第16話 能力者の休日1

 それは、四月半ばのある晴れた土曜日の事だった。

 いつもより朝寝坊をして遅めの朝食を終えた俺が、自室のベッドでゴロゴロしながら金田から借りた漫画を読んでいると、ベッドの上に黒い影のようなものが現れ、そこから妹の生首が生えてきた。


「オニイチャン」


 俺の義理の妹である霧子は、異次元空間を操りあらゆる場所に姿を現す事ができる能力者なのだ。しかし毎度毎度予想外の場所から姿を現すので、俺の心臓はその度に跳ね上がる事となる。


「うぎっ……!? 霧子、だからそういうのはやめろって何回も……」

「お買い物行こうよ」

 どうやらこの妹、自他共に認めるブラコンであるにも関わらず、愛する兄上の話を聞くつもりはないらしい。


「買い物って、何買うんだよ?」

「いい? お兄ちゃん、私は何かを買いたくて買い物に行こうって言ったんじゃなくて、お兄ちゃんと買い物に行きたくて買い物に行こうって言ったんだヨ」

 なるほど合点がってん

 もしこれが女友達や恋人に言われた言葉なら「なんて可愛い奴だ」と思うであろう。しかし妹に言われたのでは、ただ「無駄足を運ぼう」と言われたのと同じである。そして今、漫画がとてもいい所なのだ。バトル漫画の主人公が仲間の死を目撃し、新たなる能力に覚醒して、これから章ボスをぶちのめす所だ。たい焼きならば一番あんこが詰まっている所である。無駄足を運んでいる場合ではない。


「ヤダよ。俺漫画読みたいから、桜庭でも誘って遊びに行けよ」

「わかった」


 即答。

 霧子は普段からあまり駄々をこねたりわがままを言う方ではないが、今回はあまりに諦めが早い。しかし、諦めてくれるのならばそれは別に構わない。俺は読書に戻る事とする。


「ん? どうした?」

 俺が読書に戻っても、霧子は異次元空間から首を出したまま、ただジーッと俺を見ている。かなり不気味だ。インテリアにしても趣味が悪過ぎる。


「お兄ちゃんを見てるだけ」

「気になるから戻れよ」


 沈黙。

 霧子は普段から俺に対してあまりNOと言わない。しかしそれは否定や拒否をしないという事ではなく、NOの場合はただ黙ってジーッとこちらを見つめてくるのだ。正直怖い。霧子は黒目が大きいので尚更怖い。


 最初は無視して漫画を読んでいたが、やがて視線に耐えられなくなった俺は、試しに霧子に向かって思いっきり変顔をして見せた。


「……」

 霧子は眉一つ動かさない。ちょっとショックだ。


 今度は顔に落書きをしてやろうと、机の上にあったサインペンを手に取る。すると霧子は異次元空間の中にモグラ叩きのモグラのように顔を引っ込め、俺がサインペンを置くとまたゆっくりと異次元から顔を出した。ちょっと面白い。


 ほっぺたをつまんでみても、霧子は表情一つ変えない。まるであの有名なイギリスの兵隊のようだ。

 しかし、ここまでくると意地でも霧子の表情を変えさせたくなってきた。今度は試しに褒めてみる事にする。


「霧子、お前はいつも可愛いな」

「けひっ」


 ちょっと笑った。案外ちょろい。

 更にからかってみる。


「見ろよジョン、この可愛い妹を! この可愛さで料理も掃除もしてくれるんだぜ、信じられるか!? この妹が今なら何と19800円で手に入るんだ! しかも、今から30分以内にお電話いただいた方には、色違いの妹がもう一人ついてくるんだぜ! お買い得だろう!?」

「イヒヒ……イヒヒヒヒ……」

 よーし、ウケたウケた。ちょっとベクトルを変えてみよう。

 俺はキリッとした表情を作り、霧子を真っ直ぐに見据えて言った。


「霧子、愛してる。世界中の誰よりも」


 我ながら妹にこんな事言うのはかなり恥ずかしかったが、どうやら効果はあったようだ。今まで笑っていた霧子の顔が赤くなり、プルプルと震え始める。そして——


「オニイチャン!!!!」


 ガバッ


 突如拡大された異次元空間から霧子の両腕が伸びてきて、俺の頭を掴んだ。やばい、やり過ぎたようだ。


「オニイチャン……ワタシもダヨ……ウレシイ」

「き、霧子待て!! 待ってくれ!!」

 霧子は見かけによらぬ剛力で、俺の頭をズブズブと異次元の中へと引き摺り込んでゆく。その行動は最早カッパとかそこら辺の妖怪の類だ。異次元の中は真っ暗で、その中で爛々と目を輝かせる霧子の姿だけがくっきりと見えている。その目は明らかに正気とは思えず、もし完全に引きずり込まれたらどうなるのか分かったものではない。


「わ、わかった! 買い物行く! 買い物行こう!」

 俺がそう言った瞬間、霧子の力がフッと抜けた。


「やっぱりお兄ちゃんは優しいネ」

 どうやら俺は化かし合いで負けたようだ。

 こうして、俺と霧子は休日の街へと繰り出す事となった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る