第52話 俺と妹のこれからについて2
「奇をてらわずに無難で清潔感のある格好を意識して……清潔感ってなんだよ」
ベッドに並べられた服の山の上に、俺は首を傾げながら以前金田が部屋に置いて行ったティーン向けのファッション雑誌を放り出す。開かれたページにはデカデカと『デートならコレ! 女の子がときめく春の街歩きコーデ』と書かれており、ページの中央には爽やかな髪型のイケメンモデルが爽やかな服装をして爽やかなポーズを決めていた。爽やかの盛り合わせだ。
昨日のうちにちゃんと準備をしておけば良かったと思いながら、俺はモデルが着ているのに似た無難な紺色のジャケットと黒いチノパンを身につけて、姿見の前で髪型を整える。
雑誌に書かれていた清潔感が何かはイマイチわからないが、まぁ無難な格好にはなったと思う。最も、脚の長さとイケメン具合は雑誌のモデルには及ばないが、こればかりはどうしようもないので諦めるしかあるまい。
なんちゃってイケメンになった俺が時計に目をやると、時計の針は昼の十二時ちょっと過ぎを指していた。滝波さんと待ち合わせの約束をした一時にはまだかなり早いが、遅れるよりは早く着いて待っていた方がいいだろう。俺はスマホと財布を手に取り、商店街の側にあるサイコロシティ商店街公園——略してサイコーへと向かう事にした。
屋上で霧子の留学発言を聞いた金曜日から二日が過ぎ、今日は滝波さんと約束をしたクリスマスデートの埋め合わせデートの日だ。
正直な話、俺は霧子の事が頭の中でチラチラしており、デートなんて気分ではない。でも、滝波さんとデートできる事は普通に嬉しく思うし、始まってしまえばきっと楽しい気分になれるはずだ。そう思いたい。
霧子に『普通の兄妹』になろうと言ったのは俺自身だ。だから俺は滝波さんとデートをして、霧子の想いを振り切るのだ。そして普通の恋愛をするのだ。
普通。
よくよく考えればファッション誌の『清潔感』よりも曖昧な言葉だ。
普通なんて人によって違う。日本人は箸でご飯を食べるのが普通だし、アメリカ人はフォークとナイフ、インド人は素手でご飯を食べるのが普通だ。普通にも色々ある。でも、兄妹で恋愛をするのが普通ではないのは全世界共通ではないだろうか。それが法的に許される義理の兄妹であってもだ。
では、俺がなぜ普通を望んでいるのかと聞かれたら、答えは情けないものだ。
その答えは結局『大切な妹を幸せにする自信がないから』だ。
じゃあ、恋愛相手が滝波さんや稲葉さんなら幸せにできなくてもいいのかと問われたらそういうわけではない。俺は恋愛をするからには相手を絶対に幸せにしたいと思っている。でも————
また霧子の事を考えてしまっている事に気付き、俺はハッとして首を横に振る。
いかんいかん、これからデートなのに霧子の事ばっかり考えてる場合じゃない。
俺は霧子を振って、俺と霧子は普通の兄妹になった。その結果霧子が留学を決意したとしても、それは霧子の決断だ。そりゃあ色々心配ではあるけれど、可愛い子には旅をさせろというし、霧子の能力があれば大概の事はなんとでもなる。あぁ、また霧子の事を考えている。とにかく! 俺は今日滝波さんとのデートを楽しむのだ! それが俺のやるべき事なのだ。
一階に下りると、リビングでは霧子がソファーに腰掛けてボーッとテレビを観ていた。
いや、その視界にテレビの画面が映っているのだろうか。霧子は無表情で何かを考えているようだ。
しかし、俺の存在に気が付いたのか、霧子はこちらを見た。
「あっ、もう行くの?」
「お、おう。この格好変じゃないか?」
俺がそう言うと、霧子はソファーから立ち上がり、ジロジロと俺を見た。
「うん、普通にカッコイイよ」
そして霧子は指でOKサインを出す。
霧子の普通を俺は知らないが、霧子のファッションセンスは別に奇抜ではないし、信用しても良いだろう。
「じゃあ、行くからな」
「晩ご飯は?」
「多分……いる。早めに帰るよ」
それは多分、俺の霧子に対する罪悪感から出た言葉だったのかもしれない。
本当なら『晩ご飯は食べてくるかもしれないから、もし早く帰ったら余り物でいいよ』と言うつもりだった。
「もー、デートだったら高級レストランでディナーくらいしてきなよ」
「ディナーって……そんな金ねぇよ。じゃあ、本当に行くぞ」
リビングを出た俺は靴を履いて玄関のドアノブに手を掛ける。
七年前、このドアを開いた俺は霧子と衝撃的な出会いを果たした。
そしてあの時は出会いであったが、今はこのドアを開く事が、霧子とのある種の決別を意味している。
あの頃は、俺と霧子がこんな事になるだなんて予想だにしていなかった。
ふと、背中に何か違和感を感じ、俺は振り返る。
するとそこには小さな異次元空間が口を開けており、その中から出た霧子の手が俺のジャケットの裾を摘んでいた。
俺は息を呑み、霧子の手をポンポンと叩く。
すると霧子の手はゆっくりと裾を放し、異次元の中へと消えた。
そして俺は小さく「行ってきます」と呟くと、玄関のドアを開けた。
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