第49話 俺と妹の恋愛について12
「……それはできない」
そう言った俺に桜庭は食らいつく。
「どうしてですか? 先輩はどうして霧子ちゃんを妹としてしか見ようとしないんですか?」
どうしてと言われても返答に困る。
なぜなら俺自身がその答えを知らないからだ。
「とにかく俺は普通の恋愛がしたいんだよ!」
「普通ってなんですか!?」
「普通は普通だ! 普通の幼馴染み、普通のクラスメイト、普通の先輩後輩、普通の転校生、街で偶然出会った普通の女の子、普通の宇宙人、あとは普通の猫耳美少女とか!」
「宇宙人や猫耳美少女は普通じゃないです! だけど、霧子ちゃんは普通の女の子じゃないですか!」
「でもあいつは妹だ! もういい加減にしてくれ!」
俺が怒鳴ると、桜庭はビクリと身を震わせた。
「お前が友達である霧子を思いやる気持ちはわかる。でもな、俺だって兄としてあいつの事を考えてるんだ」
「でも、好きな人に女の子として見てもらえないっていうのは辛いですよ! ただ振られるよりも、ずっと辛いと思います……」
「だったら、俺の事を好きじゃなくなればいいだけだ」
そう言って逃げるようにその場を去ろうとする俺の背中に桜庭は呼びかける。
「先輩は……! 先輩は、霧子ちゃんを幸せにする自信が無いんじゃないですか? もし先輩が霧子ちゃんを好きになっても霧子ちゃんを幸せにする自信が無いから、霧子ちゃんと一線を引こうとしてるんじゃありませんか!?」
ズクン————と、胸が痛んだ。
「だったらなんなんだよ」
「先輩はチキンです! 臆病者のクソ野郎です! 自分に自信が無いからって、霧子ちゃんを傷付けても知らんぷりしているカスお兄ちゃんです!」
「ふざけんな!!」————とは言えなかった。
それが図星である事が自分でもわかってしまったから。
桜庭の言う通り、俺には霧子を幸せにする自信などない。
相手が普通の女の子であれば例え幸せにできなくても最悪別れればいい。でも、霧子の場合はそうはいかない。
あいつは俺の妹で、家族として身内として一生付き合っていかねばならない相手だ。もし俺があいつを不幸にしてしまったら、別れて「はい、さよなら」とはいかない。一生気まずい思いをしながら過ごさねばならないのだ。そを避けようとする事は悪い事なのだろうか。
俺があいつを不幸にしてしまうくらいなら、どこかの誰かにあいつを幸せにしてもらった方がいい。それを兄として、一番近くて一番遠いところから見守っている方がいい。それはおかしな考えだろうか。
「桜庭は男の兄弟いるか?」
「弟がいます」
「もしお前の弟が、お前の事を好きだって言ったらどうだ?」
「……………………キモいです」
あまりに直接的な意見に俺はズッコケそうになる。
「ほれみろ! 人の事言えるか!」
「でも、弟の気持ちが真剣だったら、私はちゃんと女としてその気持ちを受け入れた上で振るつもりです。先輩はそれすらもできていないです。ただ兄という立場を盾にして、霧子ちゃんの気持ちから逃げ回っているだけですよね?」
「違う!」
「何が違うのか言って下さいよ!」
俺は違うと言ったが、実際は何も違わない。
もし俺が霧子を一人の女の子として認めて、霧子の想いに押されて好きになってしまったら……その先を考えるのが怖い。
そうなればきっと、俺達は『家族』ではいられなくなる気がしたから。
俺が一番嫌いなのは女の子の涙。
そして俺が一番怖いのは、家族を失う事だ。
「とにかく、俺が霧子を女として見る事はない。これまでも、これからもだ。だからもう俺の事は放っておいてくれ」
それだけを言い残して、俺はその場から逃げ出した。
これ以上桜庭と話しているのが辛かったのだ。
「先輩!!」
桜庭は俺を追っては来なかった。
きっと俺は失望されたに違いない。
とにかく、今は一人になりたかった。
ゴミ捨て場から逃げ出した俺は、校舎内に入り屋上へと向かう。
なぜ屋上かと言われても、取り敢えず一人になれそうな場所がそこしか浮かばなかったからだ。
屋上へのドアを開けると、案の定屋上には人気が少なかった。
しかし、ふと見渡すと、屋上の隅には見知った小さな背中があった。
小さな背中は屋上の柵に手をかけて空を見上げていた。
霧子だ。
「……お兄ちゃん?」
振り向いた霧子の目は、赤く腫れていた。
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