第62話 俺と妹のこれからについて12
時は今から一時間前に遡る。
滝波さんからの電話を受けた俺が、通話の途切れたスマホを手に六面港へ走り出そうとした時、指宿先輩が俺の腕を掴んだ。
「阿佐ヶ谷君、ちょっと待った!」
「すいません先輩! 俺行かないと! 霧子が、滝波さんが!」
パニック状態になっていた俺は一刻も早く六面港へ向かわなければならないと思い、指宿先輩の手を振り解こうとする。しかし、指宿先輩は更に強く俺の腕を握った。
「それは聞こえてたからわかってる。でも、今の電話怪しくない?」
「あ、怪しい? もしかして、能力で何か感じたんですか!?」
「ううん、私の能力は電話越しには発動しないの。でも、明らかに怪しかったでしょう」
怪しい——と言われても、俺には今の電話の何が怪しいのか理解する事はできず、俺の頭にはただ滝波さんに危機が迫っているという事実だけがあった。
「と、とにかく、俺は今すぐ六面港に向かわないと!」
指宿先輩の制止を振り切り、俺はとにかく六面港へと向かおうとする。
すると、俺の頬に先輩の平手打ちが飛んできた。
バチーン!!
「痛っ!! 何するんですか!?」
「落ち着け少年! 今の君は0点だよ!」
こいつはドMにはたまらない0点だ。
なんてアホな事を考えている場合ではない。
「だけど、このままじゃ滝波さんが……」
「まず、霧子ちゃんがヤキモチでその滝波さんって人をコンテナに閉じ込めたってのはありえるけど、どうしてコンテナの中にいる人が自分がコンテナの中にいるってわかるの? 普通真っ暗で何もわからないでしょう? そもそもなんでコンテナ?」
「それは……」
「それに、いくら汽笛が聞こえるって言っても、六面港の廃倉庫あたりって具体的過ぎない? なんか阿佐ヶ谷君を人気の無いところに誘い出そうとしてるみたい」
言われてみれば、確かに少し妙な気がしてきた。
「でも、滝波さんが俺をそんなところに誘い出す理由がわかりません。それに、霧子ならそういう事をやりかねないのは先輩もわかるでしょう?」
「それはわかるよ。でも、万が一の事を考えていた方がいいと思うの」
「万が一って言うと?」
「わからないけど、万が一は万が一だよ。念のために警察にでも連絡しておいた方がいいんじゃない?」
いや、警察はまずい。
もし霧子が本当に滝波さんを監禁していた場合、霧子は罪に問われる。しかも霧子には前科があるので罪は重くなるだろう。それは霧子のやらかした事なのだから仕方のない事かもしれないが、兄としては妹を犯罪者にする事は避けたい。
俺がその事を告げると、先輩は少し考えて言った。
「わかった。じゃあ、私が頼りになりそうな人を何人か連れて行くから、阿佐ヶ谷君は先に六面港に向かってて」
俺は頷き、六面港に向かって駆け出した。
時は現在に戻る。
「鈴ちゃん……バッタ先輩……ボイン魔女……」
霧子は俺達のピンチに駆けつけてくれた三人の顔を見渡し、今自分が置かれている状況を忘れたかのように目を丸くしている。
今思えば、あの時先輩がいてくれて本当に良かった。
そうでなければ今頃俺はボッコボコにリンチされていただろう。
しかし、先輩の言っていた『頼りになりそうな人』が稲葉さんと桜庭だとは思わなかったが。
「指宿先輩に呼ばれて来たけど、これどういうシチュエーション? 映画の撮影じゃないよね?」
稲葉さんは気の抜けた事を言いつつ、男達を見渡しファイティングポーズを取る。
「状況はわかりませんけど、霧子ちゃんに何か悪い事をしようとしていたならバチッといかせてもらいますよ」
いつもより更に目付きが鋭くなった桜庭の周りに、バチバチと火花が爆ける。
「だから、私の言った通りだったでしょう? 先輩の言う事は聞いておくもんだよ、阿佐ヶ谷少年」
原付を下りて胸を張った指宿先輩の胸がユサリと揺れた。
俺も数発食らっているとはいえまだ戦える。
俺と三人の能力者達により、霧子救出部隊がここに結成された。
しかし、油断する事はできない。
「へぇ、仲間を呼んでるなんて予想外だったわ。でも女の子ばっかりじゃない」
さっきまで明らかに動揺していた滝波さんは、今はもう平静を取り戻してほくそ笑んでいる。そう、人数の上では五対四とほぼ互角になったものの、相手は男が四人もいて、更に全員が能力者だ。稲葉さんや指宿先輩の能力は正直喧嘩向けではないし、無事に霧子を助け出せるとは限らない。
「滝波さん、霧子を放してくれないか?」
念の為そう言ってはみるが、滝波さんの答えはこうだ。
「何言ってるの? お兄ちゃんだけじゃなくてお友達もやられたら、霧子ちゃんはもっと絶望してくれるでしょう?」
好きだった人を悪く言いたくはないが、最早性格悪いを通り越して、完全に悪の女幹部だ。つまり、俺達はやるしかないという事だ。
倉庫内に緊迫した空気が張り詰める。
それを崩したのは指宿先輩であった。
「じゃあ、私は外で警察呼んでくるから持ちこたえててね!」
そう言って指宿先輩は、俺達に背を向けてシャッターに空いた穴へとダッシュする。
その手があったか! 霧子がただの被害者であるとわかった今、確かに警察を呼べればその時点で俺達の勝ちだ。何もヤンキー漫画のように乱闘する必要など無いのだ。
しかし、その直後滝波さんが叫んだ。
「させないわよ!
それと同時に四人の男達が駆け出す。
指宿先輩に気を取られていた俺達は不意を突かれる形となってしまった。
男達の奇襲を受け、稲葉さん達は倉庫内に散り散りになる。
一対一ではマズい! 固まっていないと!
誰を助けにいくべきか辺りを見渡す俺の肩を誰かが力強く掴んだ。
振り返ると、そこにはニンマリと笑みを浮かべる大男騎射場がいた。
「お前の相手は俺だ」
俺は冷や汗が額を伝うのを感じながら「あぁ、お前ら普通に喋れるのかよ」と思った。
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