第41話 俺と妹の恋愛について4
突然過ぎる再会に、俺はただ驚いて目を瞬かせる事しかできなかった。
長く伸びたストレートの黒髪、スラリとした細身の体、真面目そうでありながら明るい印象の整った顔。
何度目を凝らしても、それは間違いなく滝波さんであった。
俺が唖然としていると、滝波さんは不思議そうな顔をして首を傾げる。
「あれ? 私の事忘れちゃった? ほら、同じ中学の滝波遥」
「い、いや、忘れてないよ! 久しぶり」
忘れるものか。
忘れるはずがない。
彼女は俺の初恋の人なのだから。
ただ、なぜ滝波さんがここにいるのか、そして、なぜあのクリスマスからずっと避け続けていた俺に今話しかけたのか、それが俺には理解できなかった。
「久しぶりだね。元気してた?」
「うん。でも、どうして滝波さんがここに?」
「ここ地元だよ。私がいたら変かな? 中学の時によく一緒に来てたじゃん」
言われてみればその通りだ。
滝波さんは六面町の出身であり、しかもゲーム好きだ。そんな彼女が放課後にこのゲームセンターにいた所で何もおかしくはない。むしろこの二年間よく鉢合わせしなかったものだ。
「いや、あんまり久しぶりだったからビックリしちゃってさ」
「私も久しぶりにゲームセンターに来てみたら阿佐ヶ谷君がいたからビックリしたよ。卒業して以来だから……一年とちょっとぶりかな」
姿を見るのは一年とちょっと、そして話すのは約二年半ぶりだ。
滝波さんはここからそう遠くない町にある進学校の制服を着ており、それが以前より大人びた滝波さんにはとてもよく似合っていた。
「ねぇ、久しぶりに会ったんだし、よかったらお茶でもして行かない?」
再会の驚きに思考がろくに回っていなかった俺は、霧子にケーキを買って帰る事も忘れて滝波さんの提案に従うことにした。
ゲームセンターを出た俺達は、すぐ近くにあるコーヒーショップのチェーン店に入る。そして互いに飲みたいものを注文すると、店の一番奥にあるボックス席へと座った。
席に着くと、滝波さんは突然小さく笑った。
「ごめん、なんか急に思い出し笑いしちゃった。ねぇ、二人で初めてここに来た時の事覚えてる?」
そう言われて、俺はふと滝波さんと仲良くなったばかりの頃を思い出した。
「覚えてるよ。確かゲーセンの帰りに、滝波さんがコーヒーショップに入った事ないから入ってみたいって言って、それでここに来たんだよな」
「そうそう、でも阿佐ヶ谷君もコーヒーショップ入るの初めてで、何注文すれば良いか二人ともわからなかったんだよね」
そう、あの時注文に困った俺は、滝波さんの手前カッコつけたくて、テレビか何かで聞いたことのある『エスプレッソ』を注文したのだ。そして、滝波さんも俺と同じものを頼んだのだが、エスプレッソのあまりの苦さに飲んだ瞬間二人とも思わずむせてしまったのだった。
「懐かしいな」
僅か数年前の話とはいえ、俺と滝波さんの距離はあのクリスマス以来すっかり離れてしまっていたために、ずっと昔のことのように思えた。
「でも、ずっと俺の事避けてたのに、何で今日は話しかけてくれたの?」
そう言ってから、俺はいきなり話を飛ばし過ぎてしまったかと少し焦った。
しかし滝波さんは特に嫌な顔をする事もなく答える。
「私ね、本当はもう阿佐ヶ谷君とは二度と話すことは無いんだと思っていたけど、久しぶりに阿佐ヶ谷君の姿を見かけたら、何だか懐かしくなってつい声掛けちゃったの」
二度と話すことはないと思っていたという言葉が、俺の胸にグサリと刺さった。
滝波さんは霧子にあんな事をされたのだから、霧子の兄である俺とも二度と関わりたくないと思うのは当然だろう。その時の状況を俺は詳しくは知らないが、もしいきなりデートを約束していた相手の妹に秩父山中に飛ばされて放置されたら、誰だってそう思うはずだ。
俺は滝波さんに深く頭を下げる。
「今更だと思うけど、あの時のクリスマスは本当にゴメン。いいわけになるかもしれないけど、俺も妹があんな事をやらかすとは本当に思っていなくて……嫌われても仕方ないと思ってる」
「あ! ううん、違うの。私は別に阿佐ヶ谷君を嫌いになって阿佐ヶ谷君の事を避けてたんじゃないの」
「じゃあ、どうして?」
「えっと……言って良いのかな……」
滝波さんは俺から目を逸らし、しばらく何かを言い淀んでいたが、やがて決心したかのように言った。
「あのね、私、阿佐ヶ谷君の妹さん、霧子ちゃんだっけ? ……霧子ちゃんに脅されてたの」
「脅されてた?」
滝波さんの口から出た言葉に俺は耳を疑う。
「脅されてたって……どういう事?」
「霧子ちゃんに能力で飛ばされたあの日ね、『今度お兄ちゃんと少しでも関わったら絶対に許さない』って言われたの。私、あの時本当に怖かったから、もしまた霧子ちゃんを怒らせたら今度は無人島にでも飛ばされるんじゃないかって思って……」
何という事だ。霧子は滝波さんを秩父山中に放り出しただけではなく、脅迫までしていたのだ。
「じゃないと私が阿佐ヶ谷君を無視したりするはずないでしょ? 本当は私の方こそずっと謝りたかったの。あの日待ち合わせ場所に行けなくてゴメンねって。だから、今日は阿佐ヶ谷君と会えて本当に良かった。改めて、あの日は行けなくてゴメン」
先程とは逆に、今度は滝波さんが俺に向かって頭を下げた。
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