俺と妹の日常について

幕間2 とある日の妹

「お兄ちゃん!」


 俺の義理の妹である霧子が、憤懣ふんまんやるかたない様子で俺の——阿佐ヶ谷本介の部屋に珍しく突入してきたのは、俺がこれまた珍しく勉強机に向かっていたある日の夜の事であった。


「どうした?」

「んもぉ! お兄ちゃんの下着と私のパンツは一緒に洗濯しないでっていつも言ってるでしょー!」

 そう言って霧子は子供っぽいシマシマのパンツを広げて俺に見せつけてくる。

 因みに俺は霧子に下着を一緒に洗濯しないでくれと言われた事はこれまで一度もない。大体二人暮らしなのにわざわざ洗濯物を分けて洗っていたら水と電気と手間が勿体無いではないか。色柄物じゃあるまいし。


「全くもー! お兄ちゃんったらどうしようもないんだから!」

 らしくもなくプンスカ怒る素振りを見せる霧子を見て、俺は「あぁ、また何かアホな事を始めたな」と察した。

 普段の霧子が怒ると、「全くもー!」だなんて可愛らしい事は言わない。黒目の大きな目を爛々と輝かせて薄ら笑いを浮かべながら、無言でジーッとこちらを見つめてくるのだ。我が妹ながら結構怖い。

 正直面倒くさいとは思ったが、とりあえず何を始めたのか聞いてやる事にする。


「どうした? 何を始めた?」

「「どうした?」じゃないでしょ! お兄ちゃんたらいつもシイタケ残すし、私のプリンを勝手に食べちゃうし、今日という今日は許さないんだからね!」

 因みに俺は霧子の作るメシを残した覚えはないし、霧子のプリンを勝手に食べた事もない。しかし、この時点で俺は霧子が何を始めたのかを敏感に察知した。

 そう、霧子は『ベタな兄妹ごっこ』を始めたのだ。面白い。受けて立とう。


「ったく、そんな小さい事でごちゃごちゃ言うなよ、小さい奴だなぁ。そんなんだから身長も胸もいつまで経っても大きくならないんだぞ」

「あーっ! また私の胸が小さいって言った! 気にしてるんだからあんまり言わないでよね!」

「ふん、悔しかったら早く彼氏でも作って、揉んで大きくしてもらうんだな。まぁ、お前に彼氏なんて百年早いけどな」


 ふふふ、どうよこのベタな兄貴っぷりは。現実にはあり得ないけれど漫画やアニメではありがちな兄貴をよく再現しているだろう。そしてさり気なく俺の本音も交えるというファインプレーよ。

 さて、ここで霧子はどう返してくるかな……「わ、私だってボーイフレンドの一人や二人はいるんですからね!」か? それとも「彼女のいないお兄ちゃんにそんな事言われたくないモン!」か?


 しかし、そこで霧子は罠にかかった獲物を見つけた狩人のようにニンマリと笑った。


「じゃあ……お兄ちゃんが揉んで大きくしてヨ」


 クソッ! やられた! それはちょっとエッチなラブコメ漫画の妹じゃないか! まさか霧子がそのパターンでくるとは予測していなかった!

 危機を察知した俺は椅子から素早く立ち上がり、その場から逃げようとする。

 すると霧子は手にしたパンツの中に手を突っ込んだ。それと同時に俺の胸の前に黒い円が現れ、その中から飛び出した霧子の腕が俺を椅子に押し付ける。

 俺の妹霧子は異次元空間を自在に操り、自らの肉体を好きな場所に転移する事ができるという恐るべき能力を持っているのだ。そして、俺にとってそれ以上に恐ろしいのは、霧子は自他共に認める極度のブラコンだという事だ。


「オニイチャン……」

 霧子は立ち上がれずにもがく俺に向かってジワジワと距離を詰めてくる。

 ヤバい! このままでは既成事実を作られてしまう! こうなったら致し方あるまい!

 俺は異次元から伸びている霧子の腕を掴み、思いっきりシッペをぶちかました。


「痛いっ!!」

「イタいのはお前だ!! 俺はお前をそんなふしだらな妹に育てた覚えはありません!!」

 俺が霧子の腕をペンペンする度に、霧子はなぜか気持ち良さ気にクネクネと身悶える。


「オ、オニイチャンのエッチ! ペンペンするならお尻にしてヨ!」

「貴様狂っているのか!?」


 このように、俺は厄介な能力を持つ厄介な妹のおかげで厄介な日々を送っている。

 これは、そんな俺と異次元空間を操る異常な異妹いもうとの日常の物語だ。

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