第40話 俺と妹の恋愛について3
約二年前————
例のクリスマスから一ヶ月が過ぎた一月の終盤。
その日、俺は当時やっていたバドミントン部の試合を翌日に控えており、初めて団体戦のメンバーに選ばれたプレッシャーのせいか、夜中まで中々寝つく事ができなかった。
もし自分がチームメイトの足を引っ張ったらどうしよう……
そんな事を考えながらキッチンに水を飲みに行ったりトイレに行ったりを繰り返していると、マスクを着けてパジャマの上から半纏を着た霧子が俺の部屋のドアを開けた。
なぜ霧子がそんな格好をしていたのかというと、霧子は三日程前からひどい風邪をひいており寝込んでいたからだ。
クリスマスの事をまだ怒っていた俺は、
「なんだよ。風邪なんだからちゃんと寝てろ」
と、つっけんどんに言った。俺が自分から霧子に声を掛けたのは約一ヶ月ぶりの事だ。
すると霧子は少しだけ俺の部屋に足を踏み入れ、ベッドに小さな包みを置いて何も言わずにそそくさと出て行った。
俺がその包みを開けると、それは他県にあるスポーツの神を祀っていると有名な神社の必勝祈願の御守りであった。
霧子は風邪をひいているにも関わらず、俺のために能力で遠出をして御守りを買って来てくれたのである。
それを見た俺は情けなくなった。
霧子に心配をかけてしまった事、そしてクリスマスの事をいつまでも引っ張り、霧子とろくに口をきいていなかった事にだ。
それから少しして、俺は霧子の部屋を訪ねた。
霧子は無理をして御守りを買いに行ったせいで風邪を悪化させてしまったのかベッドでグッタリと寝込んでいたが、俺が部屋に来た事に驚いてのっそりとベッドから起き上がる。
「お、お兄ちゃんダメだよ。風邪うつっちゃうよ……」
そう言って俺を部屋から追い出そうとする霧子を、俺はちゃんとベッドに寝かせて、ただ一言「ありがとう」と言った。
それから徐々に俺と霧子の関係は修復され、数日後には今までと変わらぬように接する事ができるようになった。問題の解決としては有耶無耶な形ではあったが、結果的に俺と霧子は仲直りを果たしたのだ。
あの時の仲直りは、ただ喧嘩の本題から目を逸らしただけの曖昧な仲直りだったかもしれない。だから昨日のような形で喧嘩が再発してしまったのだろう。
それでも俺はあの時の仲直りを後悔してはいない。おかげでこれまで霧子と仲良くやってこれたのだから。
もしあの時の事がなければ、もしかしたら俺はずっと霧子と口を聞かぬままで、時間が過ぎれば過ぎるほどに気まずくなっていき、やがては霧子を妹として認識することすら辛くなっていたかもしれない。
そうだ、俺はあの時気付いたのだった。
大切なのは俺と霧子の間にある問題の解決だけではなく、曖昧であっても互いを許し合える関係を保つ事だ。霧子が妹である以上、俺は霧子と一生付き合っていくことになるだろう。いずれは家族として霧子に助けてもらうこともあるだろうし、霧子を助けなければならない事もあるかもしれない。そんな時、ずっと喧嘩したままでは何事も円滑にはいかないだろう。俊夫さんや母さんが安心して海外に行けたのも、俺たちが仲直りをしたからこそだ。
二年前の喧嘩では霧子から俺に歩み寄ってくれた。だから今度は兄として、俺の方から歩み寄ってやるべきなのかもしれない。
問題の解決はそれからでも遅くはない。俺はただ、素直に霧子と仲直りをすることだけを考えていればよかったのだ。
俺が財布の中身を確認すると、先程ゲームをするために千円札を両替していたために、奇しくも霧子が好きな三日月堂のモンブランが二つ買えるだけの小銭が入っていた。
仲直りには茶菓子があった方が良いよな。
俺は霧子との仲直りを心に決めて、筐体の椅子から立ち上がる。
その時だ。
「あれ? 阿佐ヶ谷君?」
聞き覚えのある声に名前を呼ばれ、俺は振り返る。
俺の背後には、以前より少しだけ大人びた滝波さんが立っていた。
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