第30話 霧子のスペシャリテ2
「ま、まぁ、美味いものを食わせてくれようとするのはありがたいけど、寿司は無理だろ。チラシや巻じゃなくて握りだぞ? 今日日魚も高いし、寿司ってのは色々なネタが食べられるのがいいところだしな」
そう、いくら霧子の料理の腕が良くても、こればかりはどうにもならない。寿司ネタになるような新鮮な魚は高いし、それらを色々買って保存するのも大変だ。そのお金と手間をかけるくらいなら、回らない寿司屋に行った方が良い。
「そっかぁ……じゃあ、お寿司で一番好きなネタは?」
「サーモ……いや、カンパチだな」
危うく条件反射でサーモンと言いかけたが、一番かと言われたらそうではない。俺が一番好きなのは、醤油を弾くほどに脂の乗ったピッチピチのカンパチだ。なぜカンパチなのかと言われても美味いからとしか言いようがないが、俺の舌がカンパチを好きなのだから仕方あるまい。それに、カンパチはなんとなく懐かしい味がするのだ。
「カンパチ……覚えておくね。あ、今日の晩ご飯どうしようか?」
「何でもいいよ。お前の作るものは何でも美味いからな。じゃあ、そろそろ学校行くぞ」
その日の朝はそれで幕を閉じた。
そして、それから数日経ったある日の事だ。
「あいつ遅いな」
夜の八時過ぎ、俺はリビングでテレビを見ながら、ふと時計を見て呟いた。霧子が家に帰って来ないのである。
いつもであれば、遅くとも七時には家にいる霧子がこんな時間まで帰って来ないのは珍しい。しかも連絡なしにという事はまずあり得ない。メールを送っても返信はないし、電話をしても出ない。
俺はもしかしたら友達の家に行っているのではないかと、先日ちゃっかり連絡先を交換した桜庭に電話をかけてみた。
『はいもしもし、おっぱい先輩ですか? 珍しいですね。生憎ですがこの番号はおっぱい宅配サービスではありませんよ』
桜庭とおっぱいトークを繰り広げたいのは山々だったが、今はそれどころではない。
「桜庭、霧子がそっちに行ってないか? なんかまだ帰って来ないんだけど、もしかしたら桜庭の家にでも行ってるんじゃないかと思ってさ」
『霧子ちゃんがですか? いいえ、うちには来てませんね』
俺はいよいよ心配になってきた。霧子に限って誘拐されるなんて事はあり得ないだろうが……いや、あり得なくはない。世界には多種多様な能力者が存在するし、能力者による犯罪も毎日のように報道されている。いくら霧子の能力が強力でも万が一という事はある。
「そうか……桜庭、霧子の行きそうな所に心当たりは無いか?」
『霧子ちゃんが行きそうな所? あ、そう言えば、放課後に港に行くって行ってたような……』
「港!?」
それを聞いた俺は驚いた。そして顔から血の気が引くのを感じた。
霧子の数少ない弱点、その一つが水場である。霧子は昔からカナヅチで一切泳げないのだ。霧子が何らかの理由で港に行き、もし海に転落してしまっていたら……そしてパニックになって能力も使えずにいたら……
「わかった! ありがとう桜庭!」
『え? 先輩?————』
俺は通話を切ると、スマホをポケットにねじ込み家を飛び出した。
夜の住宅街を、俺は霧子の姿がないか辺りを見渡しながら町の端にある六面港へと自転車を走らせる。霧子の能力があれば日本全国どこの港にも行けるので、もしかしたら最寄りの港である六面港にはいないかもしれなかったが、それでも俺は向かわずにはいられなかった。
「霧子! いるかー!?」
港に着いた俺は、霧子の名を呼びながら港を一周する。
駐車場、船着場、コンテナ置き場、フェリー乗り場、チケット売り場、売店、飲食店。
しかし、そのどこにも霧子の姿はなかった。
そして、俺が釣り場のある堤防へと向かおうとした時だ。
チリンチリン
背後から自転車の呼び鈴が聞こえ、俺は振り返る。
するとそこには、ママチャリに跨った桜庭がいた。
桜庭は着の身着のままで家を出てきたのか、パジャマに上着を羽織っただけの妙な格好である。
「桜庭……」
「先輩、霧子ちゃん見つかりましたか?」
桜庭は霧子を心配して探しに来てくれたのだ。
「いや、まだだ。だけど桜庭、女子高生がこんな時間に一人で出歩くなんて……」
「でも、あんな電話貰って放っておけるわけないじゃないですか」
「家出るときに親に何か言われただろ?」
「そりゃ言われましたよ、帰ったらすっごく怒られるの確定です。とにかく、今は霧子ちゃんを探しましょう」
「……わかった。ありがとう」
桜庭の助力をありがたく受ける事にして、俺は桜庭と一緒に霧子を探しながら堤防の方へと向かった。しかし、堤防の上には人の姿は見当たらず、俺達は自転車を置いて、波が打ち寄せる堤防の下を確認しながら歩く。本来ならば暗くてよく見えないはずの場所も、桜庭が『
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