第57話 俺と妹のこれからについて7

 俺は今、自分自身に何が起こっているのか理解する事ができなかった。

 ここに滝波さんを助けに来て、背後から誰かに殴られて、それで……

 滝波さんはなぜ笑っているのだろう。そして俺を殴ったのは誰なのだろう。


 俺は背後から後頭部を殴った人物の姿を確認するために体を起こそうとする。


 しかし、滝波さんの


「影山——」


 という声を合図に何者かに背中を踏みつけられて、俺は再び地面に頬擦りする事となった。それでもなんとか首を捩り背後を見ると、不思議な事に背後には誰もいなかった。


「……の、能力者か?」

 俺がそう呟くと、俺の背後にある空間が陽炎のように揺らめき、制服姿の男が姿を現す。

 黒い学ランを着て黒いマスクをした忍者のようなその男は、靴の裏でズッシリと俺の背中を踏みつけていた。恐らく背後から俺を殴ったのもこの男だろう。だが、俺を殴った人物が能力者である事がわかっても、この状況が理解できない事には変わりない。


「滝波さん、これはどういう事なんだ!?」

 俺の問いに滝波さんは答える。


「罠だよ。阿佐ヶ谷君を捕まえるための」

「罠!?」

「そう、罠。全部罠だったの。この前ゲームセンターで会ったのも、デートの約束も、さっきの電話もぜーんぶ罠」

 そう言って滝波さんはにこやかに笑った。


「お、俺を捕まえてどうしようっていうんだ」

 そうだ、今この状況が全て滝波さんの仕掛けた罠だとして、滝波さんは俺を捕まえてどうしようというのだろうか。俺は滝波さんに恨まれるような事をした覚えはない。滝波さんに恨まれるような事をしたのは————


「まさか……」

「気付いた? 察しがいいね」

 察しざるをえないだろう。

 俺には他に滝波さんがこんな事をする理由が思い浮かばない。


「……霧子への復讐か?」

「ご名答。正解者の阿佐ヶ谷君には異次元空間で行く秩父山中二泊三日の旅でもプレゼントしちゃおうかな」

 滝波さんは冗談めかしてそう言うと、オーバーにパチパチと手を叩いた。


 あの日滝波さんはコーヒーショップで霧子の事を怒っていないと言っていた。しかし、その内心では霧子を許してなどいなかったのだ。

 どうして滝波さんが今更二年前の復讐をしようとしているのかはわからない。でも、俺がやるべき事はただ一つである。滝波さんを止める事だ。


「滝波さん、復讐なんて止めるんだ!」

「映画みたいなセリフだね。でも、それを決めるのは私」

 それは滝波さんの言う通りかもしれない。

 滝波さんの怒りや復讐心は滝波さんだけのもので、俺にはそれを止める権利はないし、映画の主人公のようにそれらしい事を言って滝波さんを止められるような信念や理論も持ってない。だが、復讐の相手が霧子であるならば、俺はどうあっても滝波さんを止めねばならない。


「俺を人質にして霧子に何をする気か知らないけど、あいつを怒らせたら今度は秩父山中じゃ済まないぞ!」

 そうだ、滝波さんは俺を人質にして霧子を呼び出しリンチでもするつもりなのだろうが、霧子には『異次元ディメンション』の能力がある。


 例え相手が滝波さんと俺の背後にいる影山という男の二人であり、一人が俺の喉元にナイフが突きつけていようと、霧子の能力なら人質である俺を一瞬で取り返し、二人を桜島の火口にご案内する事くらい朝飯前だろう。いや、それができずとも警察署から警察官を二、三人連れてくるだけで滝波さんの復讐計画はあっけなく崩壊する。どうあがいても滝波さんの望む結果にはならないはずだ。


 すると、滝波さんは眉を潜めて訝しげな表情を浮かべる。


「……人質?」

「俺を人質にするなんて絶対にやめといた方がいい。下手すれば二年前より酷い目に遭う事になるぞ」

 そう、俺は霧子がリンチされる姿なんて当然見たくないが、それと同じくらいに霧子が誰かを傷つけたり、誰かに怒りをぶつけたりする姿など見たくないのだ。そして滝波さんにももう霧子のせいで嫌な思いをしたりネガティブな思いを抱いて欲しくない。滝波さんが復讐のために俺を騙していたという事実があってもだ。

 滝波さんは、俺の初恋の人なのだから。


 すると滝波さんはこう言った。


「ううん。阿佐ヶ谷を人質になんかしないよ。阿佐ヶ谷君には観客になってもらうんだ」


 パチン


 そして滝波さんが指を鳴らすと、倉庫内の照明が一斉に点けられる。

 急に明るくなった眩しさに俺が目を窄めると、コンテナの影から影山と呼ばれた男と同じ制服を着た三人の男達が姿を現した。男達の中で一番ガタイのいい男は、肩に小さな人物を担いでいる。


 担がれている人物は気絶しているのか寝ているのか、下を向いて項垂れており顔は見えなかった。しかし、俺にはそれが誰かすぐにわかった。

 なぜなら、その人物はどう見ても俺の義理の妹に他ならなかったからだ。


「霧子!!!!」


 立ち上がろうとする俺の背中を、影山は更に強く体重を掛けて地面に押し付ける。それを見ながら滝波さんは大仰な仕草でこう言った。


「私の復讐劇の観客にね」


 と。

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