第34話 俺と金田と時々妹1

「ぱじゃましまーす」


 ある日の日曜日の午後、顔色一つ変えずにクソ寒いダジャレを言いながら俺の部屋に入って来たのは、俺のクラスメイトで中学時代からの友人である金田甲児かねだこうじだ。


 金田甲児、十六歳。

 180センチを越える長身と、水泳部で鍛えられた頑強な肉体を持つ。

 坊主頭の強面で一見硬派そうに見えるが、その性格はひょうきんでスケベ。口を開くと二分の一の確率で女の事を喋りだすが、女の子と喋るのは苦手。生まれてこの方彼女のいたことのないゴリゴリの童貞である。


「はぁ〜、しかし日曜日に男の部屋に遊びに来るってのもなんだのう。早く彼女作ってイチャイチャしたいもんじゃのう」

 どうやら二分の一を引いたようだ。

 因みにこの喋り方は金田がそういう方言を喋る地方の出身というわけではなく、その場限りのノリである。


「文句言うなら帰れ」

 俺はそう言いながら古いゲーム機を棚から引っ張り出すと、テレビに繋いで電源を入れた。金田が俺の家に来た時は、いつも中学時代に流行っていた古いゲームをするのが習わしなのである。


 金田が床にどっかりと腰を下ろすと、部屋のドアがコンコンとノックされた。そして俺が返事もせぬうちにドアが開くと、そこにはお盆にジュースとお菓子を載せた霧子がいた。


「お兄ちゃん、ジュースとお菓子」

 普段ならば家の中でも能力を乱発して移動する霧子だが、なぜか人が来ている時には滅多に使わない。何やら恥ずかしいようだが、その基準はいまいち分からない。


「おー、霧子ちゃんありがとう。久しぶりだけど元気してた?」

「どうも金田さん。おかげさまで元気してますよ。お兄ちゃんがいつもお世話になっております」

 床にお盆を置いた霧子はややよそ行きの笑顔で金田に頭を下げる。やる事がなんだか母親のようで俺が恥ずかしい。

 俺は先程金田は女の子と話すのが苦手だと言ったが、見知った仲だからなのか子供っぽいからなのか、霧子にはよく話しかける。一方、霧子もまた俺と俊夫さん以外の男が苦手なのだが、俺というつなぎがあるからか、親しみやすいからなのか金田とは割と喋る。


「お兄ちゃんは学校でどうですか? ちゃんとしていますか?」

「あー、うん。阿佐ヶ谷君はねぇ、学校ではいつも女子の尻ばかり見てるねぇ」

「まぁ、申し訳ありません。兄は家でもいつも私のお尻ばかり見ていまして……」

 そしてこの二人、微妙な距離感であるにも関わらず、二人揃うと俺をいじってくるのが腹が立つ。というか人の妹に尻がどうのとか言うな。そしてお前の薄い尻など誰が見るか。


「霧子ちゃん、せっかく龍鳳入ったのに全然会わないよね」

「まぁ、一年生と二年生だと接点無いですからね。私はお昼ご飯も教室ですし」

 などと霧子は白々しい事を言っているが、霧子はたまに異次元空間を通じて教室まで俺を覗きにきている。


「お兄ちゃんはクラスで女子とベタベタしていたりしませんか?」

「ないない。こいつ教室だと女子と全然喋らねぇもん。あー、でもたまに廊下で……あの子なんていったっけ? 確か三組の能力者の————」

 あー、やめろ。その話はするな。めんどくさい事になる。


「もしかして……稲葉さん?」

「そうそう稲葉さんとはよく話してるかな」

 それまでよそ行き笑顔だった霧子が無表情に変わった。


「オニイチャン……あのバッタさんとどういう関係なの?」

「せめてウサギさんと言え。友達だよ友達」

「オニイチャン、男女の間に友情は成立しないんだヨ」

「友情とかまだそういうレベルの友達じゃねぇよ。それに稲葉さんはお前が元気にしてるかどうか気にかけてくれてるんだぞ」

「ワタシをダシにしてオニイチャンに話しかけてるんだ……」

「違う違う。お前だってクラスで男子と話すだろ?」

「基本話さないヨ。というか、鈴ちゃん以外とはあんまり話さないヨ」

 あんまり聞きたくない事を聞いてしまった。


「お前なぁ、学生のうちにちゃんと異性と接しとかないと、大人になってから悪い男に騙されるぞ」

 俺がそう言うと、金田が助け船を出してくれた。


「それは確かにあるかもな。俺の姉貴も中学までは超真面目だったのに、高校入って彼氏ができてから、彼氏の影響で腐れ鬼ギャルになっちまったし、今はキャバクラで働きながらパチスロが趣味で借金ある男と付き合ってるし」

 だから腐れ鬼ギャルってなんなんだよ。

 そう思いつつも、俺はギャルになった霧子を想像してみた。


『ギャハハ! マジウケるー。ていうかダサ兄貴は異次元ダストシュート決めちゃうからー』


 嫌すぎる。


「騙されたりしないよ。それに私にはお兄ちゃんがいるもん」

「あのなぁ、俺だっていつまでもお前の側にいるわけじゃないんだぞ。高校卒業したら遠くの大学に行くかもしれないし……」

「お兄ちゃん、私ね、どこにでも行ける能力があるんだよ」

 そうだった。こいつは移動とストーキングに最強の能力を持っている事を忘れていた。こいつから逃れるためにはマサチューセッツ工科大学にでも行くしかないが、俺の成績では三浪しても不可能である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る