第45話 俺と妹の恋愛について8

 あれは確かある日の放課後のことだった。

 俺が学校から一旦家に帰り、友達の家に遊びに行こうとしていた時だ。

 ゲームのコントローラーを抱えた俺が公園の前を通ると、霧子が一人でブランコを漕いで遊んでいた。

 いや、遊んでいたというよりは、黄昏ていたと言った方がしっくりくるかもしれない。

 霧子は俊夫さんの再婚でこっちの家に来る時に転校してきたせいで、まだこっちの学校に友達がいなかったのだろう。一人でブランコに座り、ボーッと空を見ていた。


 俺は声をかけるべきかと迷ったが、プラモデルの件をまだ怒っていた俺は、そのまま霧子を放置して友達の家に遊びに行ったのだ。

 そして夕方になり、友達の家から帰る時に同じ公園の前を通ると、霧子はまだ公園にいて、数人の少年達に囲まれていた。

 友達と遊んでいるのかと思って遠くから様子を見ていると、どうやら様子がおかしい。

 少年達は霧子を取り囲み、「根暗」だの「ブス」だの、やいやい悪口を言っていたのだ。当の霧子は少年達に囲まれてただ怯えていた。


 あんな奴ら能力でやっつければいいのに。

 そんなことを思いながら、俺はどうするべきか躊躇っていた。

 自分の妹がいじめられている。しかし、あいつは大事なプラモデルを壊したし、あいつのせいで俺は母さんに怒られた。あんな奴を助けなくてもいいのではないかと。

 だが、いじめられている霧子を見ていると、俺は胸の奥がカーッと熱くなってゆくのを感じた。

 すると、少年の一人が霧子を突き飛ばし、霧子は転んで地面に倒れた。

 それを見た瞬間、俺の体は自然と動いていた。

 俺は霧子を突き飛ばした少年に駆け寄ると、服を掴んで思いっきり投げ飛ばした。

 そこから先の事はあんまり覚えていないが、少年達を相手に大立ち回りを演じた後で泣きじゃくる霧子と手を繋いで家まで帰ったのはなんとなく覚えている。


「思い出した?」

「なんとなくな」

 多分、あの時俺達は初めて本当の兄妹になったのだ。


「あの後からお前もイタズラしなくなったな。でも、それがお前が俺を好きな理由となんの関係があるんだ?」

 そう、俺の回想の中では、霧子が俺に惚れるような場面など特になかったはずだ。ただ俺が兄として覚醒して霧子を助けただけの話だ。


 すると、霧子は俺の言葉が信じられないといった表情で俺の顔を見つめた。


「お兄ちゃん、本気で言ってるの?」

「は? いや、そりゃあ昔のことだからあちこち記憶は抜けてると思うけど……別にあの時に結婚の約束とかしてないよな? したっけ?」

「してないけど! でもお兄ちゃん助けてくれたじゃん!」

「本当は見捨てようと思ってたんだけどな……ん?」

 そこでようやく俺は霧子が言わんとしていることがなんとなく理解できてきた。


「まさかお前、俺があの時お前を助けたから俺を……」


 霧子は怒ったような拗ねたような照れたような複雑な表情を浮かべてそっぽを向いていた。


 そのリアクションを見て、今度は俺が唖然とする番であった。


「お前、マジか。あんな子供の頃にあった事で俺に惚れてたのか」

「きっかけは……そう、かな」

「アホかお前は! 生まれて初めて母鳥を見た鳥の子供か!」

「だって、あの時のお兄ちゃんカッコよかったんだもん!」

 長年の謎が解けた俺は非常にスッキリとした気分ではあったが、そのしょうもなさに全身の力が抜けてしまった。


「あのなぁ、兄貴が妹を助けるのは当たり前だろ」

「でも、あの頃のお兄ちゃん、怒ってて口もきいてくれなかったのに助けてくれたんだもん。私すごく嬉しかったんだよ」


 思えば霧子が俺にベタベタするようになったのはあの時からだった気がする。それが徐々にエスカレートしていって今に至るというわけか。


「そういう事か……」

 俺が長年の謎が解けた解放感と懐かしさに物思いにふけっていると、霧子は椅子から立ち上がり、俺の側に立った。そして目を潤ませながら俺の顔に唇を近付けてくる。


 ワシッ


 俺は右手で霧子の頭を鷲掴みにし、握力を込める。

「イタタタタ! お兄ちゃん何するのー!?」

「こっちのセリフだ! この流れでどうしてそうなる!?」

「だって、普通は好きになった理由を打ち明けられたら、受け入れるのがセオリーでしょう!?」

「知るか!」


 俺が手を放すと、霧子はグッタリと俺に倒れ込む。そして甘えるように胸に顔を埋めてきた。


「撫でてー」

 珍しく素直な形で甘えてくる霧子を、俺は素直に愛おしく思う。

 守ってやりたいと、幸せになって欲しいと思う。

 だけど、それはやっぱり————


「なぁ、霧子。俺達、普通の兄妹にならないか?」


 俺は霧子にそう語りかけた。

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