第61話 俺と妹のこれからについて11
「オラァ!」
這いつくばっていた俺は勢いよく体を捻り、背中を踏みつけている影山の足を手で払った。すると影山は大きくよろめき、俺の背後を離れる。その隙に俺は立ち上がり、霧子を担いでいる大男に向かって駆け出す。
無能力者の俺一人では五人もの能力者達にはとても勝てないだろう。
だけど気絶している霧子が目を覚ませばこの場から脱出する事ができるはずだ。
せめて霧子だけでも————
俺は大男の胸に向かって、渾身の力で肩からタックルをした。
しかし。
ボスッ
次の瞬間、吹っ飛ばされて地面に転がったのは俺の方であった。肩にはまるで砂の詰まった袋にでも突っ込んだかのような鈍い痛みと痺れがビリビリと残っている。
痛みに顔をしかめながら顔を上げると、大男は霧子を担いだまま微動だにせずに、ニヤリと笑みを浮かべていた。
俺は大男にもう一度タックルしようと立ち上がったが、背後から蹴りをくらい転倒する。影山が体制を直したのだろう。
「き、霧子! 起きろ! 起きてくれ!」
霧子を起こそうと叫ぶ俺に向かって滝波さんは言う。
「そんなに焦らなくても大丈夫だよ阿佐ヶ谷君。霧子ちゃんにはこれから大好きなお兄ちゃんがボコボコにされるところを見て絶望してもらうんだから」
滝波さんが大男に目配せすると、大男は霧子を肩から乱暴に下ろした。
すると霧子は苦しそうに呻き、目を開ける。
「霧子!!」
「……お、お兄ちゃん? ここ……どこ?」
霧子が目を覚ましたならばこっちのものだ。後は『
「霧子! 能力を使え! こっから逃げるんだ!」
「え? どこに?」
「どこでもいいから早く!」
「う、うん……」
霧子の表情に力が入る。
しかし、何秒待とうが異次元空間はどこにも開かなかった。
「ダメ、能力が……使えない。ていうか、体に力が入らないよ……」
「えぇ!?」
すると、そのやりとりを大人しく見ていた滝波さんはまた「アハハ」と声をあげて笑った。
「阿佐ヶ谷ってやっぱりバカだよね。霧子ちゃんの能力に何の対策もしてないはずがないでしょう?」
そして四人の男達の中の一人、ヒョロリとした背の高いヤンキー面の男を指す。
「霧子ちゃんはね、そこにいる
ジーザス。
俺一人で脱出する事すらできそうもないのに、能力が使えないどころか体も動かない霧子をどうやって助ければよいというのだ。
状況は最悪としか言いようがなかった。
「お兄ちゃん……」
霧子が不安気な瞳で俺を見つめている。
そうだ、例え最悪な状況であろうとも、俺は霧子を————
俺は再び立ち上がり、近くに落ちていた角材を手にした。
そしてそれを横なぎに振るい、すぐそばにいた影山を吹っ飛ばす。
霧子は確かに俺を困らせてばかりいる厄介な女の子かもしれない。
凄い能力と不安定な精神を持つモンスターみたいな存在かもしれない。
俺は角材を振り回しながら、残った男達へと突進する。その行動は、正直ヤケクソ以外のなにものでもなかった。しかし、男達は俺の気迫に押されたのか、数歩後ろへと下がった。
それでも霧子は、俺にとってたった一人の守るべき妹で、大切な家族なのだ。
俺は倒れている霧子に向かって手を伸ばす。
霧子も苦し気ながら俺に向かって懸命に手を伸ばした。
だから、俺は絶対に霧子を————
しかし、俺が霧子の手を掴む前に、俺は顔面に強い衝撃を受けて後方へと吹っ飛ばされた。そしてゴロゴロと転がりコンテナに強く後頭部を打つ。
「お兄ちゃん!!」
目の前にチカチカと火花のようなものが散り、霧子が三人に分身しているように見える。多分俺はあの大男に殴られたのだろう。
鼻に手をやると、鼻骨が折れているのかヤバい量の鼻血が溢れ出していた。
キンキンと鳴る耳には滝波さんの笑い声が聞こえてくる。
「アハハハ! 何をするかと思ったけど、角材なんかで筋肉増強能力を持つ私のボディガードの
男達がワラワラと俺の周りに集まってくる。
俺は立ち上がろうとするが、今の一撃で脳震盪を起こしたのか、膝が笑ってうまく立ち上がれない。それでもなんとかコンテナを支えに立ち上がるが、周りはすでに男達に囲まれていた。
怪力大男・騎射場が、その岩石のようにゴツゴツとした拳を振り上げる。
俺にはその光景がスローモーションのように見えた。
どうやら俺には霧子を救う事はできないらしい。俺は本当に、どこまでも情けない兄貴だ。
「やめてー!!!!」
騎射場の拳が振り下ろされるのと、霧子の悲鳴が聞こえたのは同時だった。
グシャ
それは、俺の顔面に騎射場の拳がめり込む音ではなかった。
騎射場の側頭部に、上空から跳んできた人物のスニーカーがめり込んだ音だ。
そして、そのスニーカーから生えているスラリと長い脚に俺は見覚えがあった。
「ぐぼっ!?」
俺の渾身のタックルをくらっても身動ぎ一つしなかった騎射場の体がグラリと揺らぎ、数メートル飛ばされた。そして騎射場の立っていた場所に、飛び蹴りをぶちかましたスニーカーと美脚の持ち主がスタリと着地する。
男達は突然の乱入者を警戒して、サッと距離を取った。
「お待たせ、阿佐ヶ谷君!」
黒いジャージを着たショートカットの少女はそう言って振り返り、爽やかに笑う。
「い、稲葉さん!?」
そう、この窮地を救ってくれたのは、あのウサギガール、『
「あ、あんた誰よ!?」
滝波さんが問うと、今度は倉庫正面にあるシャッターに、轟音と共に大きな穴が空く。
「今度は何!?」
するとそこには、全身に雷を纏い怒髪天に髪を逆立てた桜庭と、ノーヘルで原付に跨る指宿先輩がいた。
「指宿先輩に桜庭まで……」
「どうやら間に合ったようだね、阿佐ヶ谷少年! ……と、言いたいところだけど、えげつない量の鼻血出てるね。手遅れ?」
「いえ、むしろベストタイミングです!」
俺がジャケットの袖で豪快に鼻血を拭い、親指をグッと立てると、指宿先輩も俺に倣って親指をグッと立てた。
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