第24話 兄妹混浴劇場1
天井に張り付いた無数の水滴が、チラチラと俺の視界の中で輝いている。
暖かな湯の温度が俺の肌にじんわりと染み込んできて、その代わりに疲労やストレスが湯の中へと溶け出てゆく。
俺は風呂が好きだ。
風呂は誰にも邪魔されずに心を落ち着かせ、その一日の疲れをリフレッシュする事ができる最高のリラックス空間である。目の前に体育座りをしているスクール水着姿の妹が居なければ、だ。
時は数時間前に遡る。
夜の七時過ぎ、霧子が作ってくれた夕飯を食べ終えた俺は、当番である皿洗いを済ませて自室のある二階へと上がる。いつもならば食後にすぐ歯を磨き、その後風呂に入るのだが、俺は今日買ってきた新作のアクションホラーゲーム『マンティスビレッジ3』が早くやりたくて仕方なかったのだ。
ゲームがやりたいのならば風呂に入ってからの方が途中で中断せずに済むから良いのではないか、と、お利口さんは言うかもしれない。しかし、やりたくなったら我慢できないのが思春期の情熱というものだろう。やりたい盛りというわけだ。
だが、俺が二階へと上がった所でいきなりラスボスが現れた。
「あれ? お兄ちゃん先にお風呂入らないの?」
霧子である。
一般的な家庭であれば、特に思春期の女の子がいる家庭であれば、風呂は女性の後に男性が入るのが普通なのであろうが、うちの場合は違う。先に俺が入った後に長風呂の霧子が入るのがうちの暗黙の了解だ。
霧子の異常性を知る人が聞けば、霧子はあえて俺の後に入り、俺の残り湯をどうのこうのしているのかと思うかもしれないが、流石に自分の妹がそこまで変態ではない事を俺は信じている。
「あぁ、今からちょっとやらなきゃいけない事があるから、お前先入っていいぞ」
『やらなきゃいけない事』と微妙に濁したのは、もし今から買ってきたゲームをやるという事を霧子に告げると、「私もやる」と言い出しかねないからだ。いや、別に俺は霧子を疎ましく思って一緒にゲームをしたくないわけではない。ただ、今回俺が買ってきたのは『ホラーゲーム』なのだ。
俺の中でホラーゲームの面白さというのは、怖い雰囲気ありきでの面白さだと思っている。ちょっと想像してみて欲しい。もし、『ゾンビを銃で撃ち殺しながら不気味な屋敷の謎を解いて脱出するゲーム』のグラフィックを変えて『かわいいクマさんを水鉄砲で追い払いながらおもちゃの家のパズルを解いて脱出するゲーム』にしたらどうであろうか。二日でワゴンセール行きである。
話が脱線してしまったが、何が言いたいのかと言うと、霧子と一緒にホラーゲームをプレイしてしまってはせっかくの怖さが半減してしまう。つまりは面白さが半減してしまうというわけだ。一年前から発売を楽しみにしていて、小遣いをやりくりして買ったゲームがそれではあまりにも勿体ない。だから俺はあえて言葉を濁したのだ。
「俺の事は気にしないでゆっくり入れよ」
俺はそう言って霧子の横をすり抜けようとした。しかし————
「オニイチャン……今日、何を買ってきたの?」
霧子の言葉に俺の心臓は跳ね上がる。
「な、何の事だ?」
自分で言っておいてなんだが、映画でも漫画でもこのセリフを吐いてうまく物事をごまかせた人物を見た事がない。
「お兄ちゃん、晩ご飯の時に上の空だったでしょう?」
「そんな事はないぞ。お前の作った回鍋肉はいつも通り絶品だった——」
「今日は八宝菜だったヨ」
「あ、そうそう! 八宝菜だった! お前の作った八宝菜はいつも——」
「嘘ダヨ、回鍋肉で合ってるヨ」
スーパーミステイクだ。
もしこれがノベルゲームであれば、後数回ボタンを押せば「どこで選択を間違えたのだろうか、そんな事を考えながら俺の意識は闇に呑まれた。BAD END18〜偽りの献立〜」と表示されるくらいのミステイクだ。
「それに、帰ってきてからお弁当箱を出す時、カバンの中からガサガサ袋の音がしてた」
恐ろしい観察力だ。これだけのミスを犯してしまっては致し方ない。俺は観念して全てを打ち明ける事にした。
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