第32話 霧子のスペシャリテ4

 ビチッ……ビチビチッ……


 今、俺と霧子と桜庭の目の前にあるまな板には、約60センチ程の活きの良い魚がデーンと横たわっていた。


 あれから霧子はたっぷり30分程泣いた後、真っ赤になった目を擦りながら、連絡もせずにどこに行っていたのかを説明してくれた。


「お兄ちゃんが、カンパチが好きだって言ってから、カンパチを捕まえに行ってたの……」

「「カンパチ!?」」


 霧子の話によると、霧子は俺を驚かせるために、俺に内緒で新鮮なカンパチを丸々手に入れて夕飯に出そうと考えていたらしい。しかし、時期のせいかどこの魚屋にもカンパチは中々売っておらず、直売所でようやく見つけた冷凍のカンパチも、我が家の食費や霧子の小遣いでは到底買える値段ではなかった。そこで霧子は今日の放課後に港に向かい、沖釣りの船に乗せて貰ったのだと言う。


「いやいや待て、いきなり漁船に乗り込むのもどうかと思うけど、釣り竿とかどうしたんだよ。レンタルか? そもそもお前釣りなんてできるのか? カンパチなんて簡単には釣れないだろ」

 そう、霧子が釣りをするなんて聞いた事もないし、運良くカンパチが餌を食ったとしても小柄な霧子ではそのまま海に引き摺り込まれるだろう。


「釣り竿はいらないよ」

「じゃあ、どうやって……」


 俺が問うと、霧子は自己流の釣りの仕方を解説してくれた。


「まず、海釣りのポイントに着いたら、海の中に『異次元ディメンション』の入り口を作るでしょ」

 そう言って霧子は床に異次元空間を開く。


「で、次にこの辺に出口を作るの」

 そして今度は自分のすぐ横に異次元空間を開いた。


「そしたらこの出入り口の間に水の流れができて、入り口の近くを通った魚が吸い込まれるでしょ」

 霧子はポケットからハンカチを取り出し、床の異次元空間へと投げ入れる。するとハンカチは霧子の横に開いた異次元空間から飛び出してきて、霧子はそれをキャッチした。


「で、吸い込まれた魚がこの出口から出てくるって仕組み。船の上に海水が溢れたら大変だから海に水が流れるようにして、私はカンパチが出てくるまで網を構えてずっと待ってるの」

 なるほど、これは霧子にしかできない置き網漁業ならぬ置き異次元漁業というわけか。確かにこれならアホでも魚が捕まえられるだろう。それこそ異次元過ぎる釣り方に、他の釣り人はさぞかし驚いただろうけど。


「でも、いくら待ってもカンパチは捕まえられなかったの……他の人は時期が悪いって言ってた」

 そう言って霧子は、漁師さんに借りたというクーラーボックスをキッチンから持ってきて、開いた。


「だからカンパチに似た魚を捕まえてきたんだけど……心配かけたのに、カンパチ捕まえられなくてゴメンね……」

 するとそこには、敷き詰められた氷の上に、カンパチよりも一回り小さな魚が鎮座していた。俺はその魚に見覚えがあった。


「これは……多分ショゴだな」

「ショゴ?」

「出世魚って聞いた事あるだろ? ブリとかハマチとか。ショゴも出世魚で、こいつはカンパチの出世前だ。まぁ、大きさは違うけど、実質カンパチだな。カンパチが部長ならショゴは課長くらいだ」

「本当!?」

 そう言って霧子は目を輝かせた。

 しかし、偶然とはいえ目的のカンパチの出世前であるショゴを捕まえてくるとは大した妹だ。


 そして俺達は、霧子が捕獲してきたショゴを新鮮なうちに調理して食べる事となったのだ。

 因みに、時間も時間なので桜庭は後で霧子が責任を持って能力で家に送り届ける事となり、帰りを待っているであろう桜庭の両親にはちゃんと電話で事情を説明しておいた。


 ビチ……ビチチ……


「霧子ちゃん、こんな大きな魚さばけるの?」

「うん。多分大丈夫」


 まな板の上のショゴを前にして、霧子は出刃を片手に深呼吸をする。

 霧子が魚を捌く姿は何度か見ているが、霧子もこんなに大きな魚を捌くのは初めてだろうし、捕獲するまでの経緯も経緯なので若干緊張しているのだろう。


 まずはショゴを締めるため、霧子がエラに包丁を入れたその時だ。


 ビチビチビチビチビチビチ!!!!


 それまで大人しかったショゴが命の危機を感じたのか、盛大に暴れ始めた。霧子の手を逃れたショゴは大きく跳ねると、桜庭の顔面へと襲い掛かる。


「きゃぁぁぁあ!!!!」

 咄嗟に顔面を庇った桜庭の手から電撃が放たれ、電撃に撃たれたショゴはシンクに落ちるとピクリとも動かなくなった。幸い漫画のように黒焦げにはなっておらず、ショゴは綺麗に成仏してくれたようだ。

 これが後の『電撃締め』である。

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