第48話 俺と妹の恋愛について11
桜庭に拉致された俺は、人気のない校舎裏のゴミ捨て場の前まで連れてこられた。
桜庭は俺を地面に放り捨てると、腕を組んで俺の前に仁王立になる。
桜庭のスカートが短ければ下着が見えそうだと思ったが、残念ながら桜庭のスカートはお上品な長さであった。
「先輩!! 霧子ちゃんに何をしたんですか!?」
「何って……何が?」
「最近霧子ちゃんの様子がおかしいんです!!」
「おかしいって、どうおかしいんだ?」
「霧子ちゃんが明るいんです!!」
「………………いい事じゃないか?」
俺がそう言うと、桜庭は額に手を当てて少し考え込む。
「違うんです! 三日か四日くらい前から、霧子ちゃんが不自然に明るいんですよ。空元気っていうか、なんか無理してるっていうか……」
それは俺も感じていた事である。
確かに最近の不自然に明るい霧子には空元気感があったが、俺はそれを霧子なりの気持ちの切り替えだと考えていた。
「それだけだったらいいんですけど、元気そうにしている割にはボーッとしていることが多かったんですよ。ずっと席に座って窓から空を見ていたり、私が話しかけても生返事しかしなかったり。それで、何かあったんじゃないかと思って今日思い切って聞いてみたんですよ「何かあったの?」って。そしたら霧子ちゃん、うっすらと笑ったまま「何もないよ」って言ったと思ったら、そのままポロポロと涙を流し始めて、私が驚いている隙に能力でどっかに行っちゃったんです!」
「どっかって、どこへ?」
「知りませんよ!」
家では普通に接していた霧子がまさか学校ではそんなことになっているとは知らなかった。それよりも霧子がどこに消えたのかが気になる。
「先輩、霧子ちゃんに何か酷いことしたんじゃありませんか!?」
「何で俺のせいだって決めつけるんだよ?」
「だって、霧子ちゃんがあんな風になるなんて先輩のこと以外に考えられないじゃないですか!」
まぁ、十中八九俺のせいだろう。
「さぁ、霧子ちゃんに何をしたのか白状してください!! またおっぱいですか!?」
「いや、おっぱいは関係ない」
「じゃあ、何なんですか!?」
「……これは兄妹間での問題だ、桜庭には関係ないだろ」
すると、桜庭は俺に右手をかざし、腕にバチバチと電撃を溜め始めた。
「私、言いましたよね? 今度霧子ちゃんを泣かせたらバチッといきますって」
「ま、待て待て!! 撃つな!!」
「私との約束を破ったって事は、先輩は『覚悟』ができているって事ですよね?」
「違うんだ! これには深い訳があるんだ!!」
「その『ワケ』ってやつを説明してくれないと、私からすれば先輩は霧子ちゃんを泣かしただけのゲスおっぱい野郎って事になりますけど、いいんですね? でも、先輩の口は堅そうですもんね。仕方ありません。私も心を鬼にして、先輩を尋問することにします。まずは市販のスタンガン程度の電撃から……」
「わかったわかった!! 話す! 話すからそのぶっそうな電撃を引っ込めてくれ!!」
俺がそう言うと、桜庭はようやく右手を引っ込める。
俺は桜庭に、四日前に何があったのかをかいつまんで話した。
桜庭は俺の話を、神妙な顔をしながらも大人しく聞いてくれた。
「————と、いうわけなんだ。だから俺は霧子のためを思ってワギャアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
話を終えようとした俺の全身に凄まじい衝撃が駆け抜ける。桜庭が電撃を放ったのだ。
「な……なぜ……」
「先輩は酷いです! 霧子ちゃんはずっと先輩が好きだったのに、それをいきなり諦めろだなんて……そんなの霧子ちゃんが悲しむのは当たり前じゃないですか!」
それは俺だって重々承知している。
でも、いつかは必ず言わねばならない事だったのだ。
俺は痺れと痛みに顔をしかめながら桜庭に反論する。
「確かに俺は霧子を悲しませたかもしれない。でもな、これは俺達兄妹にとって必要な試練のようなものなんだ。桜庭だって、霧子がいつまでも俺を好きでいる事は良くないと思うだろ?」
「そりゃあ……先輩の言いたい事はわかりますけど、でも納得いかないです!」
「どう納得いかないんだよ。俺は他にどうすれば良かったって言うんだ」
俺だって霧子にあんな事を言うのは辛かった。
霧子の涙なんて見たくなかった。
でも、霧子の叶わぬ恋を終わらせるためには俺がちゃんと霧子を拒絶する以外にはなかったのだ。少なくとも俺はそう思った。
「どうすれば良かったかはわからないですけど……」
「桜庭、俺だって霧子の悲しむ顔は見たくなかったよ。でも、時間が経てば霧子も立ち直って、いつか新しい恋を見つけるだろ。そうじゃなきゃ困る」
そう、俺が霧子にしてやれる事は、あくまで兄としてしてやれる事までだ。恋人になる事はできないし、そのつもりもない。
すると桜庭は、やるせなさそうな表情で俺に問いかける。
「先輩は、霧子ちゃんの事を女の子として見てあげられないんですか?」
「どういう事だ?」
「だから、霧子ちゃんを妹としてじゃなくて、稲葉先輩や指宿先輩みたいに、一人の女の子として見れないかって事ですよ」
「見れるわけないだろ。俺達は兄妹なんだから」
「でも、血は繋がってないんですよね?」
桜庭の言葉が、俺の中にある触れて欲しくない場所に触れた感覚があった。
「義理の兄妹って、確か普通に結婚できましたよね?」
「……だからなんだよ」
「あんまり踏み込んだ事を言うつもりはありませんけど、ただ、霧子ちゃんを少しくらいは恋愛対象として見てあげてもいいんじゃないかな……って思って」
俺だって、もし霧子が妹じゃなければと考えた事は何度もあった。
いつも近くにいてくれて、可愛くて料理がうまくて、何より俺の事を好きでいてくれる存在。
そんな霧子がもし俺の彼女だったら、お互い幸せになれるのではないかと。
しかし、それ以上の思考は、俺の脳が、心が拒否していた。
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