハァッ!?」
騎射場は激痛と衝撃に目を白黒させ、口から涎を垂れ流す。
「いくら筋肉を強化できようと、ここまでは鍛えられねぇよな!?」
しかし、それでも騎射場は俺を引き剥がそうと肩に掴みかかってきた。
騎射場の万力のような力に肩の骨がメキメキと悲鳴をあげる。
だが、ここで勝機を逃すほど俺もお人好しではない。
「成敗!!」
ゴリュッ
俺は二つ仲良く並んだ騎射場の睾丸を強く擦り合わせる。
その瞬間、騎射場の全身から力が抜け、騎射場は口から泡を吹きながら白眼を剥いて気を失った。
「き、騎射場!? 何やってるの!? 立ちなさい!!」
騎射場に向かって喚く滝波さんを尻目に、俺は倒れている霧子に歩み寄る。
そして手を差し出して言った。
「霧子、帰ろう」
「……うん!!」
霧子は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔に満面の笑みを浮かべながら、俺の手を取った。
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