第60話 俺と妹のこれからについて10
そうだ、俺はあの頃本当に滝波さんが好きだった。
明るくて、優しくて、ユーモアがあって、ゲームが好きで——そんな滝波さんを俺は好きだった。俺はあの時、片想いだったとしても普通の恋愛をしていたんだ。
俺の叫びにより、倉庫内は一瞬静寂に包まれた。
「プフッ」
すると、滝波さんは突然吹き出し
「アハハハハハハハハハハ!!!!」
腹を抱えて笑い始めた。
「あー、なるほどねぇ。あー、そっか、そうなんだ。どうりで阿佐ヶ谷は他の人より能力の掛かりがいいと思った。そっかぁ、やっぱり阿佐ヶ谷君って私にガチだったんだ。あ、ありがとう……アハハハハハハ!!!!」
目に涙まで浮かべて笑い続ける滝波さんを見て、俺はただ冷たいコンクリートの床に這いつくばりながら呆然としていた。
心なしか、他の男達も笑っているように見える。
俺は今最高に——今まで生きてきて最高に惨めな気分であった。
滝波さんはひとしきり笑い終えると言った。
「あー、腹筋ヤバい……。そっかぁ、だから霧子ちゃんは阿佐ヶ谷君に私の能力の事話さなかったんだ」
「……霧子?」
「そう。ここまで話したからもう全部教えてあげるね」
そう言って滝波さんは手の甲で涙を拭うと、あのクリスマスの日の真相を語り始めた。
「あのクリスマスの前の日にね、霧子ちゃんが放課後に異次元を通って私に会いに来たの。泣きそうになりながら、『お兄ちゃんの事を大事にしてくれますか?』なんて事をわざわざ言いに」
そんなばかな。
あの日霧子はヤキモチで滝波さんを秩父山中に飛ばしたのではなかったのだろうか。
「でね、その時私は適当に流しとけば良かったのかもしれないけど、空間を割いて現れた霧子ちゃんの能力を見て『この能力が欲しい』って心から思っちゃったの」
その気持ちはわかる。
霧子の能力は誰もが羨む能力だ。
しかし、そこからなぜ霧子は滝波さんを秩父山中に飛ばす事になったのだろうか。
「だからね、私は自分の能力の事を霧子ちゃんに話したの。それから『これからあなたは私のために能力を使いなさい。じゃなきゃお兄ちゃんの洗脳は一生解かないよ』って脅したんだ。ゆくゆくは霧子ちゃんも洗脳するつもりで。まぁ、それが失敗だったのよねぇ。気がつけば逆上した霧子ちゃんに異次元に引き摺り込まれて、空の上、海の中を行ったり来たりさせられて、結局は能力を解かされちゃったってわけ。後は秩父山中にポイよ……。霧子ちゃんを洗脳するにももっと色々やり方もあっただろうに、あれは私の黒歴史だわ」
俺は、今目の前で言葉を口にしている滝波さんを滝波さんだと思いたくはなかった。どこぞの変身能力者が滝波さんに化けていて、でたらめなことを言っているのだと思いたかった。
「霧子ちゃんが阿佐ヶ谷君に私の能力を話さなかったのは、お兄ちゃんをできるだけ傷付けたくなかったからなのかな。『好きな人に能力で洗脳されていた』より、『ブラコン妹のせいで好きな人にフラれた』の方が幾分気が楽だもんね。本当、お兄ちゃん想いの妹だよ。全部自分が罪を被ってまでお兄ちゃんの初恋を守るだなんて、泣けるよねぇ」
惨めさの中に、俺の思考はズブズブと沈んでゆく。
さっき公園で滝波さんを待っていた時よりも、高笑いする滝波さんを見ていた時よりも。ずっと、ずっと惨めな気分だった。
俺が知らないうちに霧子に救われていただなんて。
そうだ。思えば霧子が俺の周りから女の子を排除するようになったのもあの頃からだ。あいつはずっと俺を守ろうとしていてくれたんだ。
そして俺はそんな霧子に対して……。
虚しくて、悲しくて————そして申し訳ない気持ちが俺の心の中をグジュグジュと泳ぎ回り、かき混ぜる。
「おかげで私はこの復讐劇を開催する事ができたんだけどね。霧子ちゃんが阿佐ヶ谷君に対して過保護でいてくれたおかげで、そして阿佐ヶ谷君が何も知らない間抜けでいてくれたおかげで」
もうどうにでもなれ。
そう思いたかった。
生きる事すら怠けて、異次元空間の暗闇にでも引きこもりたかった。
「情けないよねぇ。妹に助けられて守られていながら、そんな事も知らずに今まで呑気に過ごしてたんだもの。これから阿佐ヶ谷はね、霧子ちゃんの前でボコボコにされるんだよ。そしたら次は霧子ちゃんが恥ずかしい目にあうのを見せつけてあげる。そして全部終わったら、兄妹仲良く洗脳してあげる。どう? 三部構成の復讐劇、いいでしょう?」
でもそういうわけにはいかない。
今危機的状況にあるのは俺だけじゃない。
大男に担がれている霧子を見ると、その体はこの場にいる誰よりも小さい。
あいつはその小さな体の内に、これまでずっと大きな秘密を抱えていたのだ。
俺という間抜けな兄貴を守るために。
今度は、俺が霧子を救う番だ。
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