第56話 俺と妹のこれからについて6

 倒れている滝波さんを見た俺は慌てて駆け寄り、その上半身を抱え起こした。

 滝波さんは呼吸はしているようだが、気を失っているのか目を閉じたままぐったりとしている。


「滝波さん! 滝波さん!」

 俺は滝波さんの名前を呼びながら、何度もその肩を揺さぶる。

 すると滝波さんは弱々しく呻き声をあげて目を開いた。


「ん……あ、阿佐ヶ谷君……?」

「滝波さんしっかりしろ! 大丈夫か!?」

 意識を取り戻した滝波さんはゆっくりと体を起こす。


「来てくれたんだ……」

 滝波さんはどうやら怪我もしていないようで俺はホッと胸を撫で下ろした。

 だが、気になるのは滝波さんの容態だけではない。


「霧子は!? 霧子はどこにいる?」

 そう、滝波さんの無事が確認できたのであれば、次に気になるのは霧子の行方だ。霧子には聞かねばならない事が沢山ある。なぜ俺のデートの相手が滝波さんである事を知っていたのか、そしてなぜこのような事をしでかしたのか——他にも色々だ。

 しかし、滝波さんは一言「わからない」と言って首を横に振った。恐らく霧子はこの倉庫内にはいないのだろう。

 であれば、滝波さんの身の安全のために一刻も早くここを離れなければならない。

 もし霧子がこの場に現れて、俺と滝波さんが一緒にいるところを見たら逆上して何をしでかすかわからないからだ。

 俺は滝波さんに手を貸して立ち上がらせながら言った。


「約束……守れなくてごめん」

「約束?」

「霧子にはもう滝波さんに手を出させないって約束したのに、結局またこんな事になってしまって……」

 なぜこんな事態になったのかはさっぱりわからないが、俺は先日した滝波さんとの約束を守る事ができなかった。これは男として本当に情けない事である。滝波さんは俺を信じて埋め合わせのデートを申し出てくれたというのに……


「ううん、いいの。私は阿佐ヶ谷君が助けに来てくれて嬉しい」

 そう言って滝波さんは微笑む。なんて良い人なんだろう。

 普通であれば『なんでこんな目にあわなきゃいけないのよ!!』と、激怒してビンタをかましてきてもおかしくはない。それを滝波さんは俺の心情を察してか『嬉しい』とまで言ってくれるのだ。こうなれば意地でも滝波さんを霧子の毒牙から守らねばならない。

 だが、一つ気になる事がある。


「霧子にはちゃんと滝波さんに謝らせるから。それより、よく自力でコンテナから脱出できたね」

「コンテナ?」

「うん。ほら、さっき電話でコンテナの中に閉じ込められてるって言ってただろ? ここで倒れてたって事はコンテナから自力で脱出したんじゃないのか?」

 倉庫内には錆び付いた古いコンテナがズラリと並んでいる。きっとこれらのどれかの中に滝波さんは閉じ込められていたのだろう。

 すると、滝波さんは首を傾げて何かを考えるような素振りを見せた。


「コンテナ……コンテナかぁ……」

 滝波さんがコンテナの中からどうやって脱出したのかも気になるが、そればかりを気にしてもいられない。今はとにかくここを離れ、滝波さんの安全を確保しなければ。


「と、とにかく今は行こう!」

 俺は滝波さんの手を取り歩き出そうとした。

 しかし、滝波さんは首を傾げたまま動こうとしない。


「コンテナ……コンテナ……」

「コンテナの事はもういいよ! 滝波さん早く!」

 すると、滝波さんはどうしてしまったのか、急に何かを思い出したかのようにクスクスと笑い始めた。


「コンテナ……ふふっ……コンテナねぇ。おかしいよねぇ」

「な、何が!?」

 何がおかしいのだろう。コンテナという言葉がが滝波さんのツボだったのだろうか。いやいや、今はコンテナなんて本当にどうでもいい。しかし滝波さんは相変わらずクスクスと笑ったままその場を動かない。コンテナの中で頭でも打ったのだろうか。


 俺が更に強く滝波さんの手を引こうとしたその時だ。


 ガツン


 俺は背後から何者かに殴られて、その場に倒れ伏す。

 痛みに顔をしかめながら頭上を見上げると、滝波さんは笑みを浮かべながら俺を見下ろしていた。


「だっておかしいじゃない? コンナ手に引っかかるなんて」


 滝波さんの笑みが、邪悪なものへと変わった。

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