第22話 能力者の休日7

「わー、鈴ちゃんも来てたんだ」


 あれからすぐに霧子や稲葉さんと合流した俺と桜庭は、ペットショップを出て四人でどこかでお茶する事になった。

 女の子三人を引き連れて一見ハーレム状態ではあるが、先程桜庭に弄ばれたショックは俺のメンタルからまだ抜けてはいない。


 そんな俺を尻目に、女子三人はどこでお茶にするか、何か食べたい物はないかとワチャワチャやっている。まぁ、こういうのは女子に任せた方が良いだろう。俺の行きつけと言えばチェーンのハンバーガー店かコーヒーショップか、金田の実家であるお好み焼き屋くらいのものだ。


「あ! 私行ってみたいお店があったんだ。友達に教えて貰ったおススメの喫茶店なんだけど、良かったら行かない?」

 思い出したようにそう言ったのは稲葉さんだ。

 俺達は稲葉さんの友達おススメの店に行く事に決め、稲葉さんに導かれて商店街の外れへと向かう。そして路地に入り、古びた雑居ビルの前にやってきた。


「ここ……ですか?」

 雑居ビルからはなんだか裏とか闇とかそんな雰囲気を感じるのか、桜庭が不安そうに聞いた。


「そのはずだけど……あ、ここに書いてあるよ」

 一見喫茶店があるようには見えないが、雑居ビルの入り口にある案内板には『二階——喫茶・魔女の家』と書かれている。ありそうと言えばありそうな店名だが、やはりちょっと怪しい。


 狭い階段で二階まで上がると、そこには魔女をモチーフにした看板が掛かったシックな雰囲気の木製のドアがあり、俺達はその中に入る。するとそこには店名に相応しく、魔女の家のようにファンタジーな雰囲気の内装の喫茶店が広がっていた。

 休日とはいえ、目立たない場所にあるにも関わらず結構客で賑わっているところを見る限り、きっと隠れた名店なのだろう。


「いらっしゃいませー。何名様ですか?」

 そう言って出てきた女性店員は、店の雰囲気に合った魔法使いのような薄手のピッタリとした黒いローブを着ており、店のコンセプトへのこだわりが窺える——が、そんな事はどうでもいい。俺はまたしても見知った顔を見つけてしまったのだ。


「あれ? 阿佐ヶ谷少年と妹ちゃんだ」

 メニューを片手に俺達の顔を見比べている魔女店員さんは、先日図書室で出会った、あの指宿奏いぶすきかなで先輩であった。指宿先輩に悶絶させられた経験を持つ霧子は、露骨に警戒して俺の背中に隠れる。


「先輩、ここでバイトしてるんですか?」

「バイトっていうか、ここ私のおばあちゃんがやってるお店だよ。それより阿佐ヶ谷少年、女の子三人も連れてハーレムだね」

 稲葉さんや桜庭と出くわした事だけでも驚きなのに、まさか指宿先輩とまでエンカウントするとは思わなかった。


「で、君はどの子を狙ってるの? 先輩に言ってごらん」

「そういうのじゃないですよ! こっちの稲葉さんは同じ学年の友達で、こっちの桜庭は霧子の友達です」

「ふぅん、そうなんだ。では四名様、お席にご案内しまぁす」

 相変わらず不思議な雰囲気を醸し出す人である。

 しかしピッタリ目のローブというものは身体のラインを強調して中々……いや、いかん。興奮すると先輩にバレてしまう。指宿先輩は『三猿モンキースポークスせ』という、他人の心理状態を音や色で感じ取る能力を持っているのだ。


 俺達を窓際の席に案内してくれた後、指宿先輩は魔法の書のようなデザインのやけに分厚いメニューを手渡してきた。メニューをめくると、ハーブティーやコーヒーという喫茶店らしいメニューの後に、生姜焼きや焼きそば等、店の雰囲気に合わないメニューが写真付きでズラズラと羅列してある。


 俺が不思議そうな顔をしていると、先輩はこう言った。

「元々喫茶店じゃなくて定食屋だったんだ。お母さんの代から改装して、昼は喫茶店、夜はバーにしたの。んで、この内装は私のアイディア」

 店のカウンター近くを見ると、先輩のお婆さんらしき人がレジの前に座っている。彼女もまた先輩と同じような黒いローブを着ており、まるで本物の魔女のようだ。厨房の方でキセルをふかしている美魔女はお母さんだろうか。魔女一家だ。


「それじゃあ、注文が決まったら大きな声で『サモン・ファミリア』って言ってね」

「なんですかそれ?」

「『使い魔召喚』って意味。ほら、うちは見ての通り雰囲気重視な店なの。テーマパークとかでも掛け声みたいなのあるでしょ? あんな感じ。それじゃあ、ごゆっくり」

 そう言って先輩は厨房へと消えて行った。

 なるほど、この店は魔女の家という名前に違わず、お客に魔法使い気分を味合わせてくれる店というわけだ。最近はこういうなりきり系のお店も多いと聞く。古くからある店が時代の流れに合わせてその形を変えてゆき、新しいものを取り入れる。しかし、その中でも昔からの味やメニューを引き継いでゆく。いい話ではないか。


 それぞれの注文が決まったところで、俺は軽く手を上げて厨房に向かって言った。


「サモン・ファミリア!!」


 すると、店内にいた客達が一斉にこちらを振り返る。その顔は一様に不審そうだ。注文を取りに来た指宿先輩は笑いを堪えながら「ダメだよ、店内で変な事叫んじゃ」と言った。


 俺はもう二度と女を信用しない事に決めた。

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