第43話 俺と妹の恋愛について6
夜の七時過ぎ、滝波さんとのお茶を終えた俺が家に帰ると、玄関の電気が既に点いていた。どうやら霧子はもう帰ってきているらしい。
「ただいま」
と言って、玄関を潜ったものの、家の中から返事は返ってこなかった。
「霧子?」
リビングの方を覗くも、霧子の姿はない。
やはり俺の顔を見たくないのであろうか。
ダイニングテーブルの上には今朝と同じように一人分の夕飯が用意されていた。そして、夕飯のおかずはコロッケであった。
そこで俺はあることに気がついた。
テーブルに乗っているコロッケにはソースで文字が書かれていたのだ。皿の上に四つ並んで置かれたコロッケにはこう書かれていた。
『ゴ・メ・ン・ネ』
それを見た俺は思わず吹き出しそうになってしまう。
そうか、霧子は別に怒っていて俺の顔を見たくないわけではなかったのだ。
霧子も俺と同じで、ただ気まずくて顔を合わせ辛かっただけなのだ。
俺はまだ温かいコロッケを一つだけ摘んでムシャムシャと頬張ると、カバンをソファーの上に放り出して軽い足取りで二階へと上がる。そして霧子の部屋の前に立った。
「霧子、いるか?」
ドアの向こうから返事は返ってこない。しかし、人の気配は確かに感じられる。俺はそのままドアに向かって語りかけた。
「霧子、昨日は怒鳴ったりして悪かった。それから、色々ひどい事を言ってゴメン。俺はお前の兄貴なのに、大人気なかったと思ってる」
ドアの向こうで、僅かに衣擦れの音が聞こえた。
「でも、一つだけわかって欲しい。俺は二年前、滝波さんの事が本当に好きだった。人を好きになる気持ちはお前にもわかってもらえると思う。だからな、昨日お前が滝波さんを悪く言った時に、ついカッとなってしまったんだ。それだけはわかってくれ」
「……うん」
今度はドア越しに小さく返事が聞こえてきた。
「それでな、昨日お前と喧嘩してから色々考えたんだけど、俺はお前と仲直りをしたいと思った。今朝お前の姿が見えなくて寂しいって思ったし、昨日お前を泣かせてしまって俺はすごく後悔した。だから……だから仲直りして、これからも俺の妹でいてくれないか?」
俺がそう言い終わったその時だ。
ズズズズズ……
「をにいちゃぁぁぁぁぁぁぁああああん!!!!!!!」
突然、ドアの中心に異次元空間が現れ、その中から霧子が猛烈な勢いでタックルをぶちかましてきた。
俺は霧子に吹っ飛ばされて、背後にある壁に思いっきり頭と背中をぶつける。クラクラして立ち上がれない俺の腰には、霧子がクワガタムシのように両腕でがっしりとしがみついていた。
「お兄ちゃんごめんなさぁぁぁぁぁぁい!!!!! 手がね、お兄ちゃんを叩いた手がずっと痛かったの!! 昨日も眠れなくて……学校でもお兄ちゃんのことばかり考えてて……とにかくごめんなさぁぁぁぁぁぁい!!!!!」
そう言って泣きじゃくる霧子の頭を、俺は優しく撫でた。
喧嘩相手のことばかり考えてしまっていたのは俺だけではなかったようだ。
「気にすんなよ。お前のビンタなんか俺からすれば格ゲーの小パンチほども効いてねぇから」
ただ、異次元空間からの不意打ちタックルは超必殺技並みに効いた。しばらく立ち上がれそうにない。
それから俺は霧子をあやすふりをしながら、ダメージの回復を図ったのであった。
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