第50話 俺と妹の恋愛について13
「な、なんでここにいるの!? どうしたの!?」
俺を見た霧子は急にアワアワし始めると、制服の袖でゴシゴシと目を擦り、掌で顔を隠してそっぽを向く。泣いていたのを俺に知られたくなかったのだろう。
「お、お前こそなんでこんな所に……桜庭が心配してたぞ」
「え? 鈴ちゃんと会ったの?」
「さっき……まぁ、たまたまな」
「そ、そうなんだ。あのね、別に何でもないの。急に、あの……ほら、前に見た悲しい犬の映画の事思い出しちゃって。泣いてるところ皆に見られたくなくて、それで一人になりたくて……」
普段は無表情で絶対に見抜けないような嘘をついたりハッタリをかますのに、こういう時の霧子は嘘が下手だ。
「あ、あー、あれな! あの悲しい犬のやつな! あれは泣けるもんな! いや、俺はな、なんか急に空が見たくなってな、空を見るならやっぱり屋上だしな」
「あー、うん! あるよね! そういう時!」
そして俺もまた、嘘が下手であった。
「……じゃあ、私、行くね」
そう言って霧子は屋上を去ろうとする。
その背中は、小さくて、寂しげで、悲しげであった。
「ま、待て霧子!」
そんな霧子の背中を見て、俺は思わず呼び止めてしまう。
すると霧子は立ち止まり、不思議そうに、そして気まずそうに振り返る。
「あ、あのな。桜庭が、最近お前が元気が無いって……」
「そ、そんな事ないよ! 私は元気だよ!」
霧子が浮かべた笑顔は明らかに無理をしていて、どう見ても元気ではない事がわかる。
その原因が俺である事に胸がズキズキと痛むが、これは俺が受け入れねばならない痛みだ。きっと霧子は俺の何倍も胸が痛いだろうから。
だけど、俺は思う。
なぜ俺達兄妹が普通の兄妹になるために、このような痛みを受け入れねばならないのかと。
霧子が俺を好きになったからか?
それとも俺がもっと前に霧子を拒絶しなかったからか?
いや、その答えに意味はない。今俺達の間にあるのは、ただ胸の痛みに耐えねばならないという事実だけなのだから。
「お兄ちゃん大丈夫?」
ふと気がつくと、霧子が俺の顔を覗き込んでいた。どうやら心中が顔に出てしまっていたらしい。霧子は心配そうな顔をしている。自分だって辛いだろうに、霧子は俺の心配をしてくれているのだ。
「俺は……大丈夫だけど……」
そう、俺自身に問題はない。
ただ兄として霧子の事が心配なだけだ。
霧子が今抱いている悲しみに耐えられるのか。やけになって何かやらかしてしまうのではないか。そして、俺が霧子に何かしてやれる事はないか。
ただ、そう思っているだけだ。
でもきっと、俺が霧子にしてやれる事など何も無いのだろう。俺自身が霧子の悲しみの原因なのだから。
ただ霧子の悲しみが薄れてゆくのを見守る事だけが、俺が霧子にしてやれる唯一の事だ。
あるいは、俺がいっその事どこか遠くに行ってしまう方が霧子にとっては良いのかもしれない。どこかと言われても行く当てなどないが。
すると、霧子は少し躊躇う素振りを見せてこんな事を言い出した。
「ねぇ、お兄ちゃん。私、留学しようかなって考えてるんだ」
「留学!?」
突然の留学発言に俺は驚く。
どこか遠くに行ってしまった方がいいかもしれないと考えていたところで霧子がそんな事を言い出したので、心中を読まれたのではないかと思ったからだ。いや、そうでなくともいきなり留学とはどういう事であろうか。
「ほら、前にアメリカの学校から能力者特待生の誘いがあったでしょう? せっかくだから行ってみようかなぁって」
「せっかくだからって、まだ入学したばっかりだろ。何で急に……」
俺はそう言ったが、理由はもう気付いていた。
「だって私、お兄ちゃんと同じ学校に入りたくて龍鳳に入ったんだもん。振られちゃったら龍鳳にこだわる意味ないしね」
やはり察していた通りであった。
血は繋がっていなくても俺達は兄妹だ。考える事は似ている。
「やっぱり俺のせいか……」
俺が呟くと、霧子は慌てて首を横に振る。
「ううん! それだけじゃないんだよ! あのね、私自身も前々から私の能力がどれだけ成長できるのかとか、どんな事に役立てられるんだろうって興味があったの。これまでは能力で色々と迷惑かけちゃったりしたけど、これからはもっと良いことに使えたらいいなぁって思って……」
多分それも霧子の本心ではあるのだろう。
霧子の能力は世界的に役に立つだろう能力だし、きっと何か大きな事ができるはずだ。俺も霧子には世界的に活躍する能力者になって欲しいとは思う。
「本気なのか?」
「まだわからない。でも、お兄ちゃんの『縁を切る』発言よりは本気かな」
そう言って霧子は小さく微笑む。
霧子がそう言うのならば、俺はやはり兄として霧子を応援すべきなのだろう。
でも————
その時、ポケットの中でスマホが振動し、俺はスマホを取り出して画面を見た。すると画面には滝波さんからのメッセージが表示されており、文面は
『例の埋め合わせ、明後日の日曜日はどうかな?』
と、表示されていた。
「もしかして、デートの相手から?」
「な、なんでわかるんだよ?」
「女の……じゃなくて、妹の感かな」
相変わらず霧子はこういう時に直感が働く。
いや、直感というよりは、これまで俺を観察し続けていたからだろうか。それとも俺がわかりやすいだけか。
「ねぇ、その人がお兄ちゃんを泣かせたら、ロッキー山脈に放り出してあげようか?」
「なっ!? お前なぁ!」
一瞬血の気が引いた俺を見て、霧子はケラケラと笑う。
「冗談に決まってるでしょ。じゃあ、私そろそろ行くね。お弁当食べなきゃ」
そう言って去って行く霧子の背中からは、先程よりも悲しみは感じられなかった。
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