第42話 俺と妹の恋愛について5

「そんな! 滝波さんが謝る事じゃないよ。あの日のことに関しては悪いのは霧子と……霧子を止められなかった俺だ」

 そう、霧子がどういうつもりだったであれ、霧子がやった事は悪い事であり、あの日滝波さんが待ち合わせ場所に来る事ができなかったのは霧子のせいである事は確かだ。そして俺が霧子の動向をちゃんと把握していればあんな事にはならなかっただろう。滝波さんが頭を下げなければならない理由などどこにもない。


「ううん、それは違うよ阿佐ヶ谷君。待ち合わせ場所に行けなかったのは私が悪いの。私が……霧子ちゃんに負けたのが悪いの」


「負けた?」

「うん。私は阿佐ヶ谷君とデートがしたかった。でも霧子ちゃんはそれが気に入らなかったから私を山奥に放り出した。もしあの時、私に霧子ちゃんと同じような能力があればちゃんと待ち合わせ場所に行けたのに、私にはそんな能力が無かった……。だから私は霧子ちゃんの思惑通りに阿佐ヶ谷君とデートすることができなかった。それが現実だし、私が今更何と言おうと私の負けなんだよ」

 そう言った滝波さんの顔は、明るく取り繕っているようではあったが、どこか悲しげであった。


「良いよね、あんなに凄い能力があるって羨ましいよ。あんな能力があればどこの学校からも引く手数多だし、将来だってどんな会社にも入れる。それに、好きな人を独り占めする事だって……。本当に羨ましいよ」

 俺は今まで、霧子がやった事はただ滝波さんに迷惑をかけただけだと思っていた。

 もちろんそれだけでも大事なのだが、どうやら霧子の行動は滝波さんの心まで傷つけてしまっていたようだ。


 滝波さんに何といえば良いのかわからず、俺はまだ半分程中身の残っているコーヒーのカップを見つめた。

 こればかりは俺がどう謝罪した所で償いにはならないだろう。いや、霧子本人が謝罪したとしても、どうなるものでも無いのかもしれない。


「あ、ゴメンね。別に霧子ちゃんを悪くいうつもりはないの。もう二年も前のことだし。ただあの時はそんな風に思ったなぁって、ただそれだけの話。久しぶりに会ったのに、なんか暗い話になっちゃったね」

 いや、俺たちが再会した時点で、話が二年前のことになるのは仕方のないことだ。あれは俺たちにとってそれだけ大きな出来事だった。


「でも、こんな所で二人で話してる所をもし霧子ちゃんに見られたら、またどっか遠くに飛ばされちゃうかもね……」

「そんな事はさせないよ!」

 俺は力強く宣言する。

 もう二度とあんなことがあってはいけない。滝波さんの為はもちろんの事、俺と霧子の為にもだ。もし霧子が今この場を見ていて滝波さんに能力を使おうとしたら、俺は何をしてでも霧子を止めるつもりであった。


「本当に?」

「もちろんだ。もしあいつが滝波さんに何かしようとしたら、俺が責任を持って止める。だから安心して欲しい。あいつの事を許してやってくれとは言えないけど、もうあいつには滝波さんに何もさせないって約束する」

 俺が滝波さんにできる償いはそれしかないから。


「本当に本当? 約束できる?」

「本当に本当だ」

 すると滝波さんは何かを考える素振りをして声を潜める。


「じゃあさ、約束ついでに一つお願いしても良い?」

「何でも言ってくれ。いや……金の事と、勉強の事以外なら……」

「そんなんじゃないよ。あのね、もし阿佐ヶ谷君さえよかったら、今度二年前のクリスマスの埋め合わせをさせてくれないかな」


 二年前の埋め合わせ。それはあの日できなかったデートの埋め合わせということであろうか。それに関してはもちろん俺は万々歳なのだが、俺の脳裏に昨日金田が言っていたことが思い出される。


「でも、滝波さんって彼氏いるんじゃないの? そのー……金田から聞いたんだけど、滝波さんがこの前彼氏っぽい男と歩いてたって……」

「え? うーん……それは多分友達だよ。私彼氏いないもん」

 と、いう事はだ、俺は何の負い目もなく滝波さんとデートができるし、もしかしたらまたあの頃のような関係に戻れるチャンスがあるかもしれないという事だ。まさか二年前に失ったものがこんな所で返ってくるとは思いもよらなかった。


「それだったら……是非、謹んで、お受けさせていただきたいです」


 俺の言葉に滝波さんは笑みを浮かべて頷くと、おずおずと右手を差し出してカップを握っていた俺の左手に遠慮がちに触れた。


「私の気持ちは、あの頃からずっと変わっていないから……」

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