第31話 霧子のスペシャリテ3
「いませんね」
「霧子のやつ、本当にどこ行きやがったんだ」
「もしかしたら、もう家に帰っているんじゃないですか?」
「だといいんだけれど」
「でも、もし帰っていなかったら……」
警察に連絡した方が良い。きっと桜庭もそう考えているのだろう。
時刻は既に夜の十時近い。
「とりあえず、桜庭を家に送ってから一旦家に帰ってみる」
「私の事はいいですよ。家近いですし、私の能力はチカン除けに最適ですから。霧子ちゃんを探す事だけ考えて下さい。私も帰ってから他の友達に連絡してみます」
「ダメだ。お前にまで何かあったらそれこそ俺には責任が取れない。頼むから送らせてくれ」
「……わかりました」
俺と桜庭は桜庭の家へと向かうために自転車に跨る。
すると、ポケットに入れていたスマホが突如振動し始めた。
俺が取り落としそうになりながらスマホを取り出すと、画面には霧子からの着信を知らせる表示が出ていた。安堵と不安が入り混じり、僅かに震える指で電話に出ると、スマホの向こうからは霧子ののんきな声が聞こえてくる。
『ごめんお兄ちゃん、スマホのバッテリー切れちゃってて。お兄ちゃん今どこに——』
「霧子! お前今どこにいるんだ!?」
『い、家だよ。それよりお兄ちゃ——』
「家だな!? 今から帰るから、絶対家を出るなよ! 怪我とかしてないな!?」
『う、うん……お兄——』
俺は電話を切り、不安げな表情を浮かべる桜庭を見た。多分俺は今泣きそうな顔をしているだろう。それでもただ、桜庭に向かって大きく頷いた。すると桜庭は目を閉じて、大きく安堵のため息をついた。
それから俺と桜庭は二人で俺の家へと向かった。
俺は桜庭を家に送ってから帰ろうと思ったのだが、桜庭が霧子の無事をちゃんと確認したいと言ったので、それを承認した。俺も一刻も早く家に帰りたかったし、こんな時間に家を飛び出して来てくれた桜庭には霧子の無事を確認する権利があると思ったからだ。
家に着くと、霧子はエプロン姿で俺達を出迎えた。
「お兄ちゃんお帰り、こんな遅くまでどこ行って……」
そして俺の背後にいた桜庭を見て、顔を
「お、お兄ちゃん、鈴ちゃんとこんな時間までナニシテタノ……? オニイチャン……」
ズズズズズズ……
霧子の顔から表情が消え、背後に異次元空間が広がり始める。
しかし、空間が完全に開くよりも先に俺は動いていた。
パチン
霧子の頬を叩いた手に、ジンワリと焼けるような熱さが広がる。
「せ、先輩!」
桜庭はそう声を上げたものの、俺の気持ちを汲んでくれたのか、それ以上は何も言わなかった。
霧子は何が起こったのか理解できていないのか、ポカンとした顔で、ただ俺を見つめている。それは霧子が敵意を持って誰かを見つめるときの無表情ではなく、年相応の普通の少女の顔であった。
「馬鹿野郎! 連絡もしないでこんな時間まで何やってたんだ!? 桜庭はな、お前の事を心配して寝巻きのまま家を出てきてくれたんだぞ! 俺だって、お前にもしもの事があったら……」
我ながら何かのドラマか映画で聞いたことのあるチープなセリフだと思った。だけどそれは、俺の心から思わず溢れた本当の言葉だった。
俺は身体が震えてそれ以上声が出てこなかったが、涙だけは堪える。
その時俺は、ふと、なぜ自分がこんなに霧子の事を心配していたのかに気付いた。
父さんが死んだあの日、父さんはいつも通りに家を出て、そのまま帰って来なかった。あの日から俺は、もう二度と家族を失いたくないと心の奥底でずっと思い続けていたのだ。
「お、おにい……」
ポカンとしていた霧子の顔がフルフルと震え出し、その目に大粒の涙が溜まる。そして霧子は————
「お兄ちゃんがぶったぁぁぁぁぁぁあ!!!!」
大きな声で泣いた。
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