第21話 能力者の休日6


「まぁ、桜庭が他の奴らにモテたら困るけどな……」

「ど、どういう意味ですか?」

 キッとしていた桜庭の顔に今度はハッキリと戸惑いが浮かぶ。桜庭は本当にわかりやすくて助かる。いけてるセリフ作戦も上手くいきそうだ。


「だって俺はあの時、お前の電撃で心まで痺れちまったんだからよ」

「えっ? えぇっ!?」

「お前はこのハリネズミと同じさ、誰かに寄り添いたいけれど、自分が傷つくのも相手を傷つけるのも嫌だから、初めから相手を遠ざけちまう。そうだろ?」

 俺が問いかけると、あたふたしていた桜庭が急にしおらしくなって項垂れる。


「そう……なんですかね?」


 あれ? なんか想定してたリアクションと違うぞ。作戦通りとはいえ、もっとこう「もー、そんな漫画みたいな恥ずかしいセリフやめて下さいよー」とか言ってくれるのかと思ってた。こんな素直なリアクションをされたら俺が悪い事をしているみたいではないか。

「えー、そのー、だからだな。ハリネズミみたいにツンツンするのをやめて、もっとこう、素直な心で相手に接した方がな、いいと思うぞ」

 なんだか人生相談みたいになってきた。


「でも、私どうすれば素直になれるのか分からないんですよね……先輩の言う通り、私は誰かを傷付けるのも自分が傷つけられるのも怖くて……。だから余計に他人との壁を作っちゃうんです」


 結構マジなヤツだ。

 しかし今更「なーんちゃって」と言おうものなら怒りの電撃を喰らうのは間違いないだろうし、桜庭の心に傷を付ける可能性もある。ここは俺も真剣にならざるをえまい。


「あー……多分だけど、お前はちょっと真面目過ぎるんじゃないかなぁ。いや、俺はお前の事そんなに知らないから多分だけどな。だからこう、俺みたいにもっと肩の力を抜けばいいんだよ。ほら、さっきハリネズミ見ていた時は自然と笑ってただろ? あの時は、まぁ、なんていうか……素直な笑顔で、可愛かったというか、親しみやすそうだったかなぁ」

 俺はそもそも誰かの相談に乗るようなタイプでは無いので、こういう時は言葉に困る。しかも女の子の相談となると尚更だ。というか、なんだか余計な事まで口にしているような気がする。


「可愛いって、私がですか?」

 やはり余計な事を口にしていたようだ。


「うっ、あ、まぁ……お前っていうか、ハリネズミも可愛かったし……」

「『も』って事は、私も可愛かったって事ですか?」

 そう言って桜庭はズイッと前に出てくる。なんだか風向きが怪しくなってきた。


「まぁ、否定はしないけど……」

「『けど』ってなんですか? ハッキリ言わないとバチッといきますよ?」

 桜庭の指先に小さく火花が弾けた。

 俺の脳裏に先日喰らったあの衝撃が蘇ってくる。


「そ、それは勘弁してくれ!」

「先輩は私を可愛いって思ってくれたんですか?」

「まぁ、ちょっとな! ちょっと思った!」

「ちょっとってどれくらいですか? ミノムシくらいですか?」

「いや、すごく、すごく可愛いと思いました!」

「じゃあ、私に惚れちゃったんですか?」

 ドアップに迫ってきた桜庭の顔に、俺は目を逸らす。


「惚れたわけでは、な……い、けど……」


 すると桜庭はよろめくように数歩下がり、悲しげな表情を浮かべて目を潤ませた。本格的にマズい。俺が一番苦手な女の涙というやつだ。


「酷い……私は先輩の事……」

「待て待て! 桜庭、俺が悪かった! 俺は別にお前の心を弄ぶためにあんな事言ったわけではなくてだな、その、なんて言うか……」

 ダメだ、何も言葉が浮かばない。女心は繊細だとは風の噂に聞いていたが、まさかここまでとは思わなかった。しかし何というプレッシャーだ。これならいっそ電撃を喰らった方が気が楽説まである。


「私は先輩の事……先輩の事……」

 桜庭は両手で顔を覆い、フルフルと肩を震わせる。俺はもう罪悪感に耐えられず、今にも泣きたくなってきた。こうなったらもう土下座しかない。そう決意した時だった。


「先輩の事……こんなにチョロい人だとは思っていませんでした」

「え?」

 手を退けた桜庭の顔には、微塵の涙も浮かんでいなかった。それどころかペロリと小さく舌まで出ている。


「先輩は私の事をあなどりすぎです。確かに私は男子が苦手ですけど、多少は恋愛映画やドラマも観ますし、少女漫画とかも読むんですからね。あんなくっさいセリフじゃピクリともしませんよ。西部劇だったら『坊やはママのおっぱいでもしゃぶってな』って言われちゃうレベルです。あ、でも先輩は言われなくてもおっぱいが大好きでしたね。おっぱい界のパイオニアに対して失礼しました」


 ジーザス。どうやら俺は中学生のような後輩女子に弄ばれてしまったようだ。恋愛経験がほぼ無いとはいえあまりに情けなさ過ぎる。

 項垂れる俺に向かって桜庭は言った。


「でも、可愛いって言ってくれたのはちょっと嬉しかったですよ」

 そう言った桜庭の顔はほんのり赤くなっているような気がしなくもない。


「そ、それって……」

「ほら、また騙されましたね。さぁ、霧子ちゃんがどこにいるのか案内してください」

 背を向けて去ってゆく桜庭の背中から、俺は女の本音を読み取る事はできなかった。やはり俺はまだまだである。

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